第33話 告白されし魔王

 およそ100年前、私は魔界で生まれた。


 私が生まれた時、魔界は今よりも遥かに苛烈な環境だった。人間と魔族の戦争、敗者となった魔族の追放地としての魔界が生まれてからわずかに100年、極限の環境下で生き延びるため、奪い合い、殺し合うのが当たり前の世界。


 魔王というものは、その称号自体がなかった。魔界には、ただただ闘争があり、秩序も社会も何もなかった。


 私の両親……ダークエルフと淫魔だったのだが、両親はその中で、そう強力な魔族ではなかった。どちらかといえば奪われる側、簒奪者から逃げ隠れ、乏しい資源をなんとか確保し、必死に日々を生きる、弱者だった。


 私という命を育んだのは、ひとえに愛ゆえ。むしろ、極限の環境下だからこそ、本能的に、自らの血を残そうという意識が強まったのかもしれない。


 もっとも魔界で力なき幼子はそう長くは生きられない、より強き者に狙われ、糧とされるのがオチ。ゆえに血を残そうとするとは、逆に言えば、己らの生存を投げうってでも、次世代を残そうとする決意ですらあった。


 だが、ひとつの誤算があった。


 単なる突然変異か、魔力的にも物質的にも混沌とした魔界の環境がなんらかの変異をもたらしたのか、はたまた両親の、あるいは私の生存本能の成せる業か……理由は分からない。


 生まれた子、私は、強者だった。


 生まれながらに備えた莫大な魔力、それに見合うだけの頭脳。生後3日で言葉を解し、7日で魔法により会話する技術を覚えた。


 娘の性質を理解した私の親は……ある野望を芽生えさせた。


 それは私という天才を強く、強く育て上げ、この魔界の全てを蹂躙し、王とすること。自分たち家族が生き延びるために、私を育てあげると決めたのだ。


 幸いにも魔術に長ける種族であった両親は、私に様々な魔法を教え込んだ。そして私もまたそれに応え、魔術の知識をどんどん我が物としていった。


 魔界にいる他の魔法種族からも魔術の粋を吸収し……いつしか私は、魔界最大の魔力と、極限環境で磨かれた魔術の限りを得た、怪物となっていた。


 それからは簡単だった。持ちうる力を使い、敵を倒す。命は奪わず屈服させ、勢力をつける。この繰り返しだ。


 広い魔界を制するのに、時間こそ100年近くかかった。長い戦いの末に、魔界を平定できた。その間、家族の誰1人として欠けることなく、私は覇道を突き進んだ。


 やがて……魔界の全ては私に跪き、私は魔王となった。





 


「ふむ……? それがお前の出自か?」

「そうだが、なにか理解できないことでもあったかな?」

「いや、そうではない。わからんのは、なぜ今お前の出自を聞く必要があるのかということだ。私の話ではなかったか?」

「そう焦るな、必要があるから語ったのだ。まあ、続きを聞くがいい」

「ふうむ……」






 さて、私が魔王になってからだ。


 魔王になった時……正直、私はもう疲れていた。飽きていたといってもいい。


 魔界で生まれてからずーっと争いの中に過ごしてきた。はっきり言ってもう嫌だった、飽き飽きしていた。


 魔王となってからも一部の魔族は私の寝首をかこうとしているし、いつ暴れ出すかわからない危険な魔物もごまんといる……魔族の中には外の世界への憎悪を抱き、魔王軍を組織し侵攻しようなどという奴もいる。


 私が魔王となったのは何も力や権力が欲しいからじゃない。ただ、この魔界で生き延びるにはそれが最善だっただけ。


 私の両親も、子を魔王として得たかったのは富や権威ではなく、ただ家族で安心して暮らせる環境。私と同意見だった。


 いや親が私と同じ意見というよりは、私が親と同じ思想を持っていたのだろう……親と子は似るものだ。本当にな。フハハハハ……


 ともあれ、闘争の果てに私たちは気付いたのだ。


 望んでいたのは、平穏だと。


 私の魔法をもってすれば魔界を脱し、魔王の座を捨てることは容易い。しかしそれでは、魔王の座を狙う者が先代魔王の影を恐れ、私を探し出し、いずれ平穏を脅かすかもしれない。


 また、その懸念を加速させたのは、魔女と名乗る娘が魔王軍に加入してからだ。お前もよく知るあの魔女だ。


 瞬く間に魔女はその知略を持って魔王軍での地位を確かなものにし、魔王軍を率い、人間界への侵攻を始めた。そして、表面上は隠していたが、魔王の座を狙っているのも私にはわかった。


 その執念は異常だとすぐわかったよ。齢にして15にも満たない娘が魔王軍の幹部として堂々と振る舞って……魔術の才と優れた頭脳は勿論のことだが、何よりも人間への憎悪と、強い強い悪意がそれを可能にしたのだろう。


 仮に私が素直に魔王を辞したとしても、疑り深い魔女は私を警戒し、魔界の外に行こうとも命を狙ってくる。それは平穏ではない。



 そこで私は一計を案じた。魔女の矛先を逸らすべく、私以外の魔王を、自分で作ってしまうことにしたのだ。


 私は魔法技術の限りを尽くし、魔法合成生物……ホムンクルスを作り始めた。


 求めたのは強さ。私に匹敵するか超越するほどの圧倒的な強さと、王たる器。


 そのために私の血と、魔力の半分以上を抽出し、材料とした。さらには私の魂をも、分割し組み込んだ。私以上の魔力、それに伴う精神力、そして、魔法合成した強大な肉体を持った、真の魔王を我が手で生み出すことにしたのだ。魔女に隠れて作るのには苦労したがね。


 完成したホムンクルスを野に放ち、私はそれに殺されたと偽装する。そうすれば、先代魔王を下したさらなる強者として、魔族たちはこのホムンクルスを新たなる魔王として迎えるだろう。


 魔女はいずれ真相に気付くかもしれないが、それよりも新魔王の相手に終始し、私を追う余裕はなくなるはず。


 それに、奴が魂転換魔法ソウルコンバージョンの研究をしていることは知っていた。私を追うよりも、この強大な魔王の肉体を手に入れることに心血を注ぐだろうし、うまく手に入れたなら、もはや先代魔王を恐れることもあるまい。


 肉体の生育に実に10年の歳月を要したが、やがて成果は出た。


 完成したホムンクルスは、私を上回る魔力に私と似た人格、そして私とは比べ物にならないほどの巨大で、強靭な、いかにも魔王といった具合の肉体をした存在。私はそれに、強大な悪魔を意味するシャイターンという名を与えた。


 そう、それがお前だ。


 あとは簡単だ、お前に最低限の記憶のみを与えて野に放ち、配下の魔族がお前を見つけ、手に負えないと報告してところを私自らが出陣。そしてお前に殺されたように偽装を施して、家族ともども魔界を去った。


 あとの顛末はお前も知る通りだ、魔界は再び闘争に陥りかけたが、お前という圧倒的な強者を前に、また魔王の座のもとに統治された。


 これがお前の、魔王シャイターンの出自だ。





「なんと。私は、ホムンクルスだったのか」

「おや、意外に冷静だな」

「まあ、元より自分の生まれなど気にしたことがないからな。だいいち今は肉体も人間のそれだし、私は私、それ以上でもそれ以下でもない」

「そうか……私が思うよりも、お前は……」

「む?」

「なんでもない。ではあと少し、最後に今ここへ至るまでの顛末を語ろうか」




 


 私たち家族は外の世界に出て、魔界から遠く離れた辺境の地へ辿り着き、平穏を手に入れた。人間の姿になる魔法を使い、人間の社会について学びつつ、潰れかけた牧場を引き取り、生活を始めた。1年経ち、2年経ち、人間界にも馴染み、牧場経営も軌道に乗ってきた……私がお前と再会したのはそんな時だった。


 初めに感じたのは転移魔法の気配だった。驚いたものさ、魔法の存在すら危うい辺境で、強い魔法を感じたのだから。


 たまたま森で採集をしていた私は、その正体を見極めようと馬を走らせたのだが……警戒のあまり、普段は抑えている魔力を漏らしてしまい、それを敏感に感じ取ってしまった馬が暴れ出したんだ。動物は感性が鋭いからな。


 力ずくで鎮めてもいいのだがそれでは馬にストレスがかかるし、どうしたものか困っていたら、お前が現れて馬を止めた。一瞬だが、強い魔力……私のものと同質の魔力を使って。そして、かつて垣間見た魔女の素顔で。


 そしてお前と話している内に、私は悟ったんだ。目の前にいる少女こそがあの魔王シャイターンであり……そして魔王シャイターンは、私の子だということを。


 お前を生み出すとき、持った魔力に精神が耐えうるよう、そして有り余る力で暴虐に振舞わぬよう、人格の核として、私の魂を分割して与えた。おそらくはそれが理由だろう。


 私の血を分け、そして魂を分け与えて生まれたお前は、私によく似ていた。魔王として君臨しながらも、闘争に飽き、平穏を求めた。


 親と子は似るもの。お前は、私の子だったんだと、その時初めて、私も気付いたのだ。


 それに気付くと、なんだかお前が愛おしくなってな。同じ境遇の親近感か、はたまた親心か……捨て駒として生み出し、魔界へ放り出しておきながら、勝手な話だが……


 ともあれ、私はお前を助け、望む平穏を手に入れられるよう、補助することに決めた。


 私はお前をミネラルの村へと案内し、オリヴィンへと紹介した。お前が村へ溶け込み、平穏を掴んでいくのを嬉しく思っていたよ。


 だが私は親としては失格もいいところ。お前が平穏に暮らせるならそれでいいと、下手に名乗り出ていらぬ猜疑心を与えたり、オリヴィン家との関係に楔を打つだけになっても困る、そう思い、できるならば正体はずっと隠しておくつもりだった。





 だがその矢先、この異変、空間の歪みが生まれた。


 私も影ながら、解決のため奔走した。だが私を上回るお前の魔力によって引き起こされた災害、そう簡単には片付けられず、せいぜい現れた魔物を転移魔法で強制送還する程度。


 お前に心配を与えぬよう、気付かれるより早く対処していたつもりだったが、二度ほど失敗し、結果的に余計な心労を与えたようだ。すまなかった。


 そして今夜、魔法除去の儀式を見守っていたのだが……何やら問題が起きたようなので、首を突っ込ませてもらった。


 正体を隠したまま助けたとしても、不審な人物に対する不安がお前の胸にずっとこびりつく。平穏に影を落とすのは本意ではない。


 なので……こうして、全てを語った。




 これが私、マナミの正体。そしてお前の出自。


 お前は、私の子なのだ。

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