11 妖精避け

 オズワルドは肩をすくめてみせる。


「まあただの憶測だ。深い恨みゆえか、他の人間に向けたメッセージかは犯人に聞けばいい」

「憶測で場を乱さないでくれますかね? 魔術師殿」

「弟子の疑問に答えただけですが? 隊長殿」


 ふと、気になることを感じて彼は周囲を見渡す。

 ここに居る間、館内妖精を見かけていない。あれらは死体に警戒はするが本質的に気まぐれかつ異種族に無関心なので誰が誰を殺したという証言には役に立たないだろう。いなくても問題はない。

 問題はないが、それにしたってこんなに人間が集まっているのだ。一匹ぐらいはいたずらをしようと近寄ってきてもおかしくないのに――さっぱり姿を見せない。特に幻想種は子どもと戯れるのが好きな種族が多いのでこの辺りにいてもいいはずなのだが。


「ルミリンナ」

「はい」

「『妖精避け』の術式がこの辺りにないか」

「探してみます」

「『妖精避け』? 『人避け』ではなく?」


 レルドの質問にオズワルドはつまらなそうに息を吐く。


「『人避け』がかけられているならルミリンナは死体を発見できていないしお前らもこの周辺をうろうろしているはずだ。術者によるがな」

「……まるで自分は突破できると言わんばかりだな」

「当たり前だろ、【紺碧の魔術師】の名を貰っているんだ。そのぐらいは突破できなくてどうする」

 

 アクロは「先生」と近くの棚を指さした。

 『げんざいち』と手書きで作られたポスターの裏に『妖精避け』の術式がインクで紙に綴られている。

 図書館全体に掛けられている発火防止の術式に紛れて分かりにくかったが、普段から魔術に触れて過ごしていると違和感で見つけ出せる。最も、ごくわずかな歪みなので今のように意識しなければ気付けないが。


「どうしましょうか。えっと、証拠に使ったりしますよね」

「そうですね――。妖精たちが邪魔をしないとも限らないですし、そのままでいいです」


 レルドの言葉に従いアクロはそのままにする。

 まさか術式を人前で『破壊』するのではないかと内心冷や冷やしていたオズワルドは胸をなでおろした。さすがにそこまで短絡的ではないらしい。

 それにしても、と彼は考える。

 術式をわざわざ用意したということは突発的ではない。紙に書くのは魔術師ではない一般人がすることだ。自らの魔力を練り術式を描くというのは経験と学習が必要となるからだ。……一般人に見せかけた魔術師の可能性もあるが。

 まあ『妖精避け』をそのままに逃げているので詰めは甘い。


「念の為、妖精にも見られないようにしたということか……」

「そうなるな」

「隊長、これを見て頂けますか」


 オリエリック館長の死体周りを確認していた憲兵が背中と床のあいだを指摘した。

 見ればどうやら紙が挟まっているようだ。


「それは?」

「本の一部のようですね。この状態だと『36ページ』という部分しか読めません」

「よし、何人か手を貸して紙を引っ張り出してくれ。オリエリック館長にかける布は?」

「貰ってきました」

「被せてやってくれ。鑑定部が来るまでいつまでもこんな姿を晒すのも嫌だろう」


 レルドはオリエリックの背中から取り出された紙を受け取り読む。オズワルドとアクロも横から覗き込んだ。


「……"イヴァリの神が火口にて剣を鍛えた。火口の火をすべて使い果たし、近くの湖を干からびさせた。オドゥカの女神が鞘を作った。熱く鍛えた刃に負けないように強い魔法をかけた。"……聞き覚えのない神だな……」

「『聖剣の伝説』ですね。守護神と違ってイヴァリもオドゥカも神話にしか出てきません」


 アクロが文字を辿りながら独り言のようにつぶやく。


「聖剣が2柱の神に作られ、神々の戦争によってあちこちの手に渡り、いつの間にか聖のちからを得て魔を倒す剣となるまでの話です。分厚いですよ」

「ルミリンナ、その本はどこにある?」

「確かこのあたりにあるはずです」


 きょろきょろと探したあと、古びた背表紙を見つける。


「ありました。触ってもいいですか?」

「ええ。36ページがあるか確認しましょう」


 アクロは本を引き出し、表紙を開く――と同時に、バラバラになったページが一斉に床へ落ちる。

 またたく間に足元が紙で埋まったアクロは「ひぇ……」と小さく悲鳴を上げた。


「わ、わたし、本、壊したわけではなくて……」

「見れば分かる。もともと切り離されていたらしいな」

「……なんのためにです? どうしてオリエリック館長の背中から『聖剣の伝説』のいちページが出てきて、当の本はページをバラされているのか……」


 アクロが憲兵たちに助けられながらページを拾い集めているのを眺めていると、もう一組こちらへ向かってくる足音を拾いそちらに目を向ける。


「隊長。現状での聞き取りが終了したのでお連れしました」

「ご苦労」


 憲兵たちに混じって、司書の制服を着た女性がいた。

 アクロと違い疲弊した様子はなく、いかなる表情も表に出ていない。

 冷たい目つきでレルドを一瞥したあとオズワルドの姿を認めて瞠目した。


「【紺碧の魔術師】、オズワルド・パニッシュラ様ですね? お会いできて光栄です。イジーリヤ・ルアナと申します」

「……どうも」


 場にそぐわない挨拶だったため、オズワルドは少し反応に困る。

 彼女の死んだ上司がすぐそばにいるというのに関心が自分に向けられているというのは居心地が悪い。


「パニッシュラ様は図書館を利用しないとお聞きしていましたが……いかがなされましたか?」

「館長が亡くなったと聞いたので飛んできました」

「え?」


 わずかに言葉が揺れる。


「……パニッシュラ様と館長は、あまり関係がよろしくないのでは?」

「ええ、まあ、そうですね」


 あまりというよりかなりだが。


「ですが国立図書館の長ですからね。亡くなられたとなれば放っておくこともできませんので、せん越ながら私も調査に参加させていただいているのです」


 すらすらと嘘を並べていくオズワルドにアクロは呆れて目を細め、レルドは苦い顔をした。

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