第39話 激昂せし魔王

 小料理屋オリヴィン2階、私の部屋。


 魔女の顔をした謎の娘と、私は対峙していた。魔女と同じ顔をして『シャイターン』の名を知るこの娘、捨て置けぬと判断し、2人きりで話したいとスピネルを説得し、私の部屋に連れ込んだのだ。


 レアははじめ不平を漏らしたが、私の顔を見て、ただ事でないとわかったのか引いてくれた。


「お主、何者だ」


 部屋の中心に立たせた少女に問いかける。私は部屋のドアを背にしている、逃がさないためだ。またさらに、部屋に上がるまでに密かにニコルへと念話を飛ばし、この部屋全体に結界を貼らせたうえで、窓の外に待機させている。


 少女は答えない。ただじっと、私を見つめていた。


「魔女の手先か?」


 重ねて問うても沈黙を続ける。魔力の気配はないが、油断はできない。


 私と同じ魔女の顔、『シャイターン』の名前。もしも万が一この娘が魔女の遣いなら、あの、私の肉体を奪い去り魔王に成り代わった悪しき女が、私の所在を掴んだ、ということだ。


 そうなれば村の皆に危害が及ぶ、それだけは避けねばならない。ゆえにここは、絶対に気を抜けない。


「何が目的でこの村へとやってきた……答えろ!」


 私は魔力の一部を解放した。その瞬間、ビクリ、と、少女がわずかに身じろぎする。やはり魔力を感じ取れている。


 その時、ついに少女は口を開いた。


「……要求が、ひとつ」


 たどたどしい、ゆっくりとした話し方。感情のないような、落ち着いた声色をしていた。


「魔界に戻れ」


 汗が私の頬を伝うのがわかった。急所を一突きされた、そんな気分だった。


「な、なぜそんな要求を……!」

「……魔族は、負けそうになっている。戦力が必要だ。魔界に戻り、戦え」


 これでハッキリした、この娘はやはり、魔女の手先だ。


 私が魔界を出た後も、魔族と人間との戦争は続いていた。人間を憎む魔女が魔族の頂点に立ったことで、むしろ一層激化したはずだ。


 だがたしか人間側には、勇者と呼ばれる強力な暗殺組織が派遣されていたと聞く……その活躍もあり、結局は魔族側が押され始めた。


 そしてついに逆転の一手として、この私を探し出し、兵として使おうというわけか。


「魔王様も、お前に期待している。望むなら、魔王の座を返上してもいいとまで言っている。また、魔王に戻りたくはないか」

「フン……よほど追い詰められているようだな」


 あの魔女のことだ、魔王の座を返上したところで、戦争に勝利した後、いかようにでも取り返せると考えているのだろう。


 だが相変わらず、私が魔王の座に執着があると勘違いしているのはいささか滑稽だ。今の私に、魔王の称号などなんの価値もない。


 それよりも遥かに重要なのは……この、平穏な日々。


「生憎だが、お断りだ。私は魔王の座になんの興味もない。魔族が負けようと知ったことではないわ。おとなしく帰るがよい」


 無論、私は拒否した。闘争の世界に戻るなどとんでもない、ましてやレアたちと離れるなど。


 だが、ことはそう簡単には終わらなかった。


「はたして、本当にそれでいいのか」


 少女が含みを持たせた言い方をする。相変わらず感情のない声だが、何か裏は感じさせた。


「どういう意味だ」

「お前が、こうしている間に……一階の2人を、仲間が捕らえている」

「なっ!?」


 しまった! 私は失策を大いに焦った。一階にはレアとスピネルがいる。娘に気を取られ過ぎた。ここはニコルの結界の中、外部の情報も遮断されてしまっている。


「動くな」


 すぐに部屋を出ようとした私を、少女が牽制する。


「お前が要求を聞けば……2人には、何もしない」

「ぐ……!」


 少女の言葉が本当かどうかはわからない、だが万が一にも、2人の身に何かあったらと思うと、迂闊に動けない。


「この外道めが! 2人に傷のひとつでもつけてみろ、貴様とその徒党諸共、この世に塵ひとつ残さんと思えっ!」


 怒声が喉の奥から溢れ出る。だがそれを浴びせられてなお、少女は動じなかった。


「何を迷う必要がある。ただ元のように、魔王になればいいだけだ。ただの人間に、なぜ執着する」

「なぜだと!? 大切な家族に手を出され、黙っておられるわけなかろうが!」


 だがその時。


「家族……?」


 少女がわずかに眉をすくめた。


「本気で言っているのか? 魔王のお前が、人間と家族などと……」


 その言葉に、私の怒りはさらに燃え上がった。家族の絆を疑われる、これを怒らずにいられようか。


「当たり前だ! レアは私を魔王と知ってなお、私を受け容れてくれた! 大切な妹だ! そしてスピネルは、得体の知れぬ私をこうして家に迎え、実の娘にも劣らぬ愛を注いでくれた母! 2人とも大事な家族、貴様らなどに、奪わせはせんぞ!」


 私は怒りのまま、心のままに吠えた。叫ぶごとに、さらに怒りが膨れ上がっていくのを感じた。


「今すぐレアたちを私の前に返せ! さもなくば貴様ら、この怒りの前に、どうなっても知らんぞ!?」


 もはや我慢ならん、いかなる妨害があろうとも、我が力を駆使し、レアたちを奪還する。


 そう決断し、動き出そうとした、その時。


「……そうか」


 少女は何故か、笑った。


「どうやら本当に、聞いていた通りの奴らしいな……」

「なんだ、なにがおかしい!?」

「こうして溢れ出る魔力の奔流も、スピネルたちを想っての怒りも本物。魔王が、娘に……か……」

「さっきから何を言っておるのだ、いい加減に……」


 そしてさらにその時。


 急に、私の背後のドアが開いた。


「シャイさん! 大丈夫ですか!?」


 そして部屋に駆けこんできたのは、なんとレアだった。妙に慌てている。


「え、れ、レアか? 無事だったか!」

「え? いやシャイさんが、酷い目に遭わされてるかもって、私……」

「む?」

「え?」


 話がかみ合わない。いったいどういうことだ。


「わ、私はこの娘に、お主とスピネルが攫われたと聞いていたぞ」

「私はお店に来た男の人たちに、シャイさんを誘拐した、って……」

「むぅ?」

「あれ?」


 姉妹で首を傾げ合っていると、レアの後ろから、さらに誰かが現れる。一瞬スピネルかと思ったが、違った。


 私はその顔を見て……げんなりした。


「さて、ドッキリはそろそろ終わり。種明かしといこうではないか」


 そこにいたのは、元魔王にして私の(一応)生みの親、飄々とした食わせ物、マナミだった。


「貴様か……」

「私の顔を見てそんな嫌な顔をするな、さすがに悲しいぞ」

「たわけが、すべて普段の所業が悪いわ」


 どうもこのマナミには常に手の平の上で踊らされるような感覚があるので苦手だ。だが同時に、私は安心もしていた。


 マナミは食わせ物だが、私を子供として愛している、というのは偽りがない。私を害するような行為はけしてしないだろう。そしてマナミは私を遥かに上回る知恵者。そのマナミがこうして現れたということは、少なくとも最悪の状況ではないということだ。


「この通り、そこの子がレアちゃんたちを攫ったっていうのは嘘だ。お前に本音を喋らせるためのな」

「とんでもないことをしおって……だが、本音だと? いやそもそも、結局こやつは何者なのだ?」


 少女は状況を静観している、裏でマナミが糸を引いていて、この少女も協力者、ということでいいのだろう。ならば魔女の遣いというのも嘘のはず。何者なのだ、こやつは。


「私が説明しよう。その子の正体も、こんなことをした理由も……この家にとって、とてもとても重要で……そして、喜ばしいことだ」


 マナミが私たちと少女を交互に見つめ、意味ありげに微笑む。私とレアはやはり、顔を見合わせて、首を傾げるのだった。

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