16 反省会と、暴露

 まるでいたずらがバレた子どものような軽い言葉だったが、その奥には絶望が覗いていた。

 オズワルドはうつむくアクロへ、少し言葉を迷った後に言う。


「この後、研究室に寄れるか」



 オズワルドの研究室に入ると学内妖精がアクロの顔面にしがみついた。

 それをため息交じりに引き離すと、来客用の椅子を引っ張り出してアクロに勧める。おずおずと座ったのを確認して自分も腰を下ろした。学内妖精はアクロの髪に埋もれている。


「なにから話すかな……。ルアナ女史が暴走することをルミリンナは予想できていなかったのか」

「……はい」


 想定していた話題と違ったらしく驚いた顔をしたあと、気まずそうに彼女は首肯する。


「ボードゲームみたいに、少しずつ相手を追い詰めていけば降参するだろうとばかり思っていました。でも違うんですね。ルアナさんを庇おうとしたルッキズさんみたいな部外者がいたり、勝てないと悟ると場を滅茶苦茶にしようとする人がいるなんて知りませんでした」

「……ルミリンナ、お前、人の心に疎いとか言われないか?」

「どうして分かるんですか?」

「そうだろうな……」


 正直、アクロと会話らしい会話をしたのは初対面以降は今回が初めてだ。

 押しかけてきたときは大体ひとことふたことしか返事を返さないし、アクロの方も会話を続けようとしないのですぐに終わっていた。

 なので、図書館でのアクロの発言を聞いて焦りがなかったと言えばうそになる。口先でのごまかしは慣れているとはいえ、それでもフォローしきれるか不安であった。うやむやになって良かったが。


「ルアナ女史は殺人がバレたくなかった。だから、追い詰められてどうしようもなくなったんだろう。周りに危害を与えようとしたというよりかは、あれは――」


 自害するつもりだったのではないだろうか。

 そこまで見る余裕はなかったので深くは言えないが。


「——なんでもない。それに、ルッキズの乱入。ルアナ女史に恋慕か何かの情があり、庇おうとしているようにも思えたが、あの乱入にルアナ女史は一切態度を崩していない。嫌いないし苦手な存在だとしても突然割り込んできた奴にあそこまで白けた態度をとれるか? 予定調和のように俺には映った」

「どういうことですか?」

「元からルッキズが自首するつもりだったんじゃないか。全身切り裂いておきながら、胸だけは刃物で突いていただろう。そしてルッキズがナイフを持っていればおのずと彼が犯人候補最上位に上がってくる」

「じゃあ、あのふたりはグルだったと?」

「まあ詳しくはレルの報告待ちだがな。仲良く殺害はしていなくとも、共謀はしているだろう」


 研究室の外の廊下で、生徒たちが何人か歩いていく音がする。

 それを意識の隅で聞きながらオズワルドは眼鏡を押し上げた。


「ただ、理解できないのが動機だ」

「ルアナさんは勇者に強い信仰心があったではありませんか。対して、館長さんは勇者に批判的でした。そういう……恨みみたいなものからでは?」

「恨みがあったからと言って、わざわざ国立図書館という王国の息がかかっているところで、犯行現場を見られかねない場所で、わざわざ風を使い紙で全身を裂くようなまどろっこしい真似をして殺すか?」


 いくらなんでもリスクが多すぎる。

 落ちぶれているとはいえ貴族なので護衛がいるときもあるだろうが、他に良い条件下だってあったはずだ。


「それが――見せしめ」 

「ああ。ただ腑に落ちないことがある」

「それは?」

「これは個人の怨みからなる犯行なのだろうか?」

「……」

「ルアナ女史とルッキズがふたりで頑張って殺しました、というようには考えられないんだよな。裏で糸を引いている者がいるような気がしてならないが――考えすぎだと思いたい」


 勇者狂信者が暴走した結果なら、この話はこれでお終いだ。

 だが……もし裏に手引きした人間がいるなら――。

 オズワルドは眉間を揉んだ。久しぶりに死体を見たからか思考が空回りしているのだと言い聞かせる。嫌な展開を想定してしまうのは昔からのくせだった。


 ひとしきりアクロの髪で遊んだ学内妖精が寝床に戻るのを眺めながらオズワルドは手首に撒いた皮ひもを弄った。

 灰色のビーズを人差し指で弄ぶ。なんの力もないが、オズワルドにとっては最も強いお守りだった。

 居住まいを正してオズワルドはアクロを真っ直ぐに見る。


「アクロ・メルア・ルミリンナ」

「はい、パニッシュラ先生」


 後戻りはできない。

 それがどうしたというのだ。いつだって後にひくことは許されなかった。

 進むしかない。どんなに茨の道であろうが。


「本当は、杖を使わなくても魔法が使えるな?」

「……はい」


 だから、杖を使った光遊びに不慣れだったのだろう。

 魔術を使おうと思えば使えてしまう。

 ……どんなに力ある魔術師でも、杖は必須だ。

 一呼吸置く。



 アクロは無言でほほ笑む。

 立ち上がるとおもむろにブラウスのボタンを外し始めた。


「っ!? おい! 若い女がこんなところで服を脱ぐな!」

「これに見覚えはありませんか」


 露出された白い肌、乳房がぎりぎり見えない場所までキャミソールを引き下ろしアクロは静かに言う。

 見れば、少女の身体には似つかわしくない大きな痣があった。黒々としており――火傷痕のようにも見える。


「これは……?」


 彼女は答えず、チョーカーを外した。

 首のまわりをぐるりとまわる、細い線のような痣。

 どちらも、覚えがあった。


「いや、まさか――嘘だろう」

「先生。脇腹の傷はきれいに修復できましたか?」

「どうしてそれを」


 18年前、内臓が飛び出すぐらいの重傷を負ったことがあるが誰にも教えたことはない。

 知っているのは勇者一行と――傷を作った者だけだ。


 じわじわと彼女の瞳の色が変化していく。

 緑から――金へ。

 魔王の瞳に。

 

 軽く首を振ると、頭上にあちこち崩れた黒い輪が現われた。

 あの日折ったはずの角が薄っすらと見える。

 銀色の髪は毛先から夜色に変わっていく。


 オズワルドは椅子を蹴って立ち、杖を構えて臨戦態勢に入る。

 当然だ。土台は少女とはいえ、特徴的なパーツは忘れるわけもない。


「先生」


 それは、言う。


「わたし、あなた達が倒したなんです」

 

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