第5話 曇り

家に入り、買ってきたものを半ば放り投げるように冷蔵庫の前に置き、急いでお風呂を沸かす。

バスタオルを用意し、玄関に戻る。

家に入った時のまま、濡れ鼠の状態で立ち尽くす悠太に、バスタオルを渡す。

何も言わないものの、それを受け取り、体を拭き始めたことに少しだけ安心した。

「お風呂沸かしたから、そのまま入ってきな」

そう言うと、悠太は小さく頷いたあと、ゆっくりとした動きでお風呂場に向かった。

その姿を見届けたあと、キッチンに戻り、冷蔵庫に買ってきたものを仕舞う。

そうしていると、水音が聴こえてきた。

ほっと胸を撫で下ろし、悠太の着替えを用意し、脱衣所に置く。

キッチンに戻り、調理台の前に立つ。

カレーの材料を買ってきては見たものの、悠太のあの姿が目に焼き付いて離れない。

卵はある、玉ねぎもある。ひき肉も安かったから買ってきた、豚だけど。

「…ハンバーグにするか」

悠太、ハンバーグ好きだし。

独りごち、料理に取り掛かる。

どうにか、元気を出して欲しかった。


付け合わせのジャガイモと人参を蒸し終えたところで、悠太が上がってきた。

相変わらず表情は暗いが、顔色は多少マシになった。

「ハンバーグ作ったから、食べよ」

そう声をかければ、悠太は頷き、薄く笑った。

定位置に座り、食事を始める。

悠太は喋らない。俺も喋らない。重い空気。

こんな食事はあの日以来だった。

箸でハンバーグを一口大にする。口に運ぶ。咀嚼。嚥下。

その一連の動作を繰り返す。

コツンと、机に何かが当たる音がする。

前を向くと、俯いた悠太が箸を置いていた。

ハンバーグはまだある。

「悠太?」

声をかけると、悠太は顔を上げる。

「怒んないの?」

俺が何かを言う前に、悠太は続ける。

「ずっと家にいる癖に、家事はほとんど翔太に任せて。本当は外で服とか買いたいのに、僕に合わせて休日はずっと家に居て。今日だってそう。やっと外に出たと思ったら、玄関の外に出た瞬間怖くなって。結局にっちもさっちも行かなくなって、あのざま」

悠太は下手くそな笑顔でベラベラと話す。

言葉を続けようと口を開く。

それより先に、口を開く。

「これ以上言ったら殴るけど」

悠太は黙った。

分かってた。ずっと、悠太が苦しんでた事は。

特に最近は外に対する言及が多かったから。

「そんな奴だって思ってたの?」

「違う!」

「分かってんじゃん。俺が悠太を見放すわけない。そもそも、そうじゃなきゃルームシェアしよなんて言わないし」

「うん、ごめ…」

「だから、一緒に一歩ずつ進んでいこ」

まずは夜に散歩でも行こうよ。

悠太は目を丸くした。

目から次々と涙が溢れる。

そして、うん、うん、と何度も頷く。

俺はただ、それを見つめていた。

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