第48話 企画せし魔王

 ある日の朝食にて。


「家族旅行?」


 レアと共にシュガーエッグ・トーストを頬張りつつ、私はスピネルに聞き返した。


「うん、実は前から、魔王が倒されて……ウッディが帰ってきたら、レアと行こうと思ってたのよ。今はもちろんシャイちゃんもね」


 スピネルは朝食代わりの紅茶を飲みつつ、微笑みながら語った。


「せっかく家族が揃ったことだし、新しい思い出作りの1ページ目として、ね。どう?」

「ふうむ旅行か、よいではないか。思えば私も、魔界とこの村以外、ろくに世界を見ていない。未知の文化を見聞すること、やぶさかではないぞ」


 レアはどうだ? と問うと、意外にもレアは少し渋るような顔をしていた。


「私は……外に行くのは、あんまり……」

「む? なぜだレア」

「ちょっと、怖いんです。この村から、出たことがないので」

「ほう、なんと」


 思わずスピネルを見ると、彼女はわずかに眉尻を下げた。


「元々、私たちがこの村に来たのは、魔物を避けてのことだったからね。魔王軍の存在も意識してたし。ウッディたちの戦いが終わるまでは、村から出ないと決めてたんだ」

「なるほど、そういうことだったのだな」


 ミネラルの村は辺境にある上、ウッディらの子孫が周辺の魔物を狩り尽くしたいわば安全地帯。避難場所として住んでいた側面もあったとすれば、レアが一度も村の外に出ていないのも合点がいく。


 そしてレア自身もそれを苦には思っていなく、むしろ安全な村から出たくないとすら思っているわけか。


「レアの気持ちはわかるな、安全は何よりの宝だ」


 安全すなわち平穏は、既知を基盤に成り立つ。平穏を望む心、私がわからぬはずがない。


 村から離れたくないというレアの気持ち、できれば尊重したいが……そう思っていた時。


「……でも、今なら平気です」


 と、レアが顔を上げ、明るい表情を見せた。そしてその視線を、私に向ける。


「シャイさんがいますから」


 ……嬉しいことを言ってくれるではないか。


「うむ! そうだともそうだとも、私という頼もしき姉がついておるのだ、恐れることは何もない! 全て私に任せればよいのだ、フハハハハ」

「そういうところは、ちょっと不安ですけどね」

「うむっ?」

「まあ、シャイさんといれば安心、というのは本当です。どこでも行けますよ」


 ちと引っかかるところもあったが、これでレアは大丈夫なようだ。


「してどこへ行くのだ? 目星はつけておるのか?」

「うん、実は行きたい場所も前から決めてたの。あとは2人に賛成してもらえるか、なんだけど……ディーン城下町で、どう?」

「ふむ、ディーン城下町か……」


 ディーン城下町。ジョウカマチ、と来たか。ふむふむ。


「ディーンジョウカとはどういう町なのだ?」

「シャイさん、城下町です。お城を中心にできた町のことです」

「なんだそうなのか、ずいぶん長い名だとは思ったのだ。してどういう町なのだ?」


 私の疑問には、スピネルが答えた。


「その名の通りディーン王家のお城があって、国の首都でもある大きな町だよ。石造りの街並みが綺麗で、あちこちに水路が流れてる。交易の中心でもあるから毎日たくさんの人がやってきて、色んな商売をする人で溢れた、活気ある所さ。この村から一番近い町でもあって、この村も、一応ディーン王家の領土でもあるんだよ」

「ほほう、ずいぶん大きな町のようだな。しかしスピネル、やたらとその町に詳しいが?」

「それはそうさ、私はそこの出身だからね」

「ほほう?」

「そして……ウッディと出会い、暮らしてた町でもある」


 なるほど、わかってきた。


「つまり、お主ら家族の思い出の地、というわけか」

「そういうこと。いつかレアにも、私たちの暮らした町を見てもらおうって思ってたんだ」

「なるほどな」


 旅行というより、こちらが本題なのだろう。自分たちの暮らした世界を子に見せる、あるいは、大きな町を訪れることで、広い世界を体験させる。そういった意図が、スピネルから汲み取れた。


 ウッディの方に目を向けると、それまで黙々と朝食を食べていた父親も、どこかしみじみとした様子でうんうんと頷いていた。


「私に異論はない。国の中心の町にも、お主らの育った世界というのにも、興味がある。レアはどうだ?」

「私も、見てみたいです。お母さんたちの、町」

「よし、じゃあ決定だね!」


 スピネルが嬉しそうに手を打つ。


「それじゃあ準備しないとね、しばらく店を休むことになるから、お客さんたちにも伝えておかなきゃ」

「スピネルよ、別に店を休む必要はないと思うぞ」

「いやいやシャイちゃん、ディーン城下町は近いといっても、こんな山奥からだと馬車で2日はかかるよ。町にしばらく滞在することも考えると、一週間は休むわけだし、ちゃんとみんなに断っておかないと」


 たしかに通常ならばそれくらい必要だろう。


 だが、ここには私がいる。


「転移魔法がある。ニコルがよくやっているだろう、いきなり現れては消える魔法だ。その程度の距離ならば、町との行き来など一瞬で住む」

「えっ、ほんとかい?」

「うむ、任せておけ。たしか明日が店の定休日だろう? 今日の夜に準備を整えれば、滞在を考えたとしても、せいぜい2日ほど休業するだけで住む。仰々しく宣伝するほどでもあるまい、旅支度もさほどいらぬことだしな」

「おお……! 便利なもんだねえ、魔法ってのは」


 こういう時は、この強大な魔力がありがたい。マナミに感謝、といったところか。あまり感謝したくはないが。


 かくして、オリヴィン一家初の家族旅行が決定したのだった。






 その日の営業中。


「え~!? シャイたんたち町行くの~!?」


 と、店に遊びに来て、旅行の計画を聞くなり素っ頓狂な声を上げたのは、散髪屋の派手な娘、マイカだった。


「い~ない~な~! あたしも行きたい~!」

「まあ、マイカはずっと町に憧れてるからな。でもマイカ、マナミさんに頼んで何回か行ってるだろ?」


 料理しつつ話す、マイカと幼馴染のルカは訳知り顔だ。


「何回行っても足りないって! ほんとヤバいデカさだし~、お店もヤバいくらいあるし~」

「ほほう、それほどのものなのか」

「マジそれほど! しかも魔法でピャーって行けるとか、反則すぎ~」


 マイカはテーブルにぐでーっと身を預ける。


「あたしさー、将来的に町で美容院やりたいんだー、オシャレな感じの。だからー、下見的なのしたくてさー」

「とはいうが、町に行ったらほぼ遊んでるじゃないか」

「それはそれ! 町はマジで色々あって楽しいから! あー町いいな~」


 マイカの本気の悔しがり方を見て、私も町への期待が膨らんでくるようだった。


「しかしマイカよ、それならお主も行くか?」

「え?」

「お主1人ぐらい、転移魔法で運ぶのは訳はないぞ」


 私の魔力があれば、数十人はゆうに連れていける。もっとも魔法に疎い村人たちはそれがいかに規格外のことかわからないだろうが(魔法が使えること自体は以前の一件で周知されている)。


「マジ? テンイマホーってピャーって飛んでける魔法だよね?」

「うむ、なんなら明日、我らと合わせて行ってみるのもよかろう。こちらは家族旅行ゆえ、町についてからは別行動だがな」

「それ最高! お願いしていいシャイたん?」

「構わんぞ」

「やったー!!」


 子供のようにはしゃぐマイカを見てこちらも嬉しくなる、気持ちのいい娘だ。


「よかったらルカもどうだ? 私はいくらでも運べるぞ」

「私はいいや、休日は読みたい本がある。お土産だけお願いするよ」

「うむ、承知した」

「しっかしシャイたん、たまにマジですごいよね。いつもはポンカワなのに」

「ポンカワ……?」

「ポンコツでカワイイ」

「やっぱり置いてくぞマイカ」

「うそうそ今のなし! マジシャイたんポンかしこー」

「ポンを消せというに!」


 ちなみにその後、ルビィサフィの双子も付いて来たがったが、両親の同行が難しいため断念となった。






 家族旅行、マイカの同行。


 それに伴って私はひとつ、妙なことに気が付いたが……旅行のこともあり、深く考えることはなかった。

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