第47話 見守りし魔王
多忙なる営業を終えた、料理屋オリヴィンの夜。
店を締め後片付けを終え、ルカも帰宅したら、我々オリヴィン家の夕食の時間だ。
今日からはその食卓に1人、新しい顔が並ぶ。あるいは戻る、というべきか。
「そういえばお主、実年齢でいえば何歳なのだ?」
夕飯の支度をするスピネルを待つ間、私たちはウッディと話していた。
「35だ」
「35か、なるほどなるほど……ふうむ。よくよく考えると、私は人間の年齢にはあまり詳しくなかった。年齢を聞いても、まったくピンと来ないな」
「じゃあなぜ聞いた……」
ウッディの態度はぶっきらぼうだ。言葉は短く、吐き捨てる様な物言いをする。といっても機嫌が悪いわけではないらしく、どうも感情が表に出にくいタイプらしい。レアも同じようなところはあるが、父親はそれに輪をかけて、人形のような顔をしている。
本来のウッディは見上げるほど(人間基準で)の大男だったと聞く。それがこうも不愛想とあれば、さぞ誤解を招くタイプであっただろう。
だが今は……
「フハハハハハ」
「どうした。なにがおかしい」
「いやな、同じ顔ながら、可愛らしいと思ってな」
今のウッディは齢にして5歳ほどの少女だ。そうした態度すら、どこか愛おしい。
それを正直に伝えると。
「……やめろ」
と、ウッディは顔を逸らす。だがその耳が少し赤くなっているのが見えた。愛いやつめ。
「シャイ。お前は俺に、父親たれと言ったはずだが……?」
少し顔を戻したウッディが、恨めしそうな目を私に向けてくる。
「それはそれ、これはこれだ。その肉体も含め今のお主なのだから、可愛らしさも受け止めねばなるまい? その上で父親たればよいだけのこと」
「気軽に言ってくれるな……」
「フハハハ、今となっては私とてお主の子。子の我儘を聞いてこそ親であろう?」
「……好きにしろ」
ウッディはまた、プイとそっぽを向いた。だが不機嫌な様子は感じ取れない。親、と言われ、満更でもないのだろう。
私はもうずいぶん、このウッディの扱いがわかってきた。要は不器用な男なのだ。今は娘か。感情を表に出すことこそ少ないが、敵意というものが希薄で、穏やかな海のような精神性をしている。そしてなんというか、根底のところでレアと似通ったものを感じるのだ。さすが親子、というべきか。
そして容姿が私とそっくりとあれば、もはや遠慮する理由もなく、ある程度ずけずけと話をしてしまう。ウッディもウッディでそんな私を受け入れてくれる。つまりは、向こうからはなかなか来ないが、自分から近づいて行けば打ち解けられる、といったタイプの人間といえよう。レアと同じである。
しかし、そういうタイプの人間には、ひとつ問題がある。
「その……レア」
ウッディが、恐る恐るといった具合に、レアに話を振った。
「は、はい、なんでしょうか」
レアはいきなり呼ばれたことに驚き、そしてこちらも恐る恐るといった具合に(恐る恐る感が似ている)応対する。
「……仕事……がんばってたな……偉いぞ」
「はい……ありがとう、ございます」
ぎこちなく褒め、ぎこちなく礼を言い、そしてその後、ぎこちない沈黙が訪れた。
ウッディ、そしてレアのようなタイプの問題点。それはこういうタイプが2人揃うと、双方距離を詰められないことだ。
「やれやれお主ら、親子なんだからそう硬くならんでもよかろう」
「わ、わかってます。けどぉ……」
「……すまない」
「別に謝ってほしいわけではないのだがなあ」
私とレアの場合は私の方からぐんと近づいたからすぐ打ち解けられたのだが、ウッディにはどうもそれを期待できそうにない。10年間放っておいた負い目もあるのだろう。むしろ負い目があるからこそ、勇気を出して娘に寄り添ってほしいものだ。
「はい! 今日はウッディの好物だったベーコンポテトね!」
とその時、厨房から上機嫌なスピネルが出てくる。久しぶりに夫と卓を囲めるのが嬉しいのだろう。
おそらくこの2人の出会いもスピネルの方から行ったのだろうなあと思いつつ配膳を見守る。うきうきとした様子のスピネルは、レアとウッディの関係についてはあまり心配している様子に見えない。
「なあスピネルよ、レアとウッディがどうもぎこちない。どうにかして打ち解けさせてやりたいのだが、何か考えはないか」
曖昧にすることでもないと思い、私は率直に聞いてみる。するとスピネルは配膳を続けつつ、さらりと答えた。
「んー、まあ戻ってきてすぐなんだし、最初は仕方ないって。その内自然と仲良くなるから、心配いらないと思うわ」
「そういうものか? しかし双方とも……」
「大丈夫、私が保証するよ、2人ともいい子だもの」
「ふうむ……」
私以上に2人のことをよく知っているであろうスピネルの案は、信頼ゆえの無案。だがたしかに、時間が解決すると言われれば、そのような気もしてきた。
別の双方とも、相手を嫌っているわけではない。むしろ逆、打ち解け合いたいと思っているはず。ならば放っておいても、少しずつ歩み寄っていくのかもしれない。
「それもそうか。もとより私とて、人間の感情の機微に聡い方でもないしな」
「そーそ、一瞬で仲良くなれる人もいれば、ちょっとずつ仲良くなる人もいる、それでいいの」
配膳を終えたスピネルも卓につく。話している間、レアとウッディは終始無言であったが、かといって異を唱えることもなかった。
「さ、それよりも食べて食べて!」
「うむ!」
それこそ寝食を共にしていれば、いずれなんとかなるだろう。今はとにかく食事だ食事。
そうした始まったオリヴィン家の夕食は、口数こそ少ないものの、平穏で、どこか暖かな時間だった。
食事を終え、後片付けをしている時。
ふいに、オリヴィンのドアがノックされた。とっくに店は閉まっている時間なのだが、来客だろうか。
「ごめんシャイちゃん、出てくれる?」
「うむ、承知した」
洗い物の最中のスピネルに代わり、私が応対する。
ドアを開けると、そこには見慣れた顔が立っていた。
「おお、お主か」
「やあシャイちゃん、こんばんは」
立っていた恰幅のいい男はルカの父で、この村の村長も務める。私はもっぱら「ルカの父」と呼んでいる。時たまチェスで対決する好敵手でもある。
「スパードさん? こんばんは、どうしたのこんな時間に」
「夜分失礼、スピネルさん。昼は忙しそうだったんでね」
スピネルも洗い物を中断し、厨房から出てきた。ルカの父は村に越してきたオリヴィン一家を何かと世話してきた恩人でもあるのだ。
そして……そうだ、そういえば。
「ウッディが、帰ってきたんだって!?」
ルカの父は目を輝かせながら訪ねた。そう、この男とウッディは親友と呼べる旧知の仲であり、ウッディが少年期に村を離れるまで、家族ぐるみの付き合いだったと聞いている。スピネルらがこの村に来たのも、ウッディが家族を魔王軍の魔の手から守るべく、信頼できる共に預けたという側面もあるらしい。
大親友が長い旅から帰還したと聞いたのならば、この興奮っぷりも頷ける。だが残念ながら、ルカの父にはちと残念な報告をしなければなるまい。
「あー……それなんだけどねえ」
「ウッディというのは私の妹のことだ。同名なのは偶然よ」
言い辛そうなスピネルに代わり、私が説明した。
「え? そ、そうなの?」
ルカの父に目に見えて落胆が浮かぶ。ウッディとは違って感情がよく表に出る、やはりウッディとの友人関係もこ奴の方から歩み寄ったのだろう……などと想像できるが、今はよかろう。
せっかくの親友との再会を心待ちにしていただろうに心苦しいが、ここは誤魔化させてもらうしかあるまい。
「ほら、そこにおるのが我が妹、ウッディだ。よく似ておるだろう」
今のウッディを見てもらった方がはっきりすると思い紹介する。むしろ、ウッディが幼女になって帰ってきたなど、信じてもらう方が難しかろう。
ウッディはルカの父を見て、控えめに会釈した。ウッディにとっても親友との再会、思うところはあるだろうが、今は抑えている。
「ほんとだ、シャイちゃんにそっくりだな。うーん、早とちりだったかあ……」
ルカの父はウッディをまじまじと見てため息をつく。が、何やら考えているようでもあった。
やがて、ひょんなことを口にする。
「……124勝だよな。俺の」
突然の言葉は、ウッディに向かって問いかけたようだった。
そして……ウッディが、言葉を返す。
「……違う、123勝だ。そして俺が227勝」
そう言ったウッディの頬が、くいと持ち上がった。
「1勝ごまかすな……と、何度も言っただろうが」
その笑みはまさしく、親友に向けるそれ。
それだけで、十分だったらしい。
「その言い方! やっぱりお前、ウッディか! あっはっはーっ、マジかよ!」
「よくわかったな、スパード。信じてもらえないと思っていたのだが……」
「わかるって、だって俺とお前の仲だぜ? いやあ、よくぞ無事に……無事なのか? とにかくよく帰ってきたな! お前なら生きて帰ると信じてたぞ! あっはっはっはーっ」
心からの笑顔を交わす親友2人。物静かなウッディと騒がしいルカの父で対照的だが、仲がいいのは私にもなんとなく伝わってきた。
「す、スパードさん、信じてくれるの? この子がウッディだって……」
「ええ、ええ、勿論ですよ。何があったかは知らないが、きっと魔法か何かなんでしょう? 本の中でしか見たことないけど、魔王討伐の旅路なんだ、何があったっておかしくない。何より、俺とのチェスの対決記録を知ってるのは、この世でウッディだけだもの」
「やれやれ、最後にやってから20年ほども経ってるのに、よく覚えてたな」
「それはお前もだろ! あっはっはっはーっ」
ルカの父はとても嬉しそうだった。ウッディが魔王討伐の旅に出たことも知っていたとあれば、いつ死体で帰ってきてもおかしくないと、覚悟を決めていたのだろう。それが姿こそ大きく変われど生きて帰ってきた、嬉しくないわけがない。
ただ実のところ、『肉体を入れ替える魔法』なんてものは本来存在せず、魔女が独自に編み出したもので、魔法により恒久的に姿を変えられるというのは、本来ありえない。だがむしろ魔法についての知識が半端であるからこそ、魔法なら何があってもおかしくない、と、簡単に受け入れられたのかもしれない。
……いや、違うか。
「とにかくお祝いだお祝い! ウッディ帰還おめでとう! うちの妻も呼ぶぞ! 今夜は飲もう!」
「あ、いいですね!」
「俺は酒はダメだ、この体だからな」
「ああそうか、だが俺は飲むぞ、嬉しすぎるからなあ! あっはっはっはー」
「そうと決まれば料理も準備しないと! さあ楽しくなってきたわ」
喜び合う親友同士を見ていれば、魔法の知識云々はオマケにすぎないとわかる。一番大事なのは、親友同士の絆なのだろう。そして、『お前なら生きて帰ると信じていた』、という信頼。
「レア、今夜は親世代に任せ、我々は先に失礼するとしよう」
「ですね」
今夜ばかりは私たちは部外者。はしゃぐ親たちを尻目に、私たちは2階に引っこむことにした。
寝室への階段を上がりつつ、レアは少しだけ、ウッディについて語った。
「お父さん……あんな顔も、するんですね」
「うむ。親友相手に、自然な笑みが見えていた」
「はい。ああやって見ると、かわいいかもしれません」
「ん?」
少々コメントに違和感があったが、多少、ウッディに対する態度が和らいだようなので、ひとまずそれでよしとする。
父のことを知るにつれ、こうして少しずつ、親と子も打ち解けていけるだろう。
楽しそうな階下の声を聞き、私もなんだか、穏やかな気持ちになるのだった。
なおその後、はしゃぎすぎた親たちの声のうるささに眠れず、ニコルに頼み防音魔法を施してもらうことになったのだが……まあ、今夜ばかりは。
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