Act.14
「う、うん……?」
しばらくして、すっかり周りも暗くなり21時を回った頃、少女が微動する。ずっと手を握られたままだったので動くにも動けず、わたしはすっかりお腹とか空いてしまっている。
無理やり離せば行けるけど、それは流石に可愛そうだと思ってしまう。
「ここは……」
どうやら目を覚ましたみたいだ。
「良かった。目を覚ましたみたいだね」
「え……」
わたしが声をかけると静かに驚いた声を出す。うん、容姿も声も見た目通りだな、とかどうでも良い事を考える。
「えっと、あの……私は……イタッ」
「あーまだ動かないほうが良いよ。一応回復魔法で傷はふさがってるけど、念の為にね」
起き上がろうとする少女が突然、お腹に手を当てながら呻き声を出す。回復魔法で治したとは言え、失った血までは戻せないし、塞がっていても少しは痛みが残るはずだしね。
「あれ?」
「どうかしたの?」
「あ、えっと……服が違うなと思いまして」
少女は自分が着ている服が変わっていることに気が付いたようで、若干戸惑いながら自身の今着ている服を見ていた。
「あ、うん。前の服はボロボロだったし、身体も拭かないといけなかったから一度脱がせて着替えさせたんだ。ごめんね」
「い、いえ、とんでもないです。あの、貴女が私を助けてくれたんですか?」
「一応そういうことになるかな。君、森の中で怪我をして倒れていたんだ。わたしが見つけてここに運んで治療したって所かな」
「本当だ……傷がなくなってる……?」
少女は片手で服をめくりあげて、お腹の部分を確かめる。
「えっと、そろそろ手を離してもらっても良いかな……?」
「え? っ! すみません!!」
慌てて少女は顔を赤くして手を離す。何故か片手はまだわたしの手を握っていて、流石にそろそろ辛いと思った所だったので助かった。
「大丈夫、気にしてないよ。えっと」
「あ、ごめんなさい。私はエリシアって言います。助けて頂いてありがとうございます」
ふむ、エリシアさんと言うのか。ここは名乗ってくれたのでこちらも名乗り返さねば。
「ううん、無事で良かったよ。わたしはアリス……一応この森で暮らしてるよ。エリシアさん」
「私のことは呼び捨てで大丈夫です」
「うーん……じゃあ、エリシアちゃんで」
流石に初対面の子を呼び捨てに出来る程の勇気はわたしにはない。
「え!?」
「あれ、ダメだった? 気に触ったのならごめん」
「いえ、そういう訳ではないです。ちゃんって呼ばれたのはアリスさんで二人目だったので……」
「そっか。あ、わたしの事は呼び捨てで大丈夫だよ?」
「えっと私、呼び捨てって苦手で……」
「そうなの? まあ、好きに呼んで大丈夫」
「ありがとうございます。アリスさん」
呼び捨てが苦手、か。まあ、わたしも初対面の人に呼び捨ては使えないのである意味同じなのかも知れない。
あ、でも……何だろうか? ちゃん付けの方がもしかして恥ずかしいのでは?
いや、もう呼んでしまったしこのまはまで行こう。呼び捨ては出来ないのに何故ちゃんとかは使えるんだ、わたしは……。
「それで、エリシアちゃん」
「は、はい……えっと、私の事、ですよね?」
「うん。エリシアちゃんのその首にあるのは隷属の首輪だよね? エリシアちゃんは奴隷ってことで合ってる?」
「はい、そうなります」
ま、首輪をしてる時点で奴隷じゃないって言われた方がこっちは困ってしまう。まずはこの子がどのパターンにあるのか確かめないといけない。
「単刀直入に聞くけど……エリシアちゃんは脱走奴隷?」
「違います!! ……あ、ごめんなさい」
結構大きな声で否定したのでこっちが少し驚く。これは脱走奴隷の可能性は低いかな?
「うん、大丈夫。ごめんね、こちらとしても脱走奴隷だった場合は然るべき対応をしないといけないから……」
「こちらこそごめんなさい。でも私は脱走奴隷ではありません、これは本当です」
エリシアちゃんがこちらを力強く見る。その瞳には迷いもなく、後ろめたさも感じないので本当だということが分かる。
「そっか。ふむ、じゃあ質問を変えるよ。エリシアちゃんは主人に囮として使われた?」
「いえ、それも違います。……むしろ逆です」
「え?」
逆って言うと……つまり主が囮となってエリシアちゃんを逃したって事? それって何が起きたんだ。
「逆ってことは、エリシアちゃんの主人が自ら囮となって君を逃したって事?」
「はい……」
「詳しく聞かせてくれる?」
そう言うとエリシアちゃんは静かに頷き、ぽつりぽつりと話し始めるのだった。
□□□□□□□□□□
「という事になります……」
「そんなことが……」
エリシアちゃんの話はこうだった。
彼女を購入した主人は非常に珍しく、奴隷である彼女に優しくしてくれたようだ。それはもう娘のように。
いくら最低限の生活が保証されてるとは言え、主人によっては結構冷遇される場合も少なくない。全てが全て優しい人という訳じゃないのだ。これは地球でも言えることだね、うん。
奴隷になる経緯はいくつもあるけど、エリシアちゃんの場合……物心ついた頃には両親は居らず、既に奴隷という身分であったらしい。
奴隷とは言え、最低限の生活は保証されるので特に問題はなかったようだ。どういう奴隷なのかも分かってなかったけど、聞いた感じでは借金奴隷に近いかな?
で、ある日彼女を購入を希望した人が現れる。それがさっきエリシアちゃんの言っていたご主人さまである、クルトさんという男の人。
彼は貴族というわけではなく、そこそこ稼いでいる行商人だったそうだ。
そんなクルトさんはエリシアちゃんの事を家族のように扱い、共に行商人をして各地を巡っていたようだ。
そしてある日、事件は起こる。
別の街へ行こうとしていた途中、盗賊の襲撃にあったのだ。しかも更に運が悪い事に護衛として雇っていた冒険者の中に盗賊の仲間が紛れ込んでいて、あっさりと他の護衛もやられてしまった。
何とかクルトさんは自分自身を盾にし即席で奴隷契約を破棄し、エリシアちゃんを逃してくれたのだ。
そしてエリシアちゃんは必死に、そして無我夢中に森の中を走って逃げたけど、途中に魔物に襲われて怪我を負った。
それでも必死に逃げ続けて、結局力尽きて倒れてしまいそれをわたしが見つけたという事になる。
「ア、アリスさん……?」
「怖かったでしょ? 大丈夫、我慢しなくていいよ」
話の状況からしてクルトさんが生きている可能性は低い。折角幸せに暮らしていたのに盗賊のせいでそれを失ってしまうというのは、どれだけ辛いことだろうか。
こんな話を聞いてしまい、ついついわたしはエリシアちゃんの頭を優しく撫ででしまう。更に彼女の頭を胸のあたりに抱き寄せる。
「あっ…うぅ」
「よしよし」
奴隷からの解放条件のもう一つは主人側からの破棄だ。
クルトさんが契約を破棄したのは、契約したままではエリシアちゃんは遠くに逃げられないからだろう。
例外はなく、奴隷を購入した主人は契約を破棄する権限を持つのである。まあ、主人が死んでも破棄されるのだから任意での破棄も出来るだろう。
「クルトさん……うぅ」
「……」
エリシアちゃんも多分、頭では生きている可能性が低いということは理解できているのだと思う。
でも流石に可哀そうだ。これは同情……? 分からないけど、こう守ってあげないといけないと思ってしまう。
でもまだ生きている可能性もゼロではない。
もし、エリシアちゃんが望むならその襲われた場所へ向かい、確認をするくらいはしてあげようと思う。
回復魔法はあっても死者を蘇生できる術はない。地球でも死者蘇生というのは出来ないのだ。どの世界もやはり、死という概念からは逃れられないのだろう。
ライトノベルやアニメ、漫画などの世界でだって死ぬという事はあるのだ。
胸の中で泣き続けるエリシアちゃんの頭を優しく撫でながら考えるのだった。
これは後で聞いた話なんだけど、魔物に襲われて良く無事(正確には怪我はしてるけど)だったなと思ったが、エリシアちゃんには光魔法と火魔法に適性があってそれで攻撃して追っ払ったみたい。
一番初歩な回復魔法である<ヒール>を使って怪我の痛みとかも、抑えてたらしい。中々無茶をする。
その後、結局体力が尽きて、元から少なめな魔力も尽きてしまい、あそこに倒れてしまったという事。
理由はなんであれ……助けられて良かったと思った。
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