第34話 抱かれし魔王
……マナミが長い語りを終えた後、しばしの沈黙が私たちを包んだ。
ニコルは目を丸くしてぽかんとマナミを見ている。
私も似たようなものだ、入ってきた情報の多さに目が回りそうだった。
「どうした我が子よ、仮にも親子の再会だぞ? 抱擁ならいつでも歓迎だが」
一方で、マナミは両腕を広げて私を待ち構え、「ん?」と得意げにのたまった。
「……正直、混乱している。急にあれこれ情報が……その、多すぎるし、信じられぬ」
「フハハハハ、無理もないか。今はとりあえず、私がお前の敵ではない、ということだけ信じてくれればそれでいい」
「むう……」
マナミの言ったとおり、親だとか先代魔王だとかはよくわからないが、マナミに敵意がない、というのは、信じていいかもしれない。もしそうでないなら、他にいくらでもやりようがある。こんな嘘をつく必要がない。
「ま、マナミさんは、魔王様のお母様だったのですか。じゃあ今は、私のお義母さんでもあることに……?」
「ニコル、貴様は黙っておれ。話がややこしくなる」
「フハハ、知らぬ内に子が増えるのも意外だが悪くないな」
「貴様も黙れ」
混乱していることもあり、完全にマナミのペース。私は調子を乱されていた。
というよりは、いきなり親だと名乗り出られても、どう接すればいいかわからない、というのが本音だった。喜ぶべきなのだろうか、だが信じていいかもわからないし、だいいちこれまで魔王として生涯を親なしで送ってきたのだ、今さら親など出てきても……
「シャイよ」
ふいに、マナミが私に語り掛ける。
「今、無理に全てを受け入れようとする必要はない。なんなら、今日聞いたことはすべて忘れてしまっても構わない。大事なのは今、お前がシャイとして生きていることだ。共に暮らしたい家族がいる、愛すべき友がいる。そうだろう?」
「む……」
すぐに浮かんだ、レアと、スピネルの顔。ルカ、マイカ、ルビィ、サフィ……ついでにニコル。
「言うなれば、お前がシャイとして生きるのに、出自も生みの親も些事でしかない。信じないならばそれでいい、私も今のお前に余計な横やりを入れまいと、これまで黙っていたのだからな。だからまずは……先に、仕事を終わらせようではないか」
そう言って、マナミがこちらへ歩み寄ってきた。
仕事と聞いて私はようやく本来の目的を思い出した、私はこの地に残留する転移魔法の残滓を除去し、村に平穏を取り戻すために今夜この地にいたのだ。
だが魔女の手で私にかけられた『転移魔法を禁ずる』魔法によりその目論見は失敗し、私はこの地を去る覚悟もしていたのだが……
マナミは、ぽん、と私の髪に手を乗せた。それは親に撫でられるようで、少しこそばゆいが、悪くない感覚がした。
「ふむ……なるほど、中々強力な封印が施されているな。さすがは魔女だ、魔法の技術においては目を見張るものがある」
言った後、マナミはニヤリと怪しく笑った。
「だが私ほどではない」
マナミが笑みを浮かべると同時に一瞬、淡い光が私を包み、すぐ消える。
「よし、転移魔法の封印は解除したぞ」
マナミは私から手を離して微笑んだ。
「ほ……本当か?」
「ああ、今さら嘘はつかない。なんなら試してみればいいさ」
「う、うむ……たしかに」
マナミに促され、転移魔法の魔力を練ったが、問題なくできた。どうやら本当に、魔女に施された封印が解かれたらしい。
これで、儀式を続行できる。この地に滞留する転移魔法の残滓を除去し、村の安全を確保して……私はまだ、レアと共に暮らせる。
マナミは真っ直ぐに私の目を見ていた。
「お前は魔王の宿命を負い、人為的に作られた。お前は気にしていないようだが、それは見ようによってはとても辛い宿命だ。ならばそれを負わせた私には責任がある」
マナミは微笑んでいる。その表情はかつてあの森で私と初めて会った時……いや再開した時、彼女が私に向けていた。慈愛の目と同じだった。
「そうでなくともシャイよ。お前は私の子だ。そして子が望む未来を守るのは、親の使命。たとえお前が、私を親と認めずともな」
マナミはそっとしゃがみ込むと、私を柔らかく抱きしめた。私はなんとなく、されるがままになっていた。
「この先お前は幾度も同じような危機に直面し、平穏を諦めかけるかもしれない。ならば私はお前を助けよう。お前は遠慮なく平穏を望めばいい、障害があれば私が取り除く。いや私だけではない、忘れるな、大勢の者がお前の味方であり、お前を愛しているということをな」
マナミに抱擁され、私の胸に何か温かなものが広がるのを感じる。知らず知らずのうちに、私はマナミを抱き返していた。
魔王という呪われた身である私が、この平穏を、諦めなくていいのだと……平穏を望んでもいいのだということ。心のどこかで私は危惧していたのだろう、その願望を、誰かから否定されやしまいかと。
無論、そんな否定など打ち破り、我が望む道を邁進する覚悟はあった。
だが……あらためて、私が望む道を肯定されて、私は何やら、暖かな気持ちに包まれたのだった。
少しの後。
「よし。これで散らばった魔力は全て回収できた」
「おつかれさまです、魔王様」
無事、当初の予定通り魔法除去の儀式は成された。ミネラルの村に訪れた……もとい、私が持ち込んだ、転移魔法暴走の事件は終息を迎えたのだ。
「してマナミ、お主これからどうするのだ」
「どうもしないさ、私は私、牧場の娘のマナミだよ。ただちょっと珍しい過去があるだけだ。お前と同じく、な」
「むう、そうか」
ちと回りくどい言い方をするマナミだが、要は素性を明かしたことで接し方を変える気はない、ということらしい。
「お互い気は遣っていこう。平穏な生活のためにな」
「うむ、それは無論だとも。だがまだお主のことを信頼したわけではないからな。今はひとまず、感謝はしておくが」
「うむうむ、それでいい。素直じゃない子もかわいいものだぞ」
「か、かわいいなどと言うな! 私の素性を知る者にそうは言われたくない」
「親が子をかわいく思うのは普通だろう? 本当にかわいいぞ」
「かわいいです!」
「調子に乗るな貴様ら!」
笑うマナミ、ついでにニコル。どうもマナミには調子を乱されっぱなしだ。
「重ねて言うが、私が親だということはあまり本気にせずともよい。お主の今の母はスピネルさんだからな。私のことは……第二の母、とでも思え」
「フン、言われるまでもないわ」
「ふむ、第二の母を否定せんということは、親ということは信じてくれたのかな?」
「なっ……だ、黙れ!」
実を言うと図星だった、確たる証拠はないが……なんとなく、このマナミが私と特別なつながりのある存在だとは、理屈抜きに納得しつつあったのだ。
だがそれはそれとして、このマナミのことはなんとなく気に入らない。明確に格上の相手、というのが初めてだからかもしれないが、何より……
「それとも欺かれたことが悔しいか? フハハハ、かわいい奴め」
「ち、違う! かわいいなどと言うな!」
どうも、何もかもこいつの手の平の上で踊らされている感じがして、腹立たしいのだ。
たしかにこいつは母親かもしれない。だが、あるいはだからこそ、遠慮はいらないだろう。スピネルには甘え、こいつは尻を蹴るくらいの感覚で付き合えば丁度いい。
「い、いいから帰るぞ! 夜風は冷えるし、何よりレアが心配しておるからな」
「そうですね、行きましょうか。お母様は?」
「私は自分の転移魔法で帰るから心配はいらない、それよりシャイ、風邪を引くなよ」
「わかっておる、母親面するでないわ」
私が転移魔法を使えるようになったので、もう山道を歩く必要はない。
私たちはそれぞれ魔法により、その地を去ったのだった。
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