第2話
白の生地に金の糸で装飾された羽根の刺繍。
赤い宝石に金のチェーンが下がる帽子は魔法使いのような三角のとんがり帽子。
昔の常識ではまず身につけられないであろうコスチューム。
駅にでも向かえば目立って仕方ないだろう。
しかし、この目を引くことがこのコスチュームには重要になってくる。
各世界を調査するにあたって守らなければならない事がある。
それは決して観察対象に干渉しないことだ。
「天使」は世界の変化を調査するのが目的だ。
誰もがこの世界の変化の原因を知りたがっている。
この事象がなぜ起こったのか、それによって何が違っているのか。
知らない事は恐ろしい。
それは人間に限ったところの話ではない。
他の種族達もこの出来事には少なからず何か知識を有したいと思っている。
その共通の目的によってそれぞれの世界の観察を許されているのだ。
同時に決してその世界を変えてはいけない。
なぜなら変化に気づくことができないからだ。
何が起こっても職業天使は手助けをすることも口出しをすることも許されていない。
巷では職業天使はその職名にそぐわずとても冷酷だと言われている。
いくら理不尽なことが目の前で起こっていても決しては助けてくれないし、誰かに知らせることもない。
ただ淡々とその事象を観察するのみ。
しかしそれは職業天使を守ることにも繋がる。
決して干渉しないから此方にも手出しをするな、という表明だ。
これが成立しなければすぐに損得勘定がなされ情報に利益が発生してしまう。
そうすれば不思議な力を持たない人間は一気に不利となるだろう。
干渉をしないことは職業天使にとってのお守りであり人間が生き抜くための知恵だった。
そしてそれをわかりやすくするためにこのコスチュームは存在する。
大きな茶色い鞄に必要書類と筆記用具、貴重品にハンカチとポケットティッシュを詰め込めばよし、と鞄の口を閉める。
真新しい磨かれた茶色い革靴を履けば玄関のドアに魔法陣の描かれた紙を当てる。
人差し指で縦に一筋入れれば「B57 白の間」と呟く。
すると玄関のドアは一線した部分からイリュージョンのように重苦しい木製に黒の金具の扉へと変わる。
私は初めてその魔法を実行し興奮気味に身体を震わせた。
魔法陣の描かれた紙を手帳に丁寧に仕舞えば一つ深呼吸してドアノブに手をかけた。
延々と天に登っていくようなエスカレーター。
上を見上げれば途方もなく続いている。
そっと振り向けばそこには美しい銀の髪が視線を釘付けにする。
二段下に佇む彼女は私のパートナーである天使。
長く解いた髪は風に靡きアメジストのような瞳は大人びた落ち着きがある。
「どうかされましたか」
視線に気づけば声をかけてくる彼女。
パートナー顔合わせから3時間ほど経ったが言葉を発したのは最初のヨロシクのみ。
きっと物静かで色々と語りたがらない性格なんだと自分を納得させていた。
が、気になるところは沢山ある。
「…何かお返事いただけると助かるのですが…」
表情は淡々としているが瞳の色は若干揺れている。
問いかけに答えないままぼーっと自分の思考の中へ行ってしまうところだった。
「ごめんなさい、その…色々と聞きたいことがありすぎて…」
慌てて頭を下げる私はエスカレーターに乗っていることも忘れて思いっきりバランスを崩し彼女に覆い被さるように倒れ込む。
このまま二人とも落ちてしまう、とギュッと目を瞑った瞬間それは美しく視界を覆った。
「!!!」
バサッと彼女の背後に広がる美しい白い翼。
真っ青な空の元では美しさに目を奪われてしまう。
「…感動中申し訳ないのですが、もう少し周囲の状況を鑑みた上で行動していただけると助かります」
困った顔で銀の杖をかざしていると思えばふと自身が空に浮いていることに言葉を失う。
こうなると解っていたのか回答を待つことなく元のエスカレーターにゆっくり戻される。
「……凄い、初めて魔法で浮きました」
まるで小学生のような感想を述べれば一気に恥ずかしくなり顔が火照る。
変わっているとはいえ職業天使も立派な社会人だ。
それなのにまだ学生気分を引きずる自分に気づく。
「気にする事はありません、それが成長というものです。誰しも失敗し学んでいくのです。」
恥ずかしさに俯いていたわたしを覗き込んでくる彼女。
普通なら怒られてもおかしくないようなことをしてしまったのにまさかフォローして貰えるとは。
「…天使、だから…?」
ふとそんな考えが思わず口から溢れ出す。
キョトンと驚いた表情になればふふっと笑みをこぼしくすくすと笑われる。
「天使なのはあなたも同じではありませんか」
「あ、確かにそうですね」
種族としての天使といったつもりだったが自分も一応天使の部類であることには変わらない。
なんとも紛らわしい職業だ。
「…ここは長い長い時間をかけて世界を渡ります。先ほどは軽い挨拶のみでしたし、自己紹介でもいたしましょうか」
いつの間にか背中の翼をしまいエスカレーターの段差に腰掛ける彼女。
私も習って隣に腰を下ろす。
眼下には晴天の元、静かに私の暮らす街が広がっていた。
刻の観測者 @vodlice
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