刻の観測者

@vodlice

第1話

職業「天使」。

身分証に無機質に印字されたその文字を私は何かする度に眺めてはにやける頬を無理やり引き締めデスク上のパソコンに視線を向ける。

メールの受信箱には卒業に向けての送迎会や打ち上げ、卒業旅行の計画と学生生活終了のカウントダウンを惜しむような件名が並んでいた。

季節は2月末期。

バレンタインデーも終わり可愛らしく飾られていたチョコレート売り場は青や白を基調としたホワイトデー仕様の飾りつけに移り変わり、それと同時に新入学や新しい年度に向けて桜の飾り付けもよく見かけるようになった。

かく言う私も大学4年で3月に卒業だ。

成績も中の上、資格もそこそこに単位もきちんと取った。

そして就職先は天使。


「天使」

それは聖書なんかに出てくる神の使いとよく知られているだろう。

そんなファンタジーな職業、絶対怪しい宗教に違いない。

きっとそう思う人が大半だと思う。

昔なら、だ。


ちょっと前から流行った「異世界転生」。

いろんな人がこぞってこんな世界があれば、こんな主人公の物語を見れたら。

多くの人々がそんな妄想を少しでも現実に近づけたくて、作品にならない脳内妄想も含めて多くの世界が一気に交差した。

最初はなんか流行っているな、と思っていたのにいつの間にかそれが”本当”になるようになってきたのだ。

例えばふとした時に道端のタンポポを見てみれば綿毛に乗って楽しそうに空を舞う精霊の姿をこの目で見ることができた。

電車に乗っていると傍を魔法使いがスイスイと空を飛んでいた。

はたまたコンビニに入ればいかがわしげな謎のアミュレットや顧問書がその棚を埋め始めた。

コーヒーを買おうと陳列棚に手を伸ばせばエナドリの隣に「ポーション」と手書きの値札が添えられた赤い瓶が並んでいた。

道を歩けば人間じゃない生き物と道ですれ違うことが多くなった。

空を見上げればドラゴンや飛空艇、色鮮やかな鳥が羽ばたいていた。

人々の創造したものが現実の世界に飲み込まれていったのだ。

科学的実証がされていないような出来事が現実で起こり世界は歴史上ない程の混乱を極めた。

最初はニュースで取り立てられていたものの、いつしか常識は移り変わり、今では国の諍いなんてよもや見かける事はなく人間以外の知識を有し意思疎通を図れる人間以外との諍いが目立つようになってきた。


勿論、生活にも変化が生じ私が高校生の頃にはこの「天使」という職業も既に確立されていた。

ただ「天使」といっても前に書いたようなファンタジーなものではない。

これはそのまま書いた天の使い、と言う意味だ。

創造が現実になった世界には偶像そのものも現実となった。

その為人々の信じる神様や仏様も当然有るものとなったのだが如何せんそれは「欲望」に塗れた存在でとても人々を救うような存在ではなかった。

特に一神教への影響は大きく自分の信じる神はこうだと声を荒げる信者が後を立たず、ついにはその宗教は滅んでいってしまった。

逆に八百万の神を信仰するここ日本ではそれぞれが一方向に長けた神と崇めていた為そういった影響は少なかった。

おみくじや占いといった当たり外れや完璧な性格ではない人間じみたその神様像は畏怖ではなく寧ろ好転しまるで仕事の上司のような尊敬の関係を築けていた。

そこからこの世界の変化を調査するためこの職業は生まれたのだ。

日本でいう神様なら神社を思い浮かべるだろう。

神社といえば神主さんや巫女さんだ。

天使とは違うんじゃないか?と思うかもしれない。

そう、この職業「天使」はそれぞれの神様につくわけではない。

今世界で起こっているこの「異世界との融合」を研究するための天の使いなのだ。

不思議な魔法や科学では実証できない出来事、はたまた意思疎通できる獣や妖精他などなど。

これは向こう側も同じことでなぜこういった事象が起こってしまったのかはまだ解明されていない。

そこでそれぞれの世界のあり方を調べ、比較し、どう変化していったのかを人間らしく調査するのがこの「天使」と言う職業なわけだ。

あえて人間らしく、といったのは他の意思を持った種族達にも似たような事をしているグループや組織はあるからだ。

とはいえ人間はあくまでも人間。

決して不思議な力をその生身で使うことはできない。

異世界産の道具や他種族の力を借りなければ異世界に渡ることすらできない。

悩んだ人々は道ゆく人間ではない存在に声をかけ共にこの事象を調べないかと協力を求めたのだ。

勿論拒否をした種族もいたが快く協力してくれた種族も存在した。

彼らの協力もありこの職業「天使」は人間以外の種族も所属している世界共通の組織として活動している。


私は根っからの人間そのもので大学も普通大学にカフェのバイトをしながら一般的な1DKの一人暮らし。

バイト先のお客さんだったりすれ違ったりする以外には他の種族との接点なんてほとんどない。

そう、仕事場で初めて他の種族の方と言葉を交わすのだ。

それだけで胸の鼓動がバクバクと高鳴り卒業旅行なんて吹っ飛んでしまう。

私は早々にメールの返事を送れば入社説明会の時にもらった書類をファイルから取り出す。


「天使 日本支部 第57期生」


冒頭にそう記された書類には天使と言う仕事についてや服装、持ち物や働き方が2ページに渡ってプリントされている。

そして最後の1ページには今回私と同じ第57期生で同期となる面々の名簿となっていた。

名前に年齢、そして種族…

エルフに精霊、悪魔に吸血鬼、ライオンにうさぎに蛇遣いなんてのもある。

人間を主体とした組織のため名簿には人間とは必ずペアとなる他の種族が存在する。

私、花山優香(はなやま ゆうか)のペアの種族は


”天使”だった…_____

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