最終話 ゆっくりと
今日は朝寝坊をした。
目が覚めたらレアはもう起きていた。私の寝顔を眺めていたらしい。姉として早起きせねばと思った。
レアと共に朝食をとる。今朝はハムエッグ。私の好物だ。もっとも私は嫌いな食べ物は特にないのだが。
ただ今朝は特に眠く、ほぼ寝ぼけたまま平らげてしまった。もったいない。やはり早起きせねばなるまい。
朝食をとっている途中にウッディが起きてきた。私と同じ体、一回り下の年齢のウッディは私よりも朝が弱い。寝起きのウッディは見た目通りの幼女に見えるので可愛らしい。レアにそのことを伝えると、そうですね、と私を見て笑った。早起きせねば。
午前中は客がほとんど来なかったので席でうとうとしていたら、マイカが遊びに来た。
暇だったのでマイカと話していたら、成り行きでメイクを教わることとなった。
着飾るのはどうも慣れない。気恥ずかしさが勝ってしまう。未だ、魔王根性が抜けていないのだろうか?
だがメイクをするレアを見るのは楽しい。なるほど元からかわいいのがさらにかわいくなるものだ。マイカがのめり込むのもわかる気がする。自分のため、ではやる気が起きないが、レアのためならメイクを覚えてもいいかもしれない。
しかしマイカが帰った後話を聞くと、レアも私と同じことを言っていた。シャイさんをメイクしてあげたいと。喜ぶべきか、はたして。
昼。マナミがやってきた。表向きは物品の輸送、裏の目的は私の様子を見に来たのだろう。
魔女は今のところ大人しく過ごしているらしい。生意気なのは変わらないが、マナミの両親(つまり私の祖父母?)が魔女を猫かわいがりするらしく、満更でもないとのこと。子供は子供らしくしていればよいのだ。
また、マナミは新鮮な卵をたっぷりと持ってきたので、夕食はオムレツと決まった。大好物だ。マナミをほめてやった。
午後も客は少なく、ほとんどの時間をレアと本を読んで過ごした。
店じまいの準備中、サフィルビィが遊びに来た。着替えも終わっていたので、スピネルの許可を得て遊びに出る。
今日こそはサフィとの駆けっこに勝つつもりだったのだが、あえなく敗北を喫した。3戦して全敗。おのれ、次こそは。
だが木登りの技術の上達は双子から見ても目を見張るものがあったようだ。これで少しは姉の面目も立つというもの。
その後はオリヴィンに戻り、かくれんぼもして遊んだ。レアはこれが得意だ。すぐに見つけられてしまう。得意げな顔をするレアもかわいいものだ。
夕食は約束通りオムレツ。やはりうまい。今日はルカも一緒に食べた。
嬉しくておかわりもしてしまった。少し食べすぎたかもしれない。だがうまいのだからしょうがない。
思えばオムレツは私がこの村に来て初めて食べた料理。すなわち生まれて初めてのまともな食事でもある。思い出も込みでうまいのかもしれない。
卵はまだあるので明日の朝ごはんもオムレツにしてくれるらしい。早起きできそうだ。
――よし。
「きょ……う……は……あ……さ……」
ランタンの明りを頼りに、私は筆を動かす。
「日記ですか、シャイさん」
隣にレアが腰を下ろす。寝る前のホットミルクを、私の分も持ってきてくれていた。礼を言いつつ受け取る。
「うむ、文字の練習にもなるとルカに勧められてな。書く内容はもう決まっておるのだが……」
今日一日の出来事はしかと記憶している、日記を書くのに困ることはない、のだが。
「書きたいことは色々あるのに、書く方が追いつかん。このペースでは今日の分を書き終わる前に明日が来てしまうな」
ルカに習い、ずいぶん読み書きができるようになった私だが、それでもまだまだ初心者の域は脱していない。書きたいことばかりが膨らんでしまう。
そんな私を見て、レアは柔らかに笑った。
「いいじゃないですか。書ける分だけ、ゆっくり書きましょう」
「ま、そうだな。時間はあるのだ」
レアの言う通りだ、何も焦る必要はない、少しずつでも書いていけば、じき私の能力が書きたい内容に追いついてくれることだろう。
ミネラルの村では、ゆっくりと時間が流れている。明日も、明後日も、その次の日も……穏やかな日々が待っている。ゆっくりと、過ごせばいいのだ。
「いずれ、レアにも負けぬほど読み書きができるようになってみせようぞ。せめて読めるようにはしておかないと、レアの書いた本が読めぬからな」
「しゃ、シャイさん……! あ、あれはあくまで夢で……」
「夢、よいではないか。私は楽しみにしておるぞ」
レアが密かに教えてくれたのだが、彼女の夢は、いずれ自らの手で物語をしたためることなのだそうだ。恥じらいながらも目を輝かせて、こんな話を書きたい、こんな登場人物を出したいと、私にだけ教えてくれた。
「シャイさんこそ、夢はどうなったんですか?」
「ん? ああ、そうだな」
この前、マイカと話してから、私は自分の夢について考えるようになった。
だが……さほど、変化はない。
「まだ、何も思いついていないな。私からすれば、こうしてレアと共に平穏に暮らせることが、夢のような日々だ」
魔王だった頃に夢見ていた平穏な生活を、こうして得ている私からすれば、それだけでもう十分。レアをはじめ、家族や友人たちともに平穏に暮らせていければ、それが私の夢と言えよう。
「だが、それはそれとして……夢を探すこと自体に、わくわくしている自分がいる」
夢。平穏の、さらに向こうにある、わくわく。
それを空想し、探し求めること自体が、私は楽しいのだ。レアが隣にいれば、尚更。
「同じだな。ゆっくりでいい。ゆっくりと、見つけていくとしよう」
「ですね」
レアが笑う。私も笑った。
この村ではゆっくりと時が流れる。レアと共に、ゆっくりと。
今はそれで十分だ。
ひとまずは明日こそ、早起きしよう。ダメだったら明後日。それがダメなら、また次の日。
平穏は続いていく。
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『魔王をやめさせられたので、村娘になってスローライフを送ります』
完
【完結】魔王をやめさせられたので、村娘になってスローライフを送ります ユウノ @unoyunovtuber
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