第50話 決意する幼馴染みと神前試合と私
「わたくしからも発言をお許しいただけるでしょうか」
許さないわけないよね、私聖女だもんね、という威厳を込めて、私は拡声の魔法に声を乗せる。イヤイヤ演じてきた聖女の役を今こそ有効活用するときだ。
大根役者だってことは自覚してるけど、聖女の演技だけはできる! してみせる!
「わたくしは魔法学園で、勇者オルティス・ヴィル・エルグラントと学問を共にいたしました。しかし残念ながら、伝説で語られているような運命は、感じたことがございません」
そこまで話したところで、エルグラント国王の前に誰か出てきたのが見えた。
誰か、というか、そんな不敬をやらかしそうなのも許されそうなのも、この場では一人しか思い浮かばないけれども。
「僕も同じだ。アリアーナが聖女であることは間違いない。だが、僕は彼女に運命は感じない」
うん。予想通りの声だった。
「僕が運命を感じているのは……」
でもなんか予想外のセリフがついて来た。
向こうの席でちらっと視線を向けられたリディア先輩が、遠目にもぎょっとしたのが見える。
ちょっとちょっと……オルティス先輩、大丈夫なの? ちゃんと同意取ってる?
いや私もクライスの同意を対面で確認できてはいないんだけど。
でもリディア先輩のあの反応、どう見ても初耳ですって感じだよね。同意どころか今初めて口にした情報なのでは……?
ていうか先輩、結婚相手はともかく、弟子にならなるとか言ってなかったっけ。修行でこてんぱんにされてるうちに何か芽生えちゃったのかな……。
困惑している間に、オルティス先輩は空気を読んでいるのかいないのか、今度は真っ直ぐ私のいる天蓋の方を見た。
「僕にも迷いがある。このまま聖女と結婚することが正しいのか。そこで、神にお伺いを立てたい」
先輩はゆっくりと剣を抜き、ひらりとボックス席からアリーナに飛び降りた。一瞬ヒヤッとしたけど着地は格好良く決まっている。
オルティス先輩はそのまま抜き身の剣を芝居がかった仕草でクライスに向ける。
「僕と聖女が結ばれることが運命ならば、聖女を賭けた戦いに勝つのは僕だろう」
そのまま先輩は、無表情に見つめ返すクライスに高らかに宣言した。
「ということで、お前に神前試合を申し込むぞ、クライスウェルト!」
いや、聞いてないが!?
これってイライアスさんのシナリオ通りなの!?
疑問に思ってちらりとイライアスさんの方を伺うと、頭を抱えるフリをして泣くほど笑っていた。
ああもう! なんかエルグラントの方面もざわざわしてるし、突発事態なのね!? そうなのね!?
試合を申し込むって、クライス丸腰じゃん!
「それはいい! 神の前に嘘は通用しないだろう。エルグラントはこの試合を認めるぞ!」
神殿長が何か言う前に、エルグラント国王が立ち上がって手を叩く。
「我らも認めよう!」
誰かが反対する間もなく次に声を上げたのは、炎夏の国ゲンズヴィアの国王だった。
国土の半分が砂漠のゲンズヴィアは独立心が高く、神座の国への忠誠心は薄いって聞いてたけど、イライアスさんはその国ともちゃっかり話をつけていたのだろう。
いや、あっちの国王、声の調子からして半分くらいこの状況を楽しんでそうだけど……。文化的に何かを戦いで決めるの好きらしいし。
「何を……神の意志を量るなど……」
インテンツィア家の当主が慌てて何か言いかけたけど、途中で拡声の魔法が掻き消えた。その一瞬前にパメラ先輩が何か呪文を唱えた気がするのは……気のせい、ということにしておこう。
神殿長の付近も慌てふためいているけど、ゲンズヴィア、エルグラント、それにシルヴェスティア家に連なる人たちがみんなで歓声や応援の野次を飛ばし始めたせいで、収拾がつかなくなっている。
さらには関係ない人たちまで雰囲気に呑まれて騒ぎ出した。
だいたいこういうところに集まってくる人たち、一対一の試合とか大好きなんだよね。これはもうクライスとオルティス先輩の試合が始まらなければ収まりそうにない。
となると、私がやることは一つ!
勢いよく立ち上がった瞬間、めちゃくちゃ不自然な風が巻き起こった。天蓋が翻り、そのままめくれ上がって吹き飛んでいく。
たぶん先生が何か魔法を使ったんだろう。おかげで視界も行く手も遮るものがなくなって、私は手すりに駆け寄った。
「クライス!」
魔道書を抱えたまま、私は真っ直ぐクライスを見つめ、名前を呼ぶ。
ほんのちょっと離れていただけなのに、懐かしすぎて泣きそうになる。
クライスは一瞬の逡巡の後に、こちらに駆け寄ってきた。
ボックス席からは、長身のクライス相手でも私が手を伸ばしてようやく頭に手が届くくらいの段差があるから、身を乗り出して魔道書を差し出す。
その拍子にこちらを見上げる青い瞳と目が合って、なんか……なんだか、たまらなくなってしまった。
じわ、と目頭に浮かんだ熱に私も慌てたけど、クライスも表情はほとんど動かさないまま、かなり動揺したみたいだった。
「リアナ……私は」
クライスが、魔道書ではなく私の頬に手を伸ばす。
「私は、この試合に負けたくない」
この前キスしたときには迷うように揺れていた瞳の奥の炎が、今ははっきりと燃え上がっているみたいで、すごく、すごくきれいだった。
「勝っても、よろしいですね」
それはいつもクライスがしていた、私の意志を確認するための問いではなくて、クライス自身の願いだ。
私がずっと聞きたかった、クライスの本当の願い。
それがわかった瞬間、ほっとして、嬉しくて、浮かんだ熱があふれ出す。
「うん……うん。勝って。ぜったい。だって私、そのためにここに来たんだよ。前世とかぜんぶ、もう見たから。私、大丈夫だから。だから、勝って。一緒に、いて」
全然決まらない涙声でぐだぐだな台詞を絞り出すと、クライスの手がするりと頬をすべって、魔道書を掴む。
「わかりました。必ず」
短くて強い決意の言葉と共に、クライスは魔道書を受け取ってオルティス先輩の前へ向かう。迎えるオルティス先輩の手の中には、付与魔術の光を放つ剣。
観客席のみんなの声援が、ひときわ大きくなる。
――始まるんだ。
私たちの未来を決める、戦いが。
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