第6話 沈む
あの日から、深夜の散歩は僕らの日課になった。
最初は玄関から出るのもやっとで、すぐその場に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。
面倒だったと思う。仕事から疲れて帰ってきてるのに、買い物も、料理もしてくれて。
更には、全く先に進まない、進めない僕を連れての深夜の散歩なんて。
けれど、翔平は僕を責めることも、励ますこともしなかった。
ただ、一緒に止まってくれた。
そして、10分経つとこう言った。
「今日はここまでにしよ」
変化は怖い事だ。良いことであっても、悪いことであっても。
弱い僕は、それに耐えきれなくて。足が竦んでしまって。
だから、それは救いだった。少なくとも僕にとっては。
そうやって翔平が根気強く付き合ってくれるお陰で、段々距離は伸びていった。今では、二人でならコンビニに行けるようにはなった。まだ買い物は出来ないけれど。
1人ではまだ、マンションの下の桜並木までしか行けない。
結局、まだ僕は翔平に頼らないと何も出来ない。
それでも、翔平は「大きな一歩じゃん」と笑ってくれた。嬉しかった。有り難かった。
今日は金曜日の夜。
翔平の帰りをマンションの前の桜の下、その下のベンチに座って待つ。
ここは住宅街だし田舎だから、あんまり人通りはない。
それでも、時折人が通る度にビクリと身体が震える。
自分を落ち着かせる様に、桜の木を仰ぐ。いつか二人で眺めた桜並木を、その葉の青さを仰げる日が来るなんて思わなかった。
こういうことがある度に、翔平には頭が上がらないなぁと思う。
翔平がいなかったら、僕はずっと部屋に籠もったままだった。
本当に、感謝してもしきれない。
けれど、それと同時に自分勝手な感情が首を擡げる。
翔平に僕の気持ちなんて、分からない。翔平は僕を見下してるから、僕に優しくできるんだ。
分かってる。親だろうと、恋人だろうと、何だろうと同じ人間ではない以上、本当の気持ちなんて分かるわけがないことも。
翔平はそんな人を見下すことに悦楽を得る人間ではないことも。
けれど、そう思ってしまうのは。多分、僕があの日から変われていないから。
僕と翔平は、同じ病院で同じ日に生まれた。
僕の母と翔平の母も意気投合し、家も近所であった事から、家族ぐるみで仲良くなった。いわゆる幼馴染。
小学校も一緒で、僕達はいつも一緒に居た。
勉強も駄目で、運動も駄目。性格も引っ込み思案。
そんな僕を、翔平は皆の輪の中に入れてくれた。
皆優しくて、僕にも良くしてくれた。
そして、何より。翔平も皆も、僕の描く絵を褒めてくれた。嬉しかった。
もっと続けよう。もっと、上手くなろう。そう思った。
そうして、絵は僕の唯一の特技になった。
全国の大会でも、僕の作品は表彰されるようになった。
翔平も、周りの皆も褒めてくれた。嬉しかった。
ずっと、それが続くと思っていた。続いてほしかった。
けれど、人生はそう簡単ではない。
僕は頭が悪いから、翔平とは同じ高校に行けなかった。高校に行くのさえ、危うかった。
けれど、県外にはなるけれど、推薦なら美術科の高校で、行けるところがあった。
僕はそれに飛び付いた。もっと絵が上手くなれば、翔平も皆ももっと褒めてくれるかもしれない。
ただ、その一心だった。
翔平も皆も応援してくれた。
よりいっそう、決意は固くなった。
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