第28話 譲らない先輩二人とババロアと私
「「……なんて?」」
リディア先輩と私の声が思いっきり重なった。エミリオくんはドン引きしているし、クライスとパメラ先輩はいつもの笑顔だけど若干「またか」という諦念がにじみ出ている。
「弟子になら僕がなる!!」
その微妙な雰囲気にはまったく気付いてない様子で、すごい名案を思いついたと言いたげな輝くようなドヤ顔のオルティス先輩は繰り返す。
「弟子……え、誰の……私の……!?」
「そうだ。だって、その剣技が誰にも引き継がれないなんて世界の損失だろう!」
「……まあでも確かに、『仮面の剣聖』の剣は、勇者様にとってプラスになるだろうし、オルティス先輩にしては悪くない意見なんじゃないですか?」
やたら世界の損失にこだわるオルティス先輩に、意外にもエミリオくんが加勢した。微妙にディスってるような気はするけど。
「……その二つ名、心の底からやめてほしい」
リディア先輩は否定はせずに、頭痛をこらえるような仕草で首を横に振る。
「えっと、どういうことなのか聞いても良いですか?」
「僕も知りたい。どこかでもう名を上げているのか?」
さすがに気になりすぎて、聞かれたくなさそうだな、とわかっていながら尋ねてしまった。
ここぞとばかりに乗ってくるオルティス先輩に、リディア先輩は深く深くため息をついて、「エミリオくん、説明お願い」と諦めきった様子で丸投げして、テーブルに突っ伏す。どうやら自分で説明するのも嫌らしい。
エミリオくんは特に不満に思う様子もなく、うなずいて話し始めた。
「二年前の神前武闘会に、リディア先輩は匿名で飛び入り参加していたんですよ」
神前武闘会とは、神殿が主催する武闘会のことで、だいたい参加するのは各国の貴族だ。
陽春の国フェスタリア、炎夏の国ゲンズヴィア、錦秋の国エルグラント、玄冬の国レースフォア。四国の重鎮が神座の国アイネリアンに集う、四年に一回のお祭り騒ぎ。
二年前は確かにそのお祭りに当たっていたかもしれない。聖女だった頃は開会の挨拶くらいには顔を出していた記憶があるんだけど、なんせその頃は森で修行してたからな……。
「ああ、確かに……私と当たる前に棄権されてしまいましたが、やたら強い匿名の飛び入り参加者がいた、という話はございましたね。義兄上を退けたにもかかわらず、次の試合で棄権されたとか」
「そう、予選を勝ち上がってきて、一回戦で優勝候補だったイライアス・アル・シルヴェスティアを下し、『仮面の剣聖』と呼ばれた謎の匿名剣士。それがリディア先輩で間違いないはずです」
イライアス……イライアスってシルヴェスティア家の長男で、クライスに剣を教えていためちゃくちゃ強い人じゃん! 私はほとんど話したこともないけど……勝ったの? あれに? マジ?
「違うの! あれは違うのよ!」
愕然としていたら、リディア先輩が身悶えながら頭を抱えた。
「あの方は絶対わざとだったの! わざと負けたのよ!」
「な、なぜそんなことを……?」
心底理解できないというように、オルティス先輩が問いかける。
「お恥ずかしい話ですが、義兄上は……面倒だったのだと思います」
頭を抱え続けるリディア先輩に代わって答えたのはクライスだ。
「め、面倒!? 神前武闘会が!?」
「暑いしうるさいしお前と当たるまで手応えのある相手もいないしサボりたいがシルヴェスティアの家名を汚すと父上がうるさい、と……常々そう仰っていらしたので……」
「ああ~……」
ほとんど話したことないけど、それはなんか想像がつく。
思えば今よりも融通が利かない生真面目美少年だったクライスをよくからかって遊んでるとこ、たまに遠くから見かけてたんだよね……。見た目はいかにも貴族~って感じの金髪碧眼美青年なんだけど、口を開けばろくなことを言わないイメージだった。
クライスとはかなり年が離れていてもうそろそろ三十歳に届くはずだけど、あんまり変わってなさそうだ。
昔クライスがよく私のところにお菓子を持ってきてたの、どうもそのお兄さんの差し金だったっぽくて、そういうあたりから悪い印象はないけど間違いなく変人だし、リディア先輩にわざと負けたっていうのも本当にやりそうだ。
「そんな……シルヴェスティア家の長男ともあろう者が神前武闘会を面倒だなどと……」
昔を懐かしんでいる間にも、オルティス先輩はずっとショックを受け続けていたようだ。
「リディア様のことを、自分が負けても恥にならない実力の持ち主だと判断されたのでしょう」
「……それ、体の良い言い訳に利用したってこと?」
「そういうことです」
私の質問にクライスが重々しくうなずいて、リディア先輩はさらに頭を抱えた。
「あれで目立っちゃったから棄権せざるを得なくなったのよ! 相手が本気じゃないのに勝っても嬉しくなんかないし恥ずかしい二つ名までついて! 正体がばれたらあらゆる意味で生きていけない!」
なんか、本気でリディア先輩に同情したくなってきた。
なんとも言えない気持ちで見つめていたら、リディア先輩はがばっと顔を上げた。
「つまりその二つ名は事故だから! 私の実力ではないから! 弟子とかいらない!」
「でも、お前の実力は本物だろう。この目で見たんだ。嘘とは言わせない!」
テーブルを叩いて立ち上がり、オルティス先輩に向かって迫力のある睨みを利かせたリディア先輩に、睨まれたオルティス先輩も一歩も譲らない構えだ。
テーブル越しに身を乗り出してにらめっこする二人の間になんか口を挟んではいけない感じの空気が流れる。
「だいたい私の剣とあなたの剣は、違う!」
「そんなことはわかっているが、僕はお前の剣をもっと知りたい!」
「時間かかりそうだからほっといてデザートにしません?」
「そうですね。お二人の分はわけて保存しておきましょう」
「今日のデザートはねぇ、ババロアなのよぉ~」
口を挟んではいけない空気に口を挟む人間はいなかったけど、その代わりみんなフリーダムだった。
……いいのかなあアレ、ほっといて……。
若干疑問に思いつつも、私はクライスが差し出したババロアの誘惑に負けたのだった。
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