第46話 再帰せし魔王
激動の朝を終え、その日も小料理屋オリヴィンは開店した。
ウッディについては、正体は隠すことになった。明かしたところで信じてもらえないだろうというのが理由のひとつであり、かつ、スピネルらが村に来たのはウッディと別れてからで、そもそも村人はウッディについて知らない。ゆえに、仮に信じてもらえてもピンと来ないだろう、という判断だ。
なお、ウッディ自身の要求として、大の男が幼い少女の姿となっていることを大勢に知られるのは耐え難い、というのもあった。細かいことを気にする男だ、サイズ差でいえば私の比ではないのに。
そうなると村人たちにはオリヴィンの新入りの少女についてどう説明するのか、という問題が浮かぶ。
私の妹である、とすることになった。無関係とするにはいかんせん顔が似すぎている(というより年齢が異なるだけで同じ顔である)し、元々村人たちからすれば私自体が未だ謎の存在であり、誤魔化すのにちょうどいい、という判断だ。
当然のごとく、レアが難色を示したが、あくまで誤魔化すための仮初の名乗りだ、と説得して呑み込んでもらった。実際、私からしてウッディが妹であるという感覚は皆無である。ウッディは肉体こそ私より幼い少女だが、内面はやはり成熟した大人なのだ……認めたくはないが、私と違って。
ルカに対しても同様に、ウッディの、そして私の正体に関しても伏せることとした。やはり信じてもらえないだろうからだ。
総じて、オリヴィン一同の選択は『秘密』。平穏な村に余計な騒ぎは持ち込まない、というものだ。私もウッディも、少し変な娘、で済むならそれで十分。
かくして今日も、平穏な一日は始まった。
時は経ち昼時。オリヴィンはいつになく賑わっていた。
「待たせたな、トマトソースのパスタだ。卓にある粉末チーズを好みでかけて食べるがよい」
注文の品を給仕する、すっかり慣れたものだ。どうせなら勇者たちにもこの熟練のほどを見せてやるべきだったか、などと考えつつ、店内の隅へと戻る。ここは席が全て見渡せ、いつ客が給仕を必要としても対応できるため、我々給仕の待機スペースとなっている。ちゃんと小さな椅子も置いてある。
ちょうどレアも一仕事を終えて戻ってきていた。店内はにぎやかだが、実のところ我々の仕事はそう多くない。それは賑わいの理由が、料理とは別のところにあるからだ。
店内の隅の一席にできた人だかり。その中心にいるのは、他でもないウッディだった。
「フハハハ、すっかり人気者だな」
人の出入りの少ないミネラルの村では、新入りが来たというのは一大ニュースとなる。朝の客から早速聞きつけたのか、ウッディを一目見ようと村人が大勢集まっているのだ。私の時もそうだった。
ウッディはというと、どんどん集まる客と続けざまに来る「年齢は」「好物は」「姉は好きか」といった質問への対応に四苦八苦しているようだった。諸々隠さねばならん事情にくわえ元より口数の多い方ではないらしく、対応はしどろもどろだが、容姿は幼い娘であるため、そこも微笑ましく見られているようだ。
しかしそういった微笑ましい目がまたもどかしいのだろう。気持ちは分かるぞ、ウッディ。うむうむ。
「そうですね、シャイさんも最初、あんな感じでしたし」
と、レアも同じ感想らしい。
「だが、私は奴とは違い堂々としていたぞ! フハハハ」
「そうですね……ちょっと、イメージと違うかもしれません」
レアはどこか落胆したような顔を見せていた。
「なんだ? 思い描いていた父の醜態に失望しておるのか? 手厳しいな」
「べ、別にそこまで言ってないじゃないですか」
「まあ、多少は許してやるがよい。この私が精神的に頑強であっただけで、肉体が激変すれば心揺らぐのが正常よ」
「それは……そうなんでしょうけれど……」
言葉とは裏腹に、レアはまだもどかしそうな顔をしていた。
やはり、長い間求め続けた『父親』、彼女の中でイメージだけが膨らんでいたのだろう。ウッディが悪いというよりは、抱き続けた理想が現実を置き去りにしてしまったように思える。じきにそのギャップも埋まっていくのだろうが、時間はかかりそうだ。
そう思っていたのだが。
「……ふふふっ」
唐突に、レアは小さく噴き出した。
「む、どうした?」
「いえ……よく考えたら、シャイさんがいたなって」
「む?」
言葉の意味がわからず聞き返す。レアは私を見て、どこか悪戯げな笑みを浮かべていた。
「シャイさんって、私が思ってた『お姉ちゃん』と全然違うんですよね。子供みたいだし、照れ屋だし、男の子みたいだし……」
「なっ!」
「何より、魔王ですし。シャイさんみたいな人がお姉ちゃんになるなんて、考えたこともなかったんです。でも、じゃあシャイさんがお姉ちゃんで嫌なのかっていうと、ぜんぜんそんなことなくて……だからきっと、お父さんも、それでいいんだって、思ったんですよ」
「む、む、む……」
私は言葉に詰まった。暗に『お姉ちゃんらしくない』と言われているようで反論したいような、レアが嬉しそうだからそれでいいような。というか、反論しようにもレアの言う通りのような……
いや! そうだ、と、私ははたと気付く。
今朝、ウッディが私の妹を名乗ることについてレアが不安を表していたが……危機感を抱くべきはむしろ私ではないか。ウッディは父親、レアが求めていた『頼れる年上』……私と役割が被っている!
そもそも、姉らしくないというのは、私がかつて抱えていた懸念。なんだかんだレアが受け容れてくれているのですっかり忘れていたが、ウッディが帰還した以上、このまま姉らしくない姉のままでは、ウッディにレアがとられてしまうやもしれん。
姉らしくならねば。その懸念が、また再び私の頭に警鐘を鳴らした。
「……レア! 今日は、私の仕事ぶりを見ているがよい!」
「え? あ、はい」
ひとまずは今日の仕事をがんばる。その熟達ぶりをレアに見てもらうのだ。
私は張り切って仕事に戻るのだった。
だがその後、いつになく多い客に勝手が狂い、盛大に転倒してしまったのだが……
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