第29話 再会と爆発と私

 朝食後は今日もそれぞれの授業に出席だ。

 正直、現役で聖女だってことが知れ渡りつつあって気が重いんだけど、だからってサボりたくもない。せっかく知識を得るチャンスだもんね!


 しかし、クライスの目が届かない授業のときは、ニーメアが護衛してくれることになっているのも気が重い原因の一つだった。

 クライスとの契約に縛られているとはいえ、やっぱりあんなことがあった後じゃ信用、できないしなあ……。


 ちょっぴり重い足取りで教科書類と子猫を抱えて教室に入ると、一瞬視線が集まって空気がざわっとした気がした。


「ちょっと、本当に……?」

「全然見えない……」

「クライスウェルト様の気を引こうとして嘘ついてるんじゃ」


 教室のざわめきの中に、そんな台詞も聞き取れてしまう。


 う~ん、わかってたけど実際耳にするとすごいめんどくさい気持ちになるな。

 クライスが人気あるんだな~っていうのがわかるのは嬉しくなくもないけど、でもその程度のことで気が引けると思われてるのはちょっと腹立つというか。クライスはそんな表面しか見ない奴じゃないだろ! とは言いたくなる、うん。


 気を取り直して今日の授業は初級炎系魔術の実技だ。だいたい二~三人くらいのグループを作らされるんだけど、この空気で入れてくれるとこあるかな。


 キョロキョロしていたら、ストロベリーブロンドの丸い後頭部が見えた。そのショートボブの少女が振り向いて、まんまるな青い瞳が私を見る。


「あっ、アリアーナさん!」


 見覚えのある美少女が笑顔で駆け寄ってきた。

 ……誰だっけ?


 一瞬考え込んでから、ぽんと手を打つ。


「ああっ、食糧委員会の!」

「ですです、大ネズミを退治してもらった! あ、名乗ってませんでしたっけ? ヘレナ・ギール・ウィングセーラと言います。その節はお世話になりました!」

「あ、ご丁寧にどうも。私はアリアーナ・フェリセットです……って私は名乗ってましたね」

「あはは、名乗ってましたね~」


 ぺこぺこ頭を下げ合って、そのままの流れで隣に座る。

 私が聖女だって噂を聞いていないのか気にしていないのか、ごく普通に接してくれるのでちょっとほっとする。


「私、炎魔術が苦手過ぎて、去年単位落としちゃったんです」


 一学年上らしいヘレナ先輩は、恥ずかしそうに頬を赤らめながらそう説明した。


「ああ……私も直接元素を操る魔法は苦手なんですよねえ」


 聖女の魔力、めちゃくちゃ支援特化だから、怪我を治癒したり身体能力を上げる祝福をしたり魔物を封印したりは得意だけど、水や炎や風や土なんかを操ったりするのは本当にダメなのだ。


「アリアーナさんもですか? 苦手同士、せっかくだから組んじゃいましょうか」

「わぁ、助かります、ぜひぜひ!」


 私たちがそうやって意気投合している頃、教室の奥の方では何やら不穏な騒ぎが持ち上がっていた。


「大丈夫大丈夫、実家で使い慣れてるし」

「いやでも勝手に触ったらマズくね?」

「大丈夫だって。ちょっと見てろよ。おもしれえんだよこれ」


 無責任にはやし立てる声の向こうから聞こえたのはそんな不穏な会話だ。会話の感じからして、新入生の誰かが魔導具にいたずらでもしようとしているのかもしれない。


 いやどう考えても危ないでしょ!?

 誰か止めなよ!

 ていうか誰も止めないなら私が止める!


 特に今回の授業は炎系魔術の扱いに関するものだ。そこで用意されている魔導具といえば、だいたいは安全性を確保するためのものだけど、このおちゃらけた様子で面白いとか言っちゃうタイプの奴が面白いと思いそうな魔導具はたぶん炎魔術を発動させるためのものだ。


 一般……というかそこそこの貴族以上の家に置かれている類似の魔導具は、まあだいたいが炊事か暖房用だからそんなに危険はないかもしれないが、ここは魔法学園。当然、家庭用に流通している魔導具とは比べものにならない魔力が込められている。

 ふざけていたずらしていいものではないのだ。


 そう思って立ち上がったんだけど――ちょっと気付くのが遅すぎた。


「う、うわあああああ!!!」


 悲鳴、そして爆音。人垣の中心から炎の柱が見えて、さらにまわりからも悲鳴が上がり、パニックを起こした学生たちが我先に逃げだす。

 大惨事だ。


「あわわわ、アリアーナさん、どうしよう……!」

「大丈夫です、私が封印してくるのでヘレナ先輩は誰か……先生か風紀委員を呼んできてください」


 隣でおろおろし始めたヘレナ先輩にそう言って、私は逃げ惑う学生やら人に押されて転んでいるかわいそうな学生やらの流れに逆らって、まだ元気よく燃え盛っている炎の柱に向かって走った。


 ……あー、これ、最大出力でやっちゃったな。発動させた本人はたぶん魔力を全部吸われてぶっ倒れているはずだ。


 まずはこの暴走しっぱなしの魔導具をなんとかしなきゃだけど、それは簡単に片付けられる。少なくとも私には。

 そう、魔王を封印するために七年間鍛えたこの封印術を持ってすれば、手をかざしてちょこっと魔力を込めるだけで即解決。意志のある魔物や人間と違って抵抗もしないしね。


 封印できたら次は人命救助。案の定炎の柱の側にぶっ倒れていた主犯と思われる男子学生に駆け寄って助け起こす。魔力はほぼ空っぽになってるけど、火傷はそこまでひどくない。

 これならすぐに治せる。


 私は火傷のところに手を当てて、祝福を与える要領で怪我の治療をした。ついでに魔力もちょっとお裾分けしておいてあげる。

 効果はすぐに現れて、男子学生ははっと目を見開いた。

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