Act.16


「ここだ」


 メモリーの魔法を使い、エリシアちゃんの記憶を覗く。範囲内の時間に襲撃された時の記憶を発見したのでそれをピックアップする。

 襲撃された時の記憶、無我夢中に逃げている記憶。この人がクルトさんかな? 金色の短髪にメガネをかけた20代後半くらいの男性だ。思ったより若い。


「エリシアちゃん、終わったよ」


 そう言うエリシアちゃんは閉じていた目を開く。


「気分とかは大丈夫?」

「はい大丈夫です。ちょっと覗かれた時は何かくすぐったい感じがしましたが……」

「良かった。これで多分、行けると思うよ」

「本当ですか!?」

「うわっと……エリシアちゃん落ち着いて」

「あ! ご、ごめんなさい」


 記憶を覗いて場所を知ったので、これによって転移魔法が使えるはずだ。ただ、転移魔法って前にも言った通りレアな魔法みたいで、使用すれば普通に目立つし極力人前では使いたくない。

 エリシアちゃんなら大丈夫だとは思うけど、言い触らされるとちょっと困る。

 まあ、転移魔法については記憶を消すっていう方法があるから大丈夫かな? 記憶操作系の魔法は闇に属してるので、覗ける魔法があるのなら消す魔法や改ざんする魔法もある訳だ。

 正に現代で言う”記憶”のSDメモリーカード。PCとかの端末上でデータを消したり編集したり出来るでしょ? 記憶の魔法はあれと同じ感じなのだ。


「こんな物で良いかな」


 取り敢えず、必要最低限な準備としてポーション類や食料とかをストレージにしまう。エリシアちゃんには少し驚かれたけど。

 因みにこの空間収納っていう魔法だけど、比較的レアというだけで使える人は使えるっていう魔法だ。正式名称は何とわたしが仮称してた”ストレージ”っていう名前で合ってた。これにはちょっと驚いた。


「あの、アリスさん、どうやって行くんですか?」

「まあ見てなって。さ、エリシアちゃん、わたしの手を」

「え? はい」


 自分以外の人も転移させるには、接触している必要がある。術者の身に付けている物や、術者本人の身体、何処でも良いので触れてないと転移の対象外になってしまうのだ。


「<転移>」


 エリシアちゃんがわたしの手を握ったのを確認し、わたしたちは転移魔法で記憶の場所へ飛ぶのだった。




□□□□□□□□□□




「ここが襲撃場所、か」


 転移は上手く発動したみたいで、景色が木に囲まれた街道に切り替わる。目の前には車輪とかが外れてたりして破壊されている馬車……だと思う物が野ざらしとなっていた。


「アリスさんって凄いですね……転移魔法をこの目で見るのは初めてです」


 そうそう、やっぱり転移魔法ってレアみたいで本でも難しいだとか、少ないだとかと書かれてた。なので、やはりこれからも転移魔法は本当にどうしようもない時を除いて人前での使用は封印だ。


「わたしが転移を使えるっていうの内緒ね」


 人差し指を立てて口の前にやってみせる。


「は、はい……分かりました」

「よし。……それでエリシアちゃん、この馬車に見覚えはある?」


 この壊れている馬車は多分、クルトさんの物だと思う。他の人の可能性もあるけど、転移した場所は襲撃された場所のはずなので、こっちだと思いたい。

 エリシアちゃんは実際乗ってるので、何か分かるかなと思い問いかけてみたのだが……。


「結構壊れてしまってて確定とは言い切れませんが、多分私たちの乗ってた馬車です」


 エリシアちゃんは壊れた馬車の近くに寄って、隅々まで見た後、わたしの方に戻ってきてそう告げてくる。破損が結構酷いのでそう言うのも仕方がないか。

 でもまあ……この馬車はエリシアちゃんの乗ってた物として考えることにする。あーだこーだ考えてたらこんがらがっちゃうし。


「そっか。じゃあ、近くを探そうか」

「はい」


 この辺で盗賊とやりあってたはずなので、何処かに居るとは思う。ただ生きていた場合は、この場から逃げるはず……エリシアちゃんの事も考えて違う方向に、ね。

 エリシアちゃんが逃げた方向がこっちの森の中なのでわたしの家はこっちの方向かな? 覗いた記憶を頼りに方向とかを考える。


 ちょうどこの場所はT字路のように街道が出来ている。当然この世界の街道は、街中とかを除くときちんと舗装はされてない。獣道よりは大分マシといった感じ。

 コンクリとか、石が詰められてたりはされてないけど、土と草で出来た田舎の田んぼ道みたいな感じ? あ、田んぼ道も一応コンクリとかあるか。


 取り合えず、ちゃんと整備されるわけじゃない道だ。草も結構生えてるけど道の方に飛び出してたりはしないから切ったりはしてるのかな? もしくは通った人がついでにやったのかもしれない。

 ここはもしかすると、アルタ村の反対側の森の出口では無いだろうか? 確かこっち側には村ではなく、街があったよね? わたしはストレージから地図を取り出す。


「ミストル、か」


 アルタ村とは反対側に森を抜けた先にある街……その街の名称はミストルだった。この街はフロリア王国の外れに位置しており、国境が近い。

 ミストルを超えて少し進めばもうそこは、隣国のステリア王国の領土内になる。そして国境を越えて少し進むとステリア王国側の外れの街、メティアに繋がる。


「ねえ、エリシアちゃんたちはミストルに向かう途中だった?」

「え? あ、はい。クルトさんはそう言ってました」


 ふむ。

 やはりこの馬車はクルトさんの物で合ってそうだな。地図をしまって、わたしもわたしで周囲を散策する。エリシアちゃんも探してはいるけど、見つからない様子だ。

 生きている可能性がある? それとも、盗賊たちが連れ去ったか、もしくは魔物に食べられてしまったか。どれも可能性はあるな。



 その後、二人でもう少し念入りに周囲を探すこと体感1時間くらい経った頃、エリシアちゃんが声を上げる。何かを見つけたみたいだ。


「どうかしたの?」

「アリスさん……」


 今にも泣きそうな顔、若干震えた声でわたしの名前を呼ぶエリシアちゃん。エリシアちゃんが見ている視線の先にわたしも向ける。


 ……嗚呼、やっぱり。


 破損した馬車より、数十メートルくらい離れたところの、森に繋がる茂みの中に一人の人間が横たわっていた。

 メガネの片方のレンズは完全に割れてしまい、もう片方はヒビが出来てる。そして見覚えのある、金色の短髪は汚れており、服はもうボロボロ。そして固まった血がべっとりとこびりついていた。


 間違いなく、探していたクルトさんだ。

 わたしは泣きそうな顔で立ち尽くすエリシアちゃんの脇に進み、膝を折る。クルトさんの首元に手を伸ばし、確認をするが、駄目だ。もう亡くなっている。

 <ヒール><ハイヒール><エクスヒール>などの、回復魔法をダメもとでかけてみるがやはり効果は見られない。死者を蘇生する事は魔法でも不可能なのだ。


 幸い……と言うべきなのか、遺体の腐敗はまだ大丈夫そうで、異臭もしない。ただこのまま放っておけばいずれは腐敗し、最悪の場合はアンデッドとなる可能性がある。


「エリシアちゃん……」

「分かってはいました。でも、生きているっていう可能性を捨てきれなかった。絶望的であっても信じたかった……また一緒に暮らせたらって」


 改めて直面した現実を前に、エリシアちゃんはぽろぽろと涙をこぼし始める。

 ふと思い出したのは前世の両親が亡くなったあの事故の日の事だ。ちょうどその日は自分の誕生日で、16歳になった時だった。

 わたしの両親は結構有名人で、良く海外出張する事もあったりしてかなり忙しかった。なので、基本家には一人が多かった。でも誕生日の日だけはいつも二人は休みを貰って帰ってくる。

 あの日もそうだった。ちょうど両親は海外にいて、いつも通りに誕生日に帰国する予定だったがその乗った飛行機が墜落し、乗客は乗組員を含め全員死亡が確認された。


 今思えば、家を出てアパートで一人暮らしを始めたのはその事を思い出したくなかったって言うのもあったのだろう。

 当時の自分は男でありながら……かなり大泣きした。どうしようもなく悲しくて、辛くて。良く心を閉ざさないで居れたなって思う。

 親戚らしい親戚は居ないし、居ても財産目当てしかない人しかおらず、結局両親の財産はわたしの物となる。

 その財産のおかげでわたしは高校にも行けたし、大学にも行けた。そして就職も出来て……でも、前にも言った通り自分の生活は本当に虚無で空っぽだった。


 エリシアちゃんにとっては親にも等しい程の大切な人だろう。そんな人を失った……気持ちはわたしも分かる。わたしも正式に死亡通告が来るまでは生きているって信じてたから。結局死亡が確認され、わたしは16歳にして天涯孤独である。


 ――嫌な記憶を思い出した。


「アリスさん?」

「何て言えば良いか分からないけど、こうするべきかなって」


 エリシアちゃんが目を覚ました時と同じように、わたしは彼女の事を抱き寄せる。背中をさすったり、頭を撫でたり……これくらいしかわたしには出来ないし。

 そう言えば母さんもわたしが泣きそうな顔をしてた時とか、こうやって抱き締めてくれてたな。良く考えたらこれ母さんと同じことをしてるってことか。



 ……こうしている間にも、時間は静かに過ぎ去って行くのだった。



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