第49話 神聖裁判の始まりと私
連れて行かれたシルヴェスティア家のボックス席には、外側から中が覗けないような特殊な織り方をした布で天蓋が作られていた。ここが私専用の席らしい。
イライアスさんは天蓋の外のそれでもやっぱり豪華な座席に、とてもこれから義弟が裁判にかけられるとは思えないくらいリラックスして座っていた。先生とパメラ先輩とエミリオくんもその後ろに控えている。
私は天蓋の中の座席についてクライスの姿を探す。
布越しにぼやけた景色の中でも、クライスのいる場所はすぐにわかった。
アリーナには神前武闘会のときにはなかった被告人の立つ台がしつらえられていて、クライスはそこに一人で立っていた。
着替えも与えてもらえなかったのか、魔法学園の制服のまま、それでも観覧席にいる着飾った貴族たちの誰よりも落ち着き払った様子で、背筋を伸ばして立っている。
姿を見た瞬間、さっきまでとは比べものにならないくらいはっきりと緊張が襲ってきた。
手足は冷たくなるわ呼吸は震えるわで大変な騒ぎだ。
ここで失敗したら、クライスを助けられないかもしれない。そしたら二度と会えなくなるかもしれないんだ。
その恐怖が大波みたいに襲ってきて、私は魔道書をぎゅっと抱え込んだ。
これを持ってきたのは保険のためだ。さすがにクライスが実力行使しなくちゃいけないようなことにはならないと信じたいし、なった時点でもう魔王扱いされるのは目に見えてるし、なってほしくない。
でも正直、何が起こるか全然わからない。
ざわざわしていた観客席がふいに静まりかえって、私は慌てて状況を確認した。
どうやら神殿長が入場してきたらしい。ボックス席にいる各国の王侯貴族も全員が起立して最敬礼で迎える姿を、私はただ見守る。
神殿で聖女をしていた頃はよく見ていた光景だ。私は聖女で、神殿長よりも身分が上、ということになっているから、座ったままでそれを眺める。
クライスもイライアスさんも最敬礼してるの、なんだか不思議な感じがする。これから裁判で戦う相手なのにね。
「これよりクライスウェルト・アル・シルヴェスティアの神聖裁判を開始する」
皆が敬礼を終えて着席したところで、神殿長の側に控えている神官が、拡声の魔法を使って宣言した。
「聖女を守るべき立場でありながら、守るべき尊い存在をたぶらかした罪は重い。クライスウェルト・アル・シルヴェスティアよ、申し開きはあるか」
イライアスさんが「神座の国の裁判は結論ありきの野蛮なもの」と言っていた通り、もう最初から決めつけてきている。
「異議がございます」
クライスが何か答えるより先に、イライアスさんのよく通る声がした。やっぱり拡声の魔法を使っているから、アリーナの隅々まで聞こえているはずだ。
「イライアス・アル・シルヴェスティア。血のつながらぬ弟をかばうか」
それに応えて、神殿長が重々しく馬鹿馬鹿しいことを言う。
「とんでもない。事実の追求に血のつながりなどどうでもよいことです」
イライアスさんはにこやかに売られた喧嘩を買った。なんだかとても楽しそうだ。
……え。この人この状況を楽しんでるの?
「まず、そもそも聖女と恋仲となることは罪なのでしょうか。それを確認させていただきたく存じます」
ドン引きしている間にも、話は続いていく。
そして私は気づき始めていた。
これは間違いなく、文字通りの公開裁判――というか、私にとってはもはや公開処刑だ、と。
「シルヴェスティア家の新当主殿は血迷ったようだぞ」
誰かが聞こえよがしに言っている声がした。この品のない抑揚、インテンツィア家のご当主様っぽいな。つまり、コンラートの父親だ。
昔から私には猫なで声で優しくしてくるけど、クライスにはずーっと当たりがきつかった嫌なやつ、という印象が強い。
前にオルティス先輩に話したとき考えていた、信用できない人間の筆頭だ。
「それについては私も確認したい」
インテンツィアに追従するようにヒソヒソし始めた野次を断ち切るように、エルグラント王家の席で国王が立ち上がった。錦秋の国に特有の黒髪が、遠くの席に見える。
ここからではよく見えないけど、エルグラント国王は、確かオルティス先輩とはあまり似ていない、すごく真面目そうなおじさまだった。今話している声も、渋く落ち着き払っている。
オルティス先輩とリディア先輩も来てたらその近くにいるはずなんだけど、距離が遠いからよくわからなかった。
「我が国の宮廷魔術師の調べでは、初代の聖女と勇者との関係は清らかなものであり、二人は聖女が心に決めた存在のことを互いに大切にしていたということが判明している。その証拠については一年も前に写しを提出したはずだが、いまだ公表されていないことには何か理由がおありだろうか」
これ、やっぱりエルグラント国王もけんか腰だよね……?
エミリオくんが、エルグラントはここ十数年、食糧問題で密かに神座の国と緊張が高まっていて、先輩が勇者だという『預言』がなされたのもその辺の思惑が絡んでいる、って言ってた。
それが気になって魔道書の調整の合間に調べてたんだけど、勇者が毎回どこかの国の王家から選ばれているのって、そのとき勢いがある国の王子を聖女と結婚させることで、その国に対する人質にする、みたいな意味合いもあるみたいだ。
オルティス先輩の手綱を取りきれないからだろうとか先生は適当なこと言ってたけど、国王がこういう公式な場で動くのには、やっぱりそれなりの理由があるんだ。
完全に権力争いに巻き込まれているという実感が湧いてきて、私はなんだか地の果てまで逃げだしたくなってきた。
いや、でも、イライアスさんが言っていたのはこういうことだよね。私もこの状況を利用して、自分の望む未来を掴み取らなくちゃいけない。
うんざりしてる場合じゃない。これはチャンスなんだ。
改めて気合いを入れ直して、私は顔を上げた。
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