第7話 浮く
高校は、今までとはまるで違った。
誰もこちらを見てはくれない。先生も同級生もただ冷たかった。
凍えてしまいそうだった。
皆との携帯のやり取りだけが救いだった。
賞を取ったといえば、褒めてくれた。
その絵が地元の展示場に展示されれば、展示場に行って見てきたと、写真を送ってくれた。
もっと僕の絵が広まれば、もっと見てもらえる。
ただ、それだけで僕は筆を走らせた。
けれど、高校2年生になり、僕の作品は賞を取れなくなっていった。賞は勿論、予選さえも通らない。
これじゃあ、褒めてもらえない。
褒めるところなんてない僕なんて、見てくれる人はいないのに。
一層僕は筆を走らせた。
唯一の救いであったメールさえ見なくなっていた。
その頃にはもう、目的さえ分からなくなっていた。
高校2年生が終わる頃、校長室に呼ばれた。
退学になるのかもしれない。推薦で入っているのに、賞が取れないなんてと。
恐ろしかった。そうなってしまえば、もう僕の唯一の特技はなくなってしまう。
震える脚で、校長室に入る。
そこには、担任の先生と校長先生、両親がいた。
どうやら、僕の作品は僕の名前ではなく、担任の先生の名前で賞に応募されていたらしい。
担任の先生にも、校長先生にも謝られたような気がする。両親にも慰められたような気がする。
正直、よく覚えていない。
ただ、絵を描く度に滲んだ視界、食べ物が喉を通らなくて戻した時の口内に広がる気持ち悪さと酸味、作品を刻んで燃やしたときに立ち登った煙。それだけがぐるぐると頭を回っていた。
僕が立ち止まっている間にも、時は流れる。
ふと気が付くと、僕は高校を辞め、部屋に閉じこもっていた。
キャンパスの前に立ち、筆を持つ。
何も思い浮かばない。手が震える。呼吸が乱れる。
僕は何も描けなくなっていた。
意識が遠退く。
目覚めた時、僕はベットで眠っていた。
両親が運んでくれたのだろう。もう、ずっと両親と話していないような気がする。多分、こんな僕を両親は持て余しているのだろう。
そんなことを考えながら、何気なく携帯を見る。携帯を見なくなったあの日以降、3桁もの通知が溜まっていた。
「大丈夫?」「返信して」「元気?」「友達でしょ」「今度遊ぼうよ」
皆、僕を心配してくれていた。
勝手に暴走して、こんなにボロボロになった僕を。
急に、酷く恥ずかしくなった。なんでかは分からない。
頭を抱える。気持ち悪い。
なんでだろう。心配してくれているのに。なんで。
パニックを起こした頭で順々にメールを見ていく。
皆、僕を心配していた。慰めてくれていた。
そんな文面を見る度に、呼吸が乱れる。
翔平からの文面を開く。
翔平はただ、日常の報告だけだった。
今日は猫集会に遭遇したとか。虹かかかってたとか。そんな、穏やかな日常の風景。
そしていつも最後は「悠太の絵が見たい」で締められていた。
そういえば、賞をとったと言わなくても、ずっと連絡をくれていたのは翔平だけだった。僕の絵が賞を取る前に褒めてくれたのも。
翔平だけは、ずっと変わらなかった。
ふと、呼吸が楽になっているのに気付いた。
代わりに、涙がとめどなく溢れる。
無性に、翔平の声が聴きたくなった。
衝動のままに、翔平に電話をかける。
1コール。2コール。3コール。
「…もしもし?」
電話越しの翔平の声は、昔と何も変わらなかった。
自分を揺らす、温かいものに気付く。
目を開けると、呆れたような顔をした翔平と目が合う。
「こんなところで寝るやつがあるか」
どうやら、僕は寝ていたらしい。
「ごめーん。でもさ、待ってたんだよ」
へらりと笑えば、頭を軽く叩かれる。
叩かれた所を擦っていると、手を差し出される。
それを握ると、ぐいと引っ張られる。その流れに従って、ベンチから立ち上がる。
僕がしっかり立ったことを認めると、翔平は手を離す。
僕は翔平に問いかける。
「今日の夕飯何?」
「冷やし中華」
翔平は簡潔に答える。
わぁ、涼しげ。今日暑いから。確かに。手伝えよ。はーい。
そんな会話をしながら、僕達は部屋に戻った。
ワンルーム 雪永真白 @mshr_ein
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ワンルームの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます