第4話 雨

金曜の朝、仕事に行く用意をしながらニュースで天気予報を確認する。

「夜は雨か…」

「はい、傘。忘れないようにね」

俺の呟きを聞いた悠太は、傘を差し出してくれる。

それにお礼を言い、受け取った傘をバッグに仕舞う。

「今日何食べたい?」

「えー、今思いつかない…」

そろそろ暑くなってきちゃうし、最後に鍋とか?でも、ハンバーグもいいなぁ…。

悠太は頭を抱え、悩み始めた。

その姿を呆れ半分、嬉しさ半分で見つめる。

暫くうんうんと唸っていた悠太が、こちらを見つめる。

「…翔太は?」

「ん?」

「翔太は何が食べたいの?」

「え」

まさか自分に返ってくるとは思わず、一瞬思考が停止した。

何食べたい。えー、何食べたいだろ。

あ、今日金曜日か。

「カレーかな」

海軍の人は金曜日にカレーを食べることで曜日を把握してるって何かで見たし。

そんな雑な連想ゲームで出てきた料理名を述べる。

「カレー、カレーか」

悠太は何回もカレーと口にする。

「嫌ならいいよ、オムライスとかにする?」

俺の問いに、悠太は首を振る。

「いや、カレーにしよう」

悠太はしっかりとこっちを見て、真剣な顔で言った。

何故か使命感を帯びたその目に違和感を覚えつつも、俺は頷く。

ふと視線をそらすと、家を出る時間だった。

急いで玄関に向かう。

「行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

見送りをしてくれる悠太の顔はいつもよりどことなく暗い気がした。

そんな様子に後ろ髪を引かれつつも、俺は会社に向かった。


仕事を終え、会社を出ると雨が降っていた。

傘をささずに帰るには強過ぎる、しかし、さすには些か弱すぎる微妙な雨に憂鬱になる。

しかし、今日はもう少し待とうという気にはなれなかった。

朝の悠太の事が頭から離れない。

「杞憂で終わればいいんだけど」

そう呟き、足早にスーパーへの道を急いだ。


さっさと材料を買い、家路を急ぐ。

ようやく家が見えてきた所で、俺達の部屋のドアの前に人影が見える。

不安になり、足を更に速める。

さしていた折り畳みの傘を乱雑に纏め、階段を1番飛ばしで上る。

ただ、ただそれを繰り返す。

部屋のある4階まで上りきる。

廊下には、ドアを背に俯く悠太がいた。

急いで悠太に駆け寄る。

「悠太、どうした?」

声をかけるが、悠太は何も答えない。

屋根の下とはいえ、全部の雨を避けきるなんて不可能で。

悠太の着ていたパーカーの前面は色が黒く変わってしまっていた。あまり濡れていない背中側から、そのパーカーの本来の色が明るい灰色だったことが分かる。

一体いつからここにいたのか。

「悠太」

もう1度声を掛ける。何も答えない。

取り敢えず、このままでは風邪を引いてしまう。

家に入れようと腕を引っ張ると、濡れた布特有の重たいような、ぬるいような何とも言えない嫌な感触が手に伝わる。

それがこの不安を助長させた。

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