幕間 妹は
初めて会った時、綺麗な人だな、と思った。
ミネラルの村にはほとんどいない、金色の髪。小麦粉のような白い肌。透き通った水色の瞳。美人なお姉さん、そんな印象だった。
次に思ったのは、かわいい人だな、と。話すたび、元気よく動く眉と目と、子供っぽい笑顔。綺麗な顔立ちよりもずっと、その明るさ、無邪気さが目立っていた。
同時に、変わった人だな、とも思った。絵物語の中のような気取った話し方、男の人のような振る舞い、そして、思ったことを口にしてしまう正直さ。
でも、そんな人が自分の姉になる、そう知った時。
少しの不安と困惑と共に……それ以上に、嬉しい。そう思ったのは、たしかだった。
しばらく暮らして。
その姉は、初対面の時の印象そのままの人だとわかった。
ただし子供っぽさは、想像以上だったかもしれない。村で見るいろいろなことに目を輝かせて、思うがままに楽しんで。
でもどこか、大人びたところもあった。話し方もそうだけれど、行動のちょっとしたところに、強さというか、安定感というか……どっしりとした芯がある。そんな強さも感じた。
年の差なんて、あっという間に気にしなくなっていた。気付けば彼女は、自分の隣にいるのが当たり前になっていた。
家族になったんだ、そう思った。
だから……その正体を知った時は、ほんとうに驚いた。
魔王。悪い王様。自分にとってはほとんど絵物語の登場人物だけれど、その存在はマナミや、たまに村の外に出た時に聞いていた。
一度だけ、お母さんに魔王について聞いたことがある。その時のお母さんの顔をよく覚えている。辛さと、悲しさを、必死に我慢する、その顔は……お父さんについて聞いた時と、同じ顔だった。
大丈夫、レアが気にすることじゃない。もうすぐ、魔王なんて気にしなくて済むようになる。それがお母さんの答えだった。魔王について聞くことはやめようと、その時誓った。
でも……魔王が、お母さんを悲しませていて、それは、お父さんも関わってる。それだけは、なんとなくわかっていた。
だから自分にとって魔王とは、よくわからないけれど、怖い存在だった。
かわいい姉と、こわい魔王。すぐには理解できなかった。
魔王がどうやって女の子になってミネラルの村に来たか、という説明は、すべて本人の口から聞いたのに、それでも信じられなかった。
でも、あらためて思うと、納得のいくこともあった。あの絵物語のような話し方、子供っぽさの裏にある、たしかな強さ。
その夜は気になって、ほとんど眠れなかった。でも考えれば考えるほど……魔王、という言葉が、頭の中に染みついていった。
でも、それを知っても、最初はあまり変わらなかった。
魔王であるはずの姉は、ワッフルに飛び上がるように喜び。コーヒーの苦さに涙目になり。寝ぼけ眼で寝室に運ばれ。一緒に本を読みたいと必死に勉強して……
やっぱりあの夜のことは、夢だったのかもしれない。そうとも思った。だって、目の前の姉と、怖い魔王が、どうしても繋がらなかったから。
でもそんなとき。あの、熊に襲われる事件が起こった。
姉は……シャイは、魔法を使って、自分たちを助けてくれた。
でもそれと同時に、理解せざるをえなかった。巨大な熊を、森ごと一瞬で焼き払ったその力。それはシャイが、魔王だから、なのだと。
怖い。そう思った。ただしそれは、すぐそばに魔王がいることが怖いのではなく……
姉を、家族を失うことが、怖かった。
わかっていたはずの姉のことが、わからなくなった。何を考えているのか。何をするつもりなのか。
すぐそばにいるはずの姉が、ずっと遠くにいるように感じた。
いつか……次の瞬間にでも、どこかに行ってしまうのではないか。そう、恐怖した。
誰にも相談できず、ただただ不安だけが募っていた。
しかしあの日……シャイも、姉も、同じことを思っていたとわかった。
家族を失うことを、恐れていた。
やっぱり、シャイは、家族だった。
あらためて思うと、とても不思議だ。魔王が姉。こんなことになるなんて、夢にも思わなかっただろう。
でも……元魔王でも。
自分は姉のことが大好きだと、胸を張って、言える。
妹になれて、よかった。
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