幕間 決着、そして


 この世の最果て、魔王城。

 瘴気渦巻く居城の中で、今まさに、世界の命運をかけた戦いが、決着しようとしていた。





 魔王城最奥、玉座の間。


 その広い部屋は今あちこちが砕け、抉れ、燃えている。死闘を象徴するかのように。


 その中心にいるのは巨体の魔王、そして6人の男女……勇者一行。


 勇者側はこの玉座に至るまでの戦い、そして魔王との戦いですでに疲労困憊にして満身創痍。血を流し、魔力は尽きつつあり、息は荒れる。


 だが戦況の利は勇者の側になった。なぜならば。


 魔王はすでに、右腕と、左足を失っていた。


「グッ……おのれ……おのれェッ!」


 膝をつく魔王は勇者たちを睨みつけて怒号を上げる。その瞳を真っ赤に光った。直後、灼熱の魔力が瞬時に放たれ、業火となって勇者たちに襲い来る。莫大な魔力が繰り出される火炎は、それだけ街一つ火の海にするほどの火勢。


「お前たち、後ろに!」


 その火炎を前に、戦士の大男が立ち塞がる。背後の仲間によって魔法の援護を受けた上で、男は巨大な盾で炎を受け止める。抑えきれない炎熱が腕を焦がそうとも一歩も引かず、魔王の炎を受けきった。


「今だ!」

「ええ!」


 戦士が合図し、僧侶が応じる。杖を掲げ放ったのは治癒魔法、光り輝く癒しの魔法。だがそれは魔王の肉体に対しては、何よりも通じる劇毒となる。


「チィッ!」


 すかさず魔王は腕を掲げ、特殊な魔法を放った。魔力を攪乱する紫色の光が治癒魔法を包み込んで打ち消してしまう。


 だがその時すでに跳躍し、掲げた腕を狙いすませていたものがいた。光輝く剣を持った、人類の希望、勇者。


「ハアッ!」


 魔王の虚をついた一閃は、ザンという音と共に、その巨大な腕を両断した。手にした剣は魔法を込める能力があり、今は治癒魔法が宿っている。その剣を前に、魔王は無力だった。


「グアアアアアアッ……!!」


 最後の腕を切断され、魔王が苦悶の声を上げる。その隙を、人間たちは見逃さない。


「やれっ!」

「は、はいっ!」


 ウッディの声に応じ、僧侶が再び治癒魔法を行使する。


 魔王の全身が、治癒の光に包まれた。


「ググッ……グガッ……!」


 魔王の体がぐにゃりと歪む。治癒魔法によって崩壊するよう『作られた』その体が、末端から、砂のようにサラサラと崩壊を始めた。


 苦痛と恐怖の滲む魔王に対し、勇者たちは勝利の気配に沸き立った。


 だが、その時。


「ク、ククク……ふははははは……!」


 突然、魔王の笑い声が響き、勇者たちが警戒と驚愕を見せる。魔王は肉体を失いながら、どこか狂気交じりに笑っていた。


 魔王はまだ何か企んでいる。笑い声は勇者たちにそう確信させるのに十分だった。


 魔王は手を突き、半身を起こす。その凶悪な顔を歪ませて、笑っていた。


「こんな……こんな脆い体……いらない……いらない……ッ! わ、私は……こんなところで、終わらない、わ……!」


 それまでとはどこか雰囲気の違う魔王。その異様さもあり、勇者たちは警戒を強める。


 そして次の瞬間、魔王の周囲に、奇妙な文字が浮かび上がった。帯のように連なり怪しく輝く文字が、魔王の肉体を覆う。


「気を付けて、なんらかの魔法を使ってるわ!」


 魔法使いの女が仲間に注意を促す、勇者一行は戦士の男を先頭にしたまま、魔王から距離をとった。魔王の最後の足掻き、はたして何が起こるか。


 だがその警戒に反し、輝く文字はゆっくりと薄れ、やがて消滅する。魔王の体の崩壊も止まることはなく……


 やがてそのまま、完全に朽ち果てた。


「なんだ……? 不発……?」

「お、終わった……のか? 俺らは、勝ったのか?」


 魔王の残骸たる塵を前に、勇者一行は動けないでいた。念願だった魔王の討伐、はたして本当にそれを成し遂げられたのだろうか。あの魔王の最期の言葉は、窮した末の負け惜しみか、それとも。


 その時。


「……待ってみんな」


 パーティの1人、魔法使いの女が、手をかざして何かを感じ取る。


「魔王の魔力が、崩れた肉体からどこかへ移動した痕跡がある! みんな急いで!」


 魔法使いの先導に合わせ、勇者一行は走り出した。





 魔王城の地下。


 薄暗いその部屋は、『彼女』以外存在すら知らない秘密の部屋。巨大な本棚と、無数の実験器具、そして、いくつもの魔法陣が描かれた絨毯の数々。見る者が見れば、魔術師の部屋だとすぐにわかるだろう。


 その最奥……棺のような小さな箱から。


「う、ううぅ……」


 呻きながら、1人の子供が這い出てきた。一糸まとわぬ裸の姿で、体がうまく動かせず、やっとのことで棺から体を出す。金色の髪をした、幼い娘。


 しかし、そこに宿る魂は。


「ふ、ふふふ……私はまだ、生きてるわ……ざまあみろってんのよ……」


 そう言って、少女は……魔女はほくそ笑んだ。先ほどまで魔王を名乗り、勇者と戦っていた、魔女本人だった。


 研究の末に編み出した魔女の秘術、魂転換魔法。かつて魔王の肉体を奪ったその魔法を、魔女は保険として残していたのだ。魔王の肉体が滅んだ時に、用意しておいた別の肉体に魂を移せるように。


 しかし、莫大な魔力を持つ魔女の魂を収めるには、普通の肉体では不可能。苦肉の策として、魔女は研究の材料として残していたかつての自分の体の一部から、魔法合成生物ホムンクルスの技術を用い、自らのクローンを作成し、新たな器として用意していたのだ。


「クソッ、やっぱり合成は間に合ってない……は、早く、魔導書……転移を……!」


 魔女は体を引きずりながら、机の上に置かれた魔導書を目指す。


 クローンは用意できたが、その生育には時間がかかり、また勇者の侵攻の速度は魔女の想像を超えていた。結果、未熟な子供の体かつ、ホムンクルスとしても不完全な状態で、魂を宿すに至ってしまった。


 それでもまだ、魔法の補助となる魔導書を用い、転移魔法で逃げれば……再起の時はやってくる。死にたくない、その一心で、魔女は重い体を引きずった。


 だがその時。


「そこまでだ」


 魔女が嫌悪する声が、秘密の地下室に響く。


 薄闇の中から現れたのは、勇者とその一行だった。


「な……なんで、この場所が……!」


 勇者一行に憎悪を向ける魔女。だがやはり肉体は弱々しく、睨むことしかできていなかった。


「ほ、ほんとにあれが魔王?」

「……いえ、見た目に惑わされちゃいけないわ。この魔力の質、そして量、間違いなくさっきまで戦ってた魔王と同じよ」

「でもいったいどういうことなんだ……?」


 勇者一行は、目の前の子供が先ほどまでの魔王と同一人物だと認識し、警戒を強めつつも、困惑を隠せないでいた。凶悪かつ強大な魔王と、目の前の少女。頭では理解していても、どうしても直感が結びつかない。


 その困惑が、わずかな隙を生んだ。


「……いや……好都合……! フ、フ、フフフフフッ!」


 突然、笑い出す魔女。そして次の瞬間、その体から、魔王の今わの際にも現れた、あの文字の群が現れる。魂転換魔術の起動の合図だった。


「その体、いただく!」


 文字の群は魔女の号令に合わせ、一斉に、勇者一行の魔法使いへと襲い掛かった。


 しかし次の瞬間……誰にとっても予想外の方向へ、事態は動いていくこととなる。

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