Act.15


「あの、アリスさん。おはようございます」


 翌朝。

 昨日の夜、泣き疲れて眠ってしまったエリシアちゃんをベッドに寝かせ、わたしは一階のソファーの上で寝ていた。


 飯盒炊爨式の御飯の炊き方にもだいぶ慣れてきたよ、うん。……で、朝ごはんの用意をしていた所でエリシアちゃんが起きてきたのだ。


「おはよう。どう? だいぶ落ち着いた?」

「はい……昨日は泣いてしまってすみません」

「泣きたい時は泣くのが一番だよ。今朝ご飯作ってるから座って待っててね」

「良いのですか……?」

「朝はしっかり食べないと」


 一日三食の内、朝というのは一番重要で元気の源にもなるのだ。良く朝ご飯抜く人が多いけど、ダイエットとかで朝を抜くのはむしろ逆効果って言われる。

 しっかり三食は食べないと……と言いたいけど、まあ、仮にダイエットするならば昼ごはんを抜くのは良いと思う、多分。夜はお腹空いて眠れないなんてことに成りかねないし。


 メニューは毎度おなじみの味噌汁と御飯、目玉焼きである。今は完全に創造魔法頼りだけど、卵と味噌とかはこの世界にあるかな? グルメの本は読んでないんだよね。

 作る度に創造魔法を使うのも結構面倒なので、一気に複数用意して保管をしてる。これは誰かがこの家に来た際に怪しまれないようにするためでもあったり。


 用意ができたのでテーブルの上に二人分の朝ご飯を並べ、イスに座る。エリシアちゃんにも座るように促すと、遠慮がちに腰を下ろす。


「食べていいよ」

「す、すみません」


 テーブルに置かれた食事を物珍しそうに見るエリシアちゃんに、言葉をかけるとこれまた恥ずかしそうにして謝ってくる。


「……美味しい」

「それは良かった」


 そこまで凝った料理ではないけど、ただただ普通に作っただけ。一人暮らしをしていたのでそのくらいは出来ないとやっていけないしね。

 とはいえ、こっちの世界の人の口に合うかは分からなかったけど、問題無さそうで安心する。


 さて。

 今日はどうするかという話になる。取り敢えずクルトさんを探す、と言うのはエリシアちゃんが望んだ場合にするとして、この子のことだ。

 奇跡的にクルトさんが生きていた場合は彼の元へ戻すのが良いだろうけど、状況的に見ると生存は絶望的だろう。


 奴隷契約が破棄された奴隷は元奴隷ということになり、自由の身となる。自由の身になったとは言え、これから先については自力で何とかするしか無いというのもある。

 これが大人とかだったら良いが、子供だった場合は働き先もなく、やれるとすれば冒険者か娼婦だろうか。

 娼館っていうのも黒ではないけど、若干グレーゾーンではあるがまあ、あそこは本人が望めば子供でも働ける。

 何でも避妊用の魔法があるらしいので、そっちについては安心なのだろう。


 話が逸れた。

 エリシアちゃんの場合は後者……子供で有るため働いて稼ぐ方法は限られる。冒険者をするか、娼館で働くか……はたまた、宛があるならそこで働くか保護されるか。

 エリシアちゃんの場合は宛は無さそう。物心ついた頃には既に奴隷だったみたいだから、両親のことも知らないだろうし、知り合いも居ないだろうな。

 わたしとしてはこんな子が娼館で働くなんて考えたくない。事情が何であれ、やっぱり地球人なので援交を勧める何て出来っこないよ。


「さて。エリシアちゃん」

「は、はい」


 朝ご飯を食べ終えた後、食器類を片付けて再び、テーブル越しで向かい合って座る。


「これから、だけど」

「迷惑……ですよね。分かってます」

「いや別に迷惑とか、そういう話じゃないよ」

「え?」

「まあ、エリシアちゃんがわたしのことを気に入らないとか、嫌いとかだったら別だけども」

「いえ……そんな事はありません。私のことを助けてくれましたし」

「そう?」

「はい!」

「なら良いけど」


 別にエリシアちゃんをどうこうするつもりはない。とはいえ、まだ昨日会ったばっかりなんだけども。


「話を戻すけど、これからのことね」

「はい」

「エリシアちゃんはどうしたい?」

「へ?」


 わたしがそんな事を問いかけると、エリシアちゃんは呆けた顔でこちらを見る。


「エリシアちゃんはこれから、どうしたい?」

「どうしたい……」

「うん。あまり、言いたくはないけど、君のご主人であるクルトさんが生きている可能性は低いかなと思う」

「そう……ですよね。はい、私も分かっています。あの状況で行商人をしてたご主人さまが切り抜けられるはずがないっていうことは」


 盗賊は金目のものは掻っ攫っていくが、ならない物はその場においていく。物ならそうだが、人の場合は大体は殺されてしまってる事が多い。

 女性ならば、恐らく奴隷をして売るために生け捕りにするだろうけど、男性の場合はその場で殺られる可能性の方が非常に高い。


「あの、お願いがあります」

「何かな?」


 しばらく考え込んでいるのか俯いていたが、何かを決めたようで、顔を上げてこちらを真剣な目で見てくる。


「クルトさんを探すのを手伝って欲しいです。……不躾な頼みだって事は分かってますが、お願いします」

「それはどういう”探す”?」

「……クルトさんの遺体を探して埋葬してあげたいです。クルトさんは私のことを本当に大事にしてくれました。私を庇ってまで逃そうとしてくれた……そんなクルトさんが野ざらしにされていると考えると、居ても立っても居られないです。せめて私の手で埋めてあげたい……」


 良く見るとエリシアちゃんは目から涙を流していた。


「よし、分かった」

「え?」

「そのお願い、引き受けるよ。と言うか元より、探そうとは思ってたんだ」

「良い……んですか?」

「ま、わたしは結構暇だからねー。でも、わたしはエリシアちゃんとクルトさんが襲われた場所が分からない。案内って出来る?」


 そうなのだ。

 まず探すと言っても二人が盗賊に襲われた場所が分からない。エリシアちゃんが倒れていた場所から見ると、アルタ村とは反対の方向な気はする。


「何となく、としか……」

「そっか。エリシアちゃんが倒れていた場所からして、そっちの方向だとは思うけど」


 うーん。

 新緑の森はかなり広いし、しらみつぶしに探すのはきつい。上空から見れれば良いけど、生憎飛行できる魔法は使えない。

 飛行できる魔法というか、浮遊する魔法なら風属性に該当する魔法にあったはず。ただ知っての通りわたしは光と闇以外の属性の魔法を使えない。


「……あそっか」


 別に空飛んだりする必要はない。


「エリシアちゃん、ちょっと良いかな?」

「何でしょうか?」

「これから君の記憶をちょっと覗かせてもらいたいんだけど、良いかな?」

「え、記憶を……覗く?」

「そそ。わたしは闇魔法が使えるからね」


 正確には光と闇、後空間と時間と創造だけど。

 闇魔法の中に他者の記憶を覗く魔法がある。本で知った魔法なんだけど、その名称をメモリー……思い出とか、記憶って意味だね。

 原理は良く分からんけど、対象の記憶を覗き自分の頭にも記憶させるっていう闇属性に属する魔法だ。

 現代風に説明するとエリシアちゃんっていうSDメモリーカードがあるとして、それをPCか何かで取り出し、でもって別のSDメモリーカードにも保存させると言った感じだ。


「覗かれたくないなら別の方法を考えるけど……」


 正直、別の方法って言ってもあまり思い浮かばない。この方法が一番手っ取り早く済むけど、本人の意志を尊重する。


「記憶が失くなるって事は無いんですよね?」

「うん。この魔法はあくまで記憶を見る物だからね。ただ細かく制御っていうのが出来ないから、もしかしたら嫌な記憶まで見てしまうかも知れない」

「いえ、やってください」

「良いの?」

「はい、それでクルトさんを探せるのなら……」

「分かった」


 エリシアちゃん本人が許すのなら、特にやめる必要はない。わたしは躊躇いなく使わせてもらう。

 細かい制御は効かないけど、時間設定はできるはず。えっと、エリシアちゃんとクルトさんが襲われたのは一昨日になるのかな?

 昨日の昼間にわたしは彼女を見つけたから、それ以前か。無我夢中で走っていた為、正確な襲撃時間はエリシアちゃんでも分からないみたい。


 ちょっと広めにしようか。

 記憶の範囲は5日前から昨日まで……良くある検索機能に、時間の範囲指定が出来るやつがある。あれをイメージして範囲を指定。


「<メモリー>」


 目を瞑っているエリシアちゃんの頭に手を載せ、そして魔法を発動したのだった。



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