Act.13


「<ホーリーアロー>!」


 倒れてる人を巻き込まないように、2発ほど奴に放つ。奇襲ということもあり、避けきれずに2本とも刺さるが、そこまで効果があるようには見えなかった。

 それでも、こちらに気付いたみたいだ。どうやらわたしの方を脅威と見たようでヘイトがこちらに向く。


「結構速いな……でも<タイム・ストップ>」


 こちら目掛けて走ってくる魔物が一定の距離まで近づいたところで、素早く懐中時計に手を掲げ世界の時間を停止させる。


「そーれっと」


 ワンダーデスサイズの出番。

 反対側に移動し、大きく振り上げ、そしてサーベルタイガーのような魔物を一閃。見た目は変わってないけど、見てれば分かる。


 5秒が経過し、世界の時間が再び動き出す。さっきまでわたしの居た場所に口を大きく開けて噛み付く……が、それは空を切る。


「こっちだよ?」

「グラアア!! グ!?」


 こちらを振り向いて再び噛みつこうとするが、それは叶わない。既に魔物は時間停止時に斬られているので、時間が動けば当然斬った部分も動く訳で……ボトリと魔物の首が落ちる。程なくして魔物は絶命したのだった。

 あの魔物だけの時間を止めても良かったんだけど、指定する為の手間というか工程が増えてしまうので、こちらを選んだ。


「うん、大丈夫そうかな?」


 念の為、その辺の木の枝を取りツンツンと魔物の死骸を突っつく。反応は特に無く、完全に絶命したことを確認する。

 サーベルタイガーのような魔物の死骸をそのままストレージにいれる。解体をしても良かったのだが、他の魔物が来ても面倒だし、怪我人の救護が優先である。


「ねえ、君大丈夫?」


 周囲を警戒し、大丈夫そうだったので駆け寄る。


「女…の子?」


 遠目からではフードを被っていたので見えなかったけど、近づいてフードを取ってみると黒ずんだ金色の髪が見える。顔立ちからして女の子だと思う。しかも結構可愛い?


「って、見惚れてる場合じゃない!」


 ローブを良く見たらあっちこっちがボロボロで血が滲み出ている。流石に女の子の服を脱がすのには抵抗があるけど、緊急事態だし仕方ががない。

 着ているローブを脱がす。ローブの下にもちゃんと服を着ているのでまず安心する。ローブ程ではないものの、やはり穴が空いてたり……ローブよりも血で濡れてる。まあ、これはローブよりも怪我した部分が近いからだろう。


「ここで治療するのは少し危ないか」


 またいつ魔物が襲ってくるかわからないし、魔物と戦いながらの治療とか流石に無理。そんな訳でわたしは少女を持ち上げ、素早く転移の魔法でログハウスへと飛んでいくのだった。




□□□□□□□□□□




「うんしょっと」


 わたしは少女のローブと服をそれぞれ丁寧に脱がす。下着姿となった少女を見るのはちょっと申し訳ないけど、これは緊急事態……緊急事態だからと言い訳する。

 見た所、手は軽いかすり傷みたいな感じで足は捻挫してるくらいかな? ただ問題なのがこの子のお腹の部分が深く斬られてしまっている所だ。

 中級ポーションを傷に塗ってみたんだけど、あまり効果は無さそう。でも血が止まったかな? ただこれだと多分傷跡が残る。


「仕方がないか。ま、見られたら忘れて貰うようにしなきゃ」


 傷のある場所に手を重ね、目を閉じる。多分普通の<ヒール>じゃ駄目だと思う。本で見た上位回復魔法が良いかな?


「<エクスヒール>」


 淡く……それでも強く光が放たれる。結構な量の魔力を持って行かれた気はするけど、無限魔力のお陰で何も特にない。

 回復の魔法って結構種類があって<エクスヒール>っていうのは一応ヒールの上位魔法なんだよね。

 <ヒール><ハイヒール><エクスヒール>とあって、イメージするなら初級ポーション、中級ポーション、上級ポーションかな?


 勿論、これ以外にもある。体の一部を欠損してしまった場合はヒール系統では効果があまりない。あくまでヒールっていうのは傷を癒やすだけ。

 足を失った場合にヒールをかけるとする。傷が癒やされ、血は止まるが失った足は戻ってこないのだ。要するに血までは戻らない、と同じなのだ。


 回復って言ったって万能な訳じゃないのである。地球でも手足を斬った後、生やすなんてことは出来ない。科学によって作られた義足や義手が使われる。あれって、結構最初は全然慣れてないし、慣れるのも大変らしいよね

 オリンピックとかで義足を使ってかなりの速度で走る人は本当に尊敬できる。本当に運動が好きじゃないとできない気がするよ。


 話が逸れた。


「……」


 さっきからスルーしてたのは申し訳ないのだが、この子の首には黒い輪っかみたいのが付いてるんだ。多分鉄製やつ。どっかで見覚えがあるような……?


「奴隷……なのかな?」


 首輪と言えば真っ先にこの世界で思い浮かぶのは奴隷っていう制度だけど……。


 あ、思い出した。盗賊が持ってたあの首輪に似てる。

 ストレージから、あの時盗賊から拝借した首輪を取り出す。盗み? いや盗賊をやって良いのは奪われる覚悟がある者だけだ。


 ま、本当の所分からない。ただこの世界のことを知るのに何か分かると思って、拝借してるだけだ。もしもの場合は、処分するつもりではある。

 持ってるだけで犯罪って事は無いはず……この国の法が載ってる本ってのがあったんだけど、特に首輪については無かった気がする。流石に文字数が多くて一部読み飛ばししたが。

 というかそもそも、奴隷契約を行わないと首輪に効果が付かないはずだし……何の契約もしてない首輪は単にGPS機能が付いた、魔法施錠の出来るただの首輪である。


 さて話を戻そう。

 この子は何であんな森の中で倒れていたのか? 逃げてきた? 確か奴隷契約の効果で一定の距離を離れたり、主人に危害を加えようとした時には契約の種類にもよるけど一般的には力が抜け、その場に倒れてしまうはず。

 力が抜けてあの場に倒れていたと考えるのが妥当だけど、この子を回収しに来ない主人もおかしい。更に言えば、隷属の首輪には居場所を知らせるための魔道具が基本的には埋め込まれていて、場所も分かるはずだ。


「もしかして……?」


 いくつかの予想が頭をよぎる。

 一つは、主人が死んだという可能性だ。主人が死んだ場合、奴隷は解放され、奴隷という縛りから逃れる事が出来る。

 奴隷商側としては既にお金は貰ってるので、その後何だかんだというのはない。なので主人を殺してしまうというのが一番早く簡単な解放手段。

 それをされないために、隷属の首輪で行動に制約をかけるのだ。


 続いて二つ、奴隷を魔物とかの囮にして逃げた。一定の範囲を離れるとその場に倒れてしまうので、囮に使うのも容易い。

 ただこの場合だと、この子の所有者はまだ生きているってこと。それと、一定範囲以上を超えてる場合はこのまま動けないでいるという事。

 いくら怪我とかを治してもこればっかりはどうしようもない。他者の奴隷を奪うことは犯罪となるので、持ち主に返す必要がある。


 そして三つ目。脱走奴隷だ。何らかの拍子で奴隷商を逃げてきた奴隷の事だ。この場合は奴隷側の罪ということになるので、兵士や警備隊などに連れて行くか、奴隷商の元に連れて行くかになる。

 ただその脱走奴隷がどっちであるかにも寄る。正式な奴隷だった場合は奴隷側の罪となり、違法奴隷ならば奴隷商側の罪となる。

 前者なら連れて行かないといけないが、後者の場合は違法奴隷の扱いによる法律に則り、即刻奴隷からは解放、望むならば国が親の元へ戻してくれる。


 どっちにしろ、三つ目の脱走奴隷の前者と二つ目の囮だと面倒事な気がするから、一つ目か三つ目の後者だったら良いなって思う。


 そうそう、忘れていたけど、あの首輪は”隷属の首輪”という名前らしい。ただ何の施しもしてない物はさっきも言った通りただ居場所が分かる、魔法で施錠できる首輪だ。


「うーん……」


 取り敢えず目を覚ますまでは面倒を見る必要がある。

 本人から聞ければ良いんだけど、前者のいずれかだと正直に話すとは思えない。そんな奴隷を匿うとわたしまで犯罪者になりかねない。

 後者なら話してくれるだろうけど……ま、手当するのは義務だろし様子見だ。


 年齢的に12,3歳くらいだろうか?

 もしかするともっと年上かも知れないし、年下かも知れないがそこまでは責任は持てない。


 そんな事を考えながらわたしは、創造魔法で作ったお湯に浸けたタオルを取り、少女の身体を拭いてあげる。回復魔法で傷は無くなったけど、汚れはあるからね。回復であって浄化ではない。

 ……今更だけど別に浄化の魔法で綺麗にしても良かったんだった。とはいえもう、こっちの方法でやってるしこのまま続けることにする。


 流石に大事なところとかまでは拭いてない。というか拭けない。

 拭いた後は今度は乾いたタオルで、自分なりに優しく拭く。少女がちょっとくすぐったそうな顔をしているものの、まだ目を覚ましてない。


 あらかた拭き終わった後は、服を着せてあげる。さっき着ていたのは血やら傷やらで見てられないので、わたしの服を着せることにする。

 何かサイズはちょっと大きいけど、気にするレベルではなかった。あれ? わたしの身体って15歳位なはずだよね? おかしいな……悲しいなあ。


 いやまあ、日本人って確かに他の国の人と比べて小柄だって言われてるけども。あれ、もしかしてこの銀髪碧眼のアリスも日本人がベースの15歳かな。


「……ま、良いか」


 気にする問題ではない。冒険者にも登録はできたし、特に問題はない。絡みに来る人が居るかと思ったけど、そんなお約束な展開はなかった。平和で良かった。


 シンプルな白いワンピースを着せた後、ゆっくりとまたベッドに寝かせる。

 現状ベッドはこの屋根裏部屋のしかないので、そこに寝かせてあげてる。創造魔法を使えば増やせるけども。

 別の部屋にしないほうが多分良いだろうし、何かあった時に対応ができなくても困る。申し訳ないが、同じ部屋に居させてもらうつもりだ。


「クルトさん……」

「ん?」


 何だ寝言か。

 と思ったけど、良く見ると目から涙が出ていた。表情もなんか苦しそうだ。


「こういう場合ってどうすれば良いんだっけ? 取り敢えず手を握れば良いんだったかな?」


 両手で少女の手を優しく握る。すると、効果があったのか段々と穏やかな表情に戻る。少女の方もわたしの握った手を強めに握り返してくる。


「こりゃあ、離れられないなあ……」


 仕方なし。

 今日はもうゆっくりすることにしようか。何故ご主人さまと言って泣いていたのか、分からない……けど何となくは予想がついてしまうのがなあ……。


 そんなこんなでわたしは少女の様子を間近で見ながら、考えるのだった。



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