第70話 契りし魔王

 ディーン城下町で出会った姉妹、サニとルチル。


 私と同じ病を持っていたサニは、魔力リンクと呼ばれる方法で病を克服した。それは誰かと魔力を分かち合い、魔力の器を大きくすることで、魔力の暴走を防ぐ法。


 リンクの対象は姉であるルチル。だがそれには、生涯寄り添って暮らすという決意と、病の痛みをも分かち合うという覚悟が必要な選択だった。


 身を賭して、妹を救った姉。美しい姉妹愛に私は感服した。自らもそうありたいと願った。


 ……だが。





「シャイさん。私と、魔力リンクを結びましょう」


 現実は、その逆。


 決意と、覚悟を持って、その選択をしたのは、レアの方だった。


「ダメだ!」


 私は即答した。私のために、レアに重荷を背負わせるなど言語道断、考えるまでもなくダメだ。


「ダメじゃないです! シャイさん言ってたじゃないですか、どんな犠牲でも受け入れるって!」

「言ったがそれは、私自身が背負うことだ! レアが受けることじゃない!」

「私はいいって言ってるんです、覚悟が決まってないのはシャイさんだけです」

「ち、違う! そういう問題ではない!」


 レアの手を振りほどき、私はレアの肩を掴んだ。その瞳を真っ直ぐに見つめる。


「わかっているのかレア、魔力リンクとは万能の方法ではない。分かった魔力による病の激痛が、お前を襲うのだぞ。私は魔王、魔力に秀でたニコルでさえ、私の魔力は抑えきれなかったのだ。我慢をすればよいというわけではない、死ぬのだ、ただ死ぬのだぞ」


 半ば脅しも交え、レアに諦めてもらおうと忠告する。


 だがレアの、宝石のような緑の瞳は、まったく揺らぐことはなかった。


「そうかもしれません。でもマナミさんは、私がこの提案をすること、わかっていたみたいです。そして今、頭のいいマナミさんが、私を止めないということは、魔力リンクをしても私は死なないってことです。理由は私にはさっぱりわからないですけど……そうですよね、マナミさん?」

「なんだと?」


 思わずマナミに目を向ける。マナミは、微笑んでいた。


「レアちゃんは本当に賢い子だな」

「どういうことだマナミ。いやそもそも貴様、この状況に至ること、最初からわかっていたのか」

「ああ。警告しただろう、後悔すると。私が懸念していたのは、お前の身に迫る危機を、レアちゃんが知ってしまうこと。知れば、レアちゃんならこの選択をせずにいられるはずがない。だろう?」

「はい」

「それでもお前は話を促した。そして後悔している……警告した通りだ」

「ぐっ……」


 まさかマナミの警告した後悔が、レアのことだとは思わなかった。たしかにマナミの言う通り、私に危機が迫り、レアがそれを解決できるのならば……レアは躊躇しないだろう。


「だ、だが! 魔力リンクをしたらレアは死んでしまうだろう!? 私の魔力は、ニコルですら耐えられないのだぞ!」


 この際レアにこの話を聞かれたのは過ぎたこととして、問題はこっちだ。ただの村娘であるレアの体が、魔王の魔力を耐えきれるはずがない。


 だがマナミはあっさりと言い切った。


「単純な話だよ、レアちゃんの体は、ニコル君以上の魔力許容量があるのだ」

「なっ」

「先程の話を覚えているか? この花畑はかつて、森を開き、村を作った名残だ。その村を作った人々はやがてより下流で肥えた土のある場所、すなわち今のミネラルの村のある地へと移って新たに村を作り、今に至る」

「その話は覚えている、それがどうしたというのだ」

「ではなぜ、ミネラルの村の祖先となった人々は、この地に村を作ったのか? その理由、まだ説明していなかったな」

「む、そういえば……」


 ミネラルの村は魔界の反対側にあり、それゆえ魔力がない。その話に気を取られ、ミネラルの村ができた理由を聞くのをつい忘れてしまっていた。


「ミネラルの村を作ったのは、魔界に結界を張った魔術師たちだ」


 ここでも魔界が関係してくるのか。私は驚いた。


「魔界の結界はかつて、100人ほどの魔術師が集って構築したものだ。魔族との戦争でも活躍した大魔術師たち……私にも劣らない魔力を有していたらしい。そして永い時魔界を封印する結界を張った魔術師たちはその後、大きく2つの派閥に分かれた。1つは魔界のそばの島々や大陸に住み、結界を監視し続ける者たち。そしてもうひとつは、魔族との闘争に嫌気がさし、平穏を望んだ者たちだ。ちょうど私たちのようにな」


 マナミと私は共に闘争を嫌い、魔界を出た。そして辿り着いたのは、魔界から最も遠い土地……すなわちこの地。


「平穏を望んだ魔術師たちは魔界から最も遠いこの地に住むことを決めた。魔族の手が及ばないのもそうだが、もうひとつの理由はこの地に住み魔力が希薄なことを確認し続けることで、間接的に魔界の結界を監視し続けられることだ。平穏を求めるゆえの配慮だな。そうして魔術師たちはこの地に村を作り、家族と共に移り住んだ。それが今、ミネラルの村に住む人々の祖先……レアちゃんを含む、ね」


 ミネラルの村とそこに住む人々たちのルーツの話、レアも知らなかったのか、興味深そうに聞いていた。


「だが魔力が希薄なせいもあり、世代を追うごとに村民たちは魔法と自分たちの使命を忘れて、今ではわずかな風習に名残を残すのみとなっている。ミネラルの村では新しく生まれた子に鉱石を含むアクセサリーを渡すことになっているが、あれは魔術師の風習だ。生まれた時から魔力を吸収させて、いずれ杖の素材とするためにな。健康祈願へと形を変えてはいるが、ミネラルの村の祖先が魔術師の一族であった証拠だ」

「あ、これ……」

「そう、レアちゃんの髪飾りも、ウッディさんがその風習を元に送ったものだろう」


 赤褐色の宝石と青色の金属(元々は灰色だったのだが……)で作られた、レアの髪飾り。ミネラルの村の風習に倣いウッディが作成したそれは、レアにとって唯一父親の存在を感じる宝物だった。


 思えばレア以外にもルカ、マイカ、ルビィ、サフィ、皆石のついたアクセサリーを身に着けていた。


「つまりレアちゃんたちは、魔界を封印した大魔術師たちの血を引いている。ゆえに実は、非常に秀でた魔法の才能を持ち得るのだ。村に魔力がないからその素質に気付くことはほとんどないだろうけれどね」

「魔法……私が、ですか」

「ああ。特にレアちゃんは軽く潜在能力を見ただけでもかなりのものだ。逆にウッディさんは魔法能力がからっきしだから、その分もレアちゃんが引き継いだのかもしれない。いわばお父さんからの贈り物だな」

「……贈り物」


 レアは微笑んで、自分の胸に手を置いた。家族の存在を感じられるのが嬉しいのだろう。


「し、して、その魔法の才能は……私の魔力をも受け入れられるほど、というのか?」

「さすがに血筋だけではシャイの魔力は受け入れられないよ、鍛錬を積んでいれば別だがな」

「な、ならば……」

「だがレアちゃんはミネラルの村でずっと育ったおかげで、自分の魔力というものをまったくと言っていいほど持たない。いわば空っぽの器だ。生来の魔力の才能と合わせれば、十分にシャイの魔力を受け入れることができる。これがレアちゃんが魔力リンクが可能な理由だ」

「む、むうう」


 レアには十分な魔力許容能力があり、そこに環境が味方したことで、私と魔力リンクするだけの余裕がある。認めざるを得ないようだ。


「だ、だがそれでも、魔力リンクのデメリットがなくなるわけではない! そうだろう、マナミ!」

「発作の方は村から出なければまず起きないし、出たとしても何十日と滞在しない限りは大丈夫だろう。だが魔力リンクの根本的な距離制約、つまり2人が遠く離れてはいけないという制約は当然付きまとうことになる」

「聞いただろうレア! 魔力リンクを結んだら私とお主は離れられなくなるのだぞ!?」


 特定の人間から離れてはいけない、人が生きる上ではかなり不便なはずだ。レアはこの制約をどう思っているのか。


 レアを見てみると。


「望むところです」


 なぜかにんまり笑いつつ、そう答えた。


「つまりシャイさんが私から離れなくなるってことですよね。だったら嬉しいぐらいです。シャイさんとずっと一緒にいられる、ってことですから」

「れ、レア? 本気か?」

「はい」

「だが将来、お主がどう生きるかはまだ……」

「シャイさんは家族です。家族と離れ離れになるなんて考えられません。それともシャイさんは、私を置いてどこかに言っちゃうんですか?」

「そ、そんなわけなかろう! 誰がお主を置いていくものか!」

「だったら大丈夫じゃないですか」

「む、む……」


 レアは本気のようだ。制約を制約と思っていない、むしろ目を輝かせて私を見つめてくる。


「ずっと一緒にいましょう、シャイさん」

「うっ」


 真っ直ぐに私を見つめ、レアにそう言われると……正直、嬉しい。レアがそれほどまで、私を想ってくれているのだ。嬉しくないはずがない。


 だが、だが、しかし。


「だ、ダメだ! レアはまだ子供なのだ、その将来を、私のために縛るわけには……」

「シャイさんって、意外と怖がりですよね」

「は、な、こ、こわがり? 私がか?」

「はい。私は王女様と話をした時から覚悟を決めてたのに、シャイさんは私と暮らす覚悟を決めてくれないなんて、意気地なしです」

「いやいや! これはそういうわけではなくてな、私はあくまでお主のためを想って、生涯を左右することなのだから慎重に……」

「それじゃ、臆病なシャイさんの背中を押してあげます」


 レアはそう言って、例の髪飾りを外して、私の目の前に差し出した。


「この髪飾りのこと、覚えてますよね?」

「も、もちろんだとも、お主がウッディから貰った髪飾りで……」

「前、シャイさんに貸した時、周りの部分をシャイさんの色に染められちゃったものです」

「みょ、妙な言い方をするな。そのことはすまないと思っている」


 以前、転移魔法の暴走事件の解決の準備のため、この髪飾りを借り受けたのだが、宝石以外の部分の色を変えてしまったのだ。元はといえばニコルのうっかりだが、ニコルを信用したのは私なので、私の責任でもある。


「別に、そのことはいいんです。あの時言ったように、髪飾りがお父さんとシャイさん、2人が作ってくれたみたいになって、嬉しかったので」

「で、ではなぜ今それを?」

「あの後私、言いましたよね。約束を破ったのは間違いないんだから、あとでお願い聞いてもらうって」

「あ、ああ、そういえば……」

「あの時の権利、今使います」


 レアは私の両手を取り、髪飾りを握らせた。その上からレアも私の両手を握り込む。


 まるでお互いに祈りを捧げるような姿勢で、見つめ合って、花畑の中で。


「シャイさん、お願いです。私と、魔力リンクを結んでください」


 レアはそう告げた。嬉しそうに、楽しそうに、屈託のない笑顔で。


「レ、レア、し、しかしそれとこれとは……」

「あれシャイさん、約束を破るんですか? また?」

「ぐぐむ……ず、ズルいぞ、レア」


 そうしていると、マナミが軽快に笑い声をあげた。


「シャイ、お前の負けだ。レアちゃんがここまで情熱的に求めているのだ、もう迷う余地もあるまい」

「マナミ……元はといえばお主が……!」

「私は少し手伝っただけ。あくまで決めるのはレアちゃんであり、そしてお前だ。さ、そろそろ返事をしてやれ」

「……わかったよ」


 レアの覚悟が本物なのは痛いほど伝わった。レアの将来を考えると不安も申し訳なさもある……だが、何より。


 やはり、私自身がそれを望んでいるのだ。レアと共に生きることを。


「レア。結局お主を守るどころか、守られてしまうような不甲斐ない姉で申し訳ない。こんな姉でいいのならば……よろしく頼む」

「……はいっ!!」


 私たちは手を固く握り合う。思えば何も変わらないのかもしれない、これまでも、これからも、私たちは家族として、共に生きていく。


 それでも、この夜に結んだ契りは何か……特別なものを感じたのだった。

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