第48話 運命の恋人と緊張する私

「表向きの理由――我が弟が勇者と結ばれる運命にあるはずの聖女と恋仲になってしまったこと。これを覆すには、いくつか方法が考えられます」


 人差し指を立てたイライアスさんが、教壇を歩き回る先生みたいな仕草で説明を始める。


「穏便に行くならば、神聖裁判にて我が弟とアリアーナ様が恋仲ではないということを証明するのが一番でしょう」

「でもそれって難しい、ですよね」

「難しい上に、シルヴェスティアにはメリットがございませんね」


 証明したところで疑いが完全に消えるわけではないし、クライスは私の護衛を外されて代わりにコンラートがつくことになる。

 それは私としても最も避けたい事態だ。


「もう一つは貴方が聖女ではないと証明することですが、これもシルヴェスティアには特にメリットがございません。デメリットもないので、採用するにやぶさかでもございませんが、単純につまらないですね」

「オレもかわいい弟子を、聖女を騙る不埒者として断罪させるつもりはないぞ」


 イライアスさんが「さすが我が師」と褒め称え始めたので、先生はまためんどくさそうに小バエを払うような仕草をする。


「聖女というシステムそのものを否定してしまうという手もあるが、さすがにお前でもそこまでは手が回っていないんじゃないか? イライアス」

「お恥ずかしい限りですが、その通りです。シルヴェスティアも聖女と神殿のシステムに寄生する存在ではありますので」


 だんだんわかってきたんだけど、この人たち核心に迫るまでの前置きが長い! というか主にイライアスさんの話が長い!


 えーとつまり、必要なのは聖女というシステムも私が聖女であることもクライスと私が恋仲であることも否定しない方法だよね?

 最後のやつは恋仲ですって言い切っていいのか微妙なんだけど……。


「……聖女と勇者が結ばれる運命だっていうの、そもそも何か証拠があるんでしょうか?」


 私がひねり出した疑問を口にした途端、イライアスさんが輝くような笑みを浮かべる。一瞬、背景に光の粒がぶわっと出現する幻が見えた気がして、私は思わず一歩後ずさった。こわいよ。


「まさにそこですね! 歴代の聖女と勇者が結婚するのは、初代の勇者と聖女が結ばれたから。それが理由とされておりますが、実際には初代の聖女には心に決めた存在があり、勇者との関係は清らかなものであった、という説が最近発表されたのです」

「されたんじゃなくてさせたんだろ」


 先生のそれ重大なことなんじゃってツッコミを、イライアスさんは輝くような笑顔を保ったままスルーする。こわい。


「ちなみにその説を発表したのは錦秋の国エルグラントの宮廷魔術師です。エルグラント国王は、勇者と聖女が結ばれなくとも、勇者の価値も立場もそれによって減ずることはないという意味でその説を後押ししてくださっております」

「いまだに馬鹿王子と思われているオルティスの手綱を取り切れる自信がないので逃げ道を作っておこうという魂胆だな」


 うさんくさい建前と身も蓋もない本音が交互に語られてクラクラしてくる。


「ということで、アリアーナ様に我が不肖の弟と運命の恋人同士となっていただくことをご了承いただければ、この方針で進めて参りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


 唖然としている間に、イライアスさんは前置きの長さからは考えられない速さでまとめに入ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。クライスの意志は!?」

「大丈夫ですよ。アリアーナ様の言うことなら何でも受け入れると言質を取っております」


 言質て。


 それに運命……運命。あんまり好きな言葉じゃないんだよね。


 複雑な気持ちでいると、先生が軽く肩をすくめた。


「こいつは運命なんて信じていないから、簡単に方便として使っているだけだ。最終的にはクライスウェルトとよく話し合えばいい」

「ええ、弟に愛想を尽かすようなことがあれば、それは我が弟の不徳のいたすところ。家長として責任を持ってなんとかいたしますよ」

「そ、それはないと思います……」


 逆はともかく、私がクライスに愛想を尽かすことなんてないと思う。


 イライアスさんはそれを聞いて、また嬉しそうに微笑んだけど、今度はなんか背景に謎の光の幻覚が見えそうな感じじゃなくて、もうちょっと自然な笑い方だった。


「ありがとうございます。貴方がそう思っていらっしゃるなら大丈夫でしょう。確かめたい気持ちはわかりますが、弟は神聖裁判を待つ身として神殿に拘束されております。私もいろいろな特権を駆使して一度は面会できましたが、二度目は難しいですし、何より貴方をお連れすることはできません。裁判までもあまり余裕がございませんので、今のうちにできる用意はしておかなくてはなりませんね」


 * * *


 それから私たちは、クライスの神聖裁判が行われる日まで、シルヴェスティア邸に泊めてもらった。余裕がない、というイライアスさんの言葉通り、本番まではそれから三日しかなかった。


 三日の間、私は魔道書の仕上げと聖女としての立ち居振る舞いを思い出す特訓に明け暮れる。


 神聖裁判の前日にはパメラ先輩の実家に行っていたパメラ先輩とエミリオくんが到着し、オルティス先輩からも裁判が始まるまでには『王家の道』を通ってたどり着いてみせると連絡があった。


 当日、私はシルヴェスティア家の小間使いの皆さんの手によって、正式な聖女のローブを着せられ、髪も結われ、化粧までされて、思いっきり隙のない正装になってしまった。


 鏡を見たら絵に描いたような聖女がいて、めちゃくちゃ困惑する。誰だあれ……いや私だけど。


 どうしてこんな格好をさせられているのかというと、裁判では聖女として発言しなければならないからだ。三日間の特訓もそのためだった。

 めちゃくちゃ緊張するけれど、それ以上にやっとクライスと会えるんだってことの方に緊張している。


 今さらクライス相手に緊張するなんてって自分でも思うんだけど、してしまうものはしょうがない。


 裁判が行われるのは、神前武闘会の会場でもあるコロシアムだ。そこへ向かう馬車の中で、私は改造が終わった魔道書を抱きかかえながら、なんとか心を落ち着かせようと深呼吸をしていた。

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