第30話 泣かせようとする幼馴染みと泣きたくない私

「大丈夫ですか?」

「……え、俺、どうなって……?」

「よし、大丈夫そうですね」


 呆然とする男子学生を放り出して、私は次に手当てするべき相手を探す。

 巻き込まれて火傷を負ったらしい学生、みんなが逃げるときに押し倒されて足をひねったらしい子。


 動けなさそうな子から率先して手当てしていたら、いつの間にか人が集まってきていた。


「す、すごい、呪文もなしで……」

「本当に聖女様なんだ……」


 感動してくれるのはいいけどそれより手伝って欲しい。というかさっき悪口言った声混ざってますけど? とか思ってしまうあたり、私本当に聖女向いてないよね。


「あれって祝福じゃない?」

「あんなやつに祝福……?」

「え、私も祝福ほしい」


 四人目くらいを治療し終えて顔を上げると、なんか妙な雰囲気になった人垣にすっかり囲まれてしまっていた。

 何コレ、こわいんだけど。


「せ、聖女様! 私にも祝福を!」


 ドン引きしていたら、明らかにさっき聞こえよがしな悪口を言っていたのと同じ声の子がすごい信心深そうな顔をして迫ってきた。


「ちょっと待って、先に治療を」

「聖女様、私にも!」

「僕にも祝福を!」


 どうしてそうなるの!?

 怒りよりも先に恐怖が襲ってきて思わず後退る私に、みんなが祝福を求めて手を伸ばしてくる。


「や、やめて!」


 悲鳴じみた制止も聞いてもらえず、最初に迫ってきた子が私の服を掴むと、それをきっかけにしたみたいに、みんなが私にさわろうと押し寄せてくる。


「やだ……嫌だ! 助けて、クライス!」


 差し伸べられる無数の手を振り払い、うずくまって叫びながら、前にもこんなことがあったような気がしていた。

 抵抗しても叫んでも誰も助けてくれなくて、それで、私は――


「何をしている! 下がれ!」


 その場の狂騒と私の恐怖を切り裂くような強い声がして、まるで時間が止まったように教室はしんと静まりかえる。

 でもその声は、私にとっては救いそのものだ。


「クライス……」


 震えながら顔を上げると、波が引くように左右に分かれていく学生たちの間を、クライスが真っ直ぐこちらに歩いてくるところだった。


「……っ」


 目の前まで来たクライスに、無言で縋り付く。

 頼ってばかりじゃダメだとか、全部頭からすっぽ抜けていた。


「もう大丈夫です。こうなる前に止めることができず、申し訳ありません」


 クライスが謝ることじゃない。

 そう思っていても何か話そうとしたら嗚咽になってしまいそうで、背中を撫でて落ち着かせてくれるクライスに、私は無言で首を横に振ることしかできなかった。


「リアナ、今はこの場にいない方がいい。寮に戻りましょう。少しだけお待ちください」


 クライスは低く抑えた声でそうささやいて、私をそっと抱き上げた。

 降ろして、と言いたいところだけど、今は正直、人の姿を視界に入れたらえづいてしまいそうなくらい気分が悪かった。

 ごめん、とつぶやきながら、何も見えないようにクライスの胸に顔をうずめる。


「治療班は怪我人の確認と治療を、調査班は事故の原因とここにいる全員の精神状態の調査をお願いします」


 私がその姿勢で安定するようにしっかり支えてくれながら、クライスはてきぱきと指示を出している。見えないけど、たぶんあとから風紀委員が来たのだろう。


「アラン・ギール・グレイブロー副委員長。申し訳ありませんが、私は聖女の護衛を優先させていただきますので、あとの指揮は任せます。それと、担当教員に魔導具の管理について聞き取りと指導を」

「はい、委員長!」


 その一言だけでこれはクライスに心酔してるなってわかる元気のいい返事が聞こえた。


「ああああの、アリアーナさんは大丈夫なんですか?」


 続いて聞こえてきたのはヘレナ先輩の慌てふためいた声だ。


「ヘレナ様ですね。お知らせいただいてありがとうございます。少し消耗しておりますが、休めば落ち着くかと思いますので、ひとまずは寮にお連れします」


 ちゃんと助けを呼んできてくれてたんだな。顔を見てお礼も言えなくて申し訳ないと思いながら、私は無言でうんうんとうなずく。


「また改めてお礼にうかがいたいとのことですので、その折りはどうぞよろしくお願いいたします」


 クライスが私の言いたいことを完璧に代弁してくれる。これだからダメだと思っていても頼ってしまうんだ……これだから……。


「あ、はい、いえ、あの、お礼なんて! 落ち着いてからまたお話できたらいいなって感じなので!」


 ヘレナ先輩、クライスに対してはめちゃくちゃ緊張しているみたいだけど、私と距離を置こうという気配はなかったので、そこにはほっとしてしまう。


 クライスはその後も駆けつけた風紀委員たちに二言三言声をかけて、それからゆっくりと歩き出した。



 ざわめきが遠のいて静かになるにつれて、だんだん気持ちが落ち着いてきて――そして何とも言えず気恥ずかしい気分になってくる。


「クライス、あのさ、歩けるから……」

「ご自分で思っているよりも消耗しておいでですよ。どうぞそのままで」


 クライスが答えるのと同時に、廊下の向こうから誰かの足音がして、思わず身体を硬くして縮こまってしまう。


 これは本格的にダメだ。クライスに頼りすぎとかいう以前に自分が情けなさ過ぎて、泣きたい気持ちになってくる。

 泣いたら余計情けないから意地でも泣くもんかとも思うけど!


「彼らがあんな風になったのは貴方のせいではありませんし、恐怖を感じるのも当然のことです。どうか自分を責めないでください」

「……泣かせようとするのやめてほしい」

「誰も見ておりませんよ」


 心を読んだようなクライスの胸を、お前が見てるんだよぉ! という抗議の気持ちを込めて、私は軽く叩いた。

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