第36話 分断されし魔王
ある日のミネラルの村、周辺の森。
年少組の3人が、ボール遊びをしていた。
「いきますよ、ルビィ」
「は~い」
空気の詰まった、ベージュ色に赤い線の入ったボールを、ぽんとレアが叩いて上げ、ルビィの方へと飛ばす。
「サフィちゃん、そ~れ~」
「おうっ!」
ルビィが双子の姉サフィへとボールを上げる。
「いっくぞ~! えいっ!」
高く跳んだボールを、サフィが思いっきり叩いた。勢いよく叩かれたボールは、レアへと向かっていく。
ボールを睨みつけて待ち構えるレア。そしてボールが迫った瞬間、すかさず腕を伸ばし……
「へぷっ」
……たつもりが間に合わず、顔に直撃し、ボールはぽよんと跳ねて地面に落ちた。
「へっへーレアまた1ポイント~」
「うふふ、これでレアちゃんビリね~」
「うぐ……つ、次は負けません!」
レアがボールを拾い直し、また再びボールが宙に舞い始めた。
遊びながら、3人が話す。
「なんかひさしぶりだよね! 3人で遊ぶの」
「最近、レアちゃんはシャイちゃんに付きっ切りだったからね~」
「そ、それは……そうですけど」
レア、サフィ、ルビィの3人は村では珍しい同年代の女の子、よく3人で遊んでいた。しかしサフィの言ったとおり、シャイが村に来てからは、その頻度が減っていたのだ。
「でもねルビィは気持ちわかるな~、お姉ちゃんができたんだもんね~」
「あ! そうか! レア、お姉ちゃん欲しいって言ってたもんな!」
「甘えたいよね~」
「お姉ちゃん的にも甘えてもらいたいぞ!」
「そ、それもそうですけど! 甘えたいのとは、ちょっと違うんです!」
「え~違うって~?」
「その、シャイさんが、心配だったんです。お店のことを教えなくちゃってこともありましたけど、ほらシャイさんって、どこか放っとけない感じじゃないですか」
「ほっとけない……? どゆこと?」
「目を離したら、とんでもないことやってそうというか……どこかに行っちゃいそうというか」
「あ~わかるかも~シャイちゃんって元気で堂々としてるから、1人でもどこへでも行っちゃいそうだよね~」
「それです、それです。シャイさんと離れるのが、なんだか不安で……」
でも、と、レアは微笑む。
「今は……もう大丈夫って、わかりましたから。これからはまた、2人とも遊びますよ」
「やったー!」
「うふふ、それじゃあレアちゃん、そーれ~!」
「今度は受け止めますよ……! へぷっ」
森に、子供たちの無邪気な笑い声が上がった。
「……って言ってますけど、魔王様?」
ニコルが問いかけられ、私は唸った。
「うむむ……レアとの絆が確かなものになったのは嬉しい、嬉しいのだが……!」
「まさかレアちゃんも、魔王様の方がレアちゃんと離れるのが耐えられず、こっそり盗み聞きしてるなんて思いませんよね……隠蔽魔法まで使って……」
「う、うるさいわ!」
そう、ニコルの言う通り……
オリヴィンが休みの今日、私はレアと遊ぼうと思ったのだが、今日はサフィルビィの2人と遊ぶと断られてしまった。その理由は先ほどレアが言った通りで、以前のように私がいなくなってしまわないかと恐れていた頃と比べればはるかに健全になったといえる。いえるのだが……
「や、やっぱり気になってしまうだろう!? 私はレアの姉なのだぞ!」
「ええ、お気持ち、よくわかりますけども」
私の方が我慢できず、わざわざニコルを呼び出して隠蔽魔法を使わせて、こうしてレアを見守っているというわけだ。なんというか、この村に来てからレアと離れて行動したことが数えるほどしかなく、何をしているのだろうと気になってしまったのだ。
「それにほら、見てみろ同世代と仲良く遊ぶレアの顔を! あれが見れるのならばわざわざお主を呼びつけた甲斐もあったというものだ」
「魔王様が嬉しそうなのを見れたのは私も嬉しいです」
「……とはいえ、だ。この行為が褒められた行為でもないのは事実だな……」
私自身、自分のやってることが過保護すぎるというのはわかっている。別にレアが双子に取られてしまうのではないか、と心配しているのではない(むしろ双子からすればレアを私に取られた側だろう)。
「要するに、問題は……私はレアがいないと、特にやることがないということだな」
私には娯楽の知識も経験もない。余暇を過ごすというのが不得手だ。この村に来てからは、もっぱらレアに教わったことで過ごしてきたのだが……いざ離れると、何をすればいいかわからない。
「どうだニコル、何か案はないか? お主は余暇はどう過ごしておる?」
「私ですか? 私はぼーっと日向ぼっこしたり、動植物を観察したり……あとは昼寝してたりですかね」
「むう、なんだかつまらんな」
「私たちエルフは時間間隔が長めなので、退屈にも鈍感なんです。そういえば魔王様、村長さんとチェスをするのはどうですか? 時々やっているんでしょう?」
「ふうむ、それもよいが、奴は畑の管理や村を周って住民の様子を確かめたりと、わりに忙しいらしくてな、こちらがやりたいときにできるとは限らんのだ」
「うーん、でしたら……そうだ、魔王様も同世代の方々とお遊びになられては?」
「なに?」
「厳密には同世代ではないでしょうけれど……ほら、ルカさん、マイカさんがいるじゃないですか。魔王様はお2人と遊んでみては?」
「ふむ」
今日はオリヴィンが休み、そういえばルカもマイカと共に、ルカの家で何かをやると言っていたような気がする。
レアと双子らが年少組なら、ルカ、マイカ、そして私はいわば年長組。そういったくくり遊ぶのもまた一興だろう。
「よし、そうしよう! お手柄だぞニコル」
「はい! えへへ」
こうして、私はルカたちの元へ向かった。
ルカの家。
「なるほど、それで私らの方に来たのか」
「うむ! 年少組が仲良くやってるなら、我らは我らで親交を深めようではないか」
「おっ、いーじゃんいーじゃん! これで人数的にも互角になるし!」
「何を競ってるんだよマイカ……」
「して、お主らここで何をしていたのだ?」
ルカ、マイカがいたのは、ルカの家の書庫だった。ルカの家は村長の家ということもあり、なかなかの蔵書を持っている。以前、私がここで文字を学んだ……もとい学ぼうとしたときも、この書庫から本を借りてきたのだ。
「一応、勉強かな。ほとんどただの読書だけどな」
「あとお宝探し! こんだけ本があるからね、面白い本ないかなーって探してんの!」
「ほ、ほほう、それはそれは……けっこうな、ことだな」
嬉しそうに本を見せてくれるルカとマイカに、私はひきつった笑顔で応じた。
というのも、私は本が読めない。より正しくは文字が、だ。生来文字というものに触れてこなかったのもあり耐性がなく、少し見ただけで頭が回りそうになってしまう。せっかく年長組で遊ぼうと思ったのに、これでは……
「まあでも、シャイがいるなら別のことして遊ぼうか」
「だねー、どうする、なにやる? またメイクしてあげよっか?」
悩んでいると、ルカたちから嬉しい申し出があった。
「う、うむ、では……」
ほっとして申し出を受けようとして、はたと気付く。2人は私に気を遣ってくれたのだと。それも友人に対する気遣いというよりは……
『友達同士で遊んでいた時に、小さな子が混ぜてと言って来たので、それに合わせた遊びに変えた』。そんなストーリーがパッと浮かんでしまった。
そうだ、私ら3人で年長組だと謳ったはいいが、ルカやマイカにとって私は年下。肉体的なものだけではなく、精神的にも、どうも私を子供と見ているふしがある。
思えば村に来た当初、レアにとって『頼れる姉貴分』ポジションであるルカに嫉妬したこともあった。あれからいろいろあり、レアともすっかり打ち解けて忘れていたが……姉として頼れる存在であることを、諦める理由は今をもってない。
「シャイ? どうした?」
「だいじょぶ? おなかいたいん?」
「いや! 私は大丈夫だ! ぜひともここで、読書をして過ごそうではないか」
ここは姉としての矜持の見せどころ。しっかりとした所をアピールし、年長組として認められねばならん。
「シャイがいいならそれでいいけど、無理はするなよ?」
「うむ、何も心配はいらん。フハハハハハ!」
「そんじゃシャイたん、これオススメだぜー」
「うむうむ!」
かくして、私は再び、文字に挑んだ。
数分後。
「む、むむむむぅむむうむむむ……」
「シャイ、無理するなって、ほら休め休め」
「ぐぬぅ……」
幾千もの文字の羅列に打ちのめされ、私は書庫に置いてあった椅子にがっくりと座り込むのだった。
「あちゃー、やっぱダメだったか。ごめんねシャイたん、なるたけ簡単な本選んだんだけどね」
「やっぱり、急に読めるようにはならないさ。無理せず自分のペースでやりなよ」
「うむ……しかし、以前よりは格段に読めるようになったぞ……!」
未だ読破するには及ばないが、少しずつ文字というものがわかってきた。たしかな成長だ。生まれながら最強であった私にとって、成長というものは縁遠い。それゆえに、その味は格別だった。
「うんうん、偉いぞシャイ」
「えらいえらーい!」
「ぐぬ……子供扱いはやめてくれ」
「え? ああ、そうだったのか」
私の一言に、ルカは納得したように頷いた。
「急に本を読むなんて言い出すから、何事かと思ったら……私やマイカから、子供扱いされるのが嫌で、しっかりした所見せようと張り切ってたんだな。年少組が遊んでたから、さしずめ年長組でも結成しようとしたんだろ?」
「む、むむむ」
ルカは私のわずかな言葉で、ほぼ完璧に私の心情を言い当ててしまった。こういうところをレアも尊敬しているのだろう、やはり敵わない。
「でもなシャイ、私はお前を、すごくしっかりした奴だって思ってるぞ?」
「なに? そうなのか?」
「ああ、いつも堂々としてて、物分かりも物覚えもいいし、オリヴィンの仕事もきっちりこなしてる。村に来てまだそれほど日も経ってないのに、すっかり馴染んでるしな」
「シャイたんはカッコいいと思うよあたしも! 男のコっぽい? っていうか、まあなんかあれ、強い! ってカンジ!」
「そ、そうか……? そうか、そうか」
たしかに……思えば私は元魔王。この魔女の肉体はせいぜい15歳程度の娘だ、同年代の娘に比べれば、私の方がはるかにしっかりとしているのは当たり前。そしてそれを村の皆はちゃんと見ていてくれている。私が焦り過ぎていたのかもしれない。
と、私は安堵しかけたのだが。
「でもさ、それはそれとして、シャイたんってなんかカワイイよね」
「む?」
「ん、ああ……これ言ったら怒るかもしれないけどな……しっかりしてるのは本当なんだけど、シャイってどうも子供っぽいところがあるのは事実だな。いつも素直で、無邪気な感じがどうも、な」
「な、なんだと?」
「なんというか……かわいがりたくなっちゃうんだ。気を悪くしたらごめんな」
「えーでもシャイたんはカワイイよ! ほんとほんと」
「む、む、む……」
やはり、もっとしっかりしなくてはいけない。あらためてそう思ったのだった。
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