第30話 生成せし魔王
次の日の夜、レアの部屋にて。
ニコルを呼び出し、隠蔽魔法を使ったうえで(今度はちゃんと部屋に自分たち以外誰もいないか確認した)、私はニコルに顛末を語った。
「じゃあ、レアちゃんも魔王様が魔王様だって知ったんですか!?」
「はい」
「といってもだから何が変わるというわけではないがな。今日の日中も、レアは驚くほどいつも通りだった」
「シャイさんがいつも通りでしたからね、今日もかわいいシャイさんでした」
「わあ、馴染み方すごい……レアちゃんさすがですねえ」
やはりというべきか、魔王だと知られても私たちの関係が変わることはなかった。魔王だと知ろうと知るまいと、今私はシャイで、レアはレア、そこになんの違いもない。
「さて、あらためてになるがレアよ、このニコルは魔王だった頃の私の配下だ。無論、私が魔王であったことも知っておる」
「そうだったんですね。じゃあ、お姉さんというのも……?」
「うむ、まさか我が配下とも言うわけにもいかず、咄嗟についた嘘だ」
「やっぱり」
ニコルについて教えると、レアは安心したと言いたげに息を吐いた。
「まあでも、今後も私の正体をレア以外には隠す以上、姉として通すことに変わりはないが」
「そうですか……」
そう告げると、今度は一転して落胆の色を見せる。どうもレアは子供っぽい独占欲に走るところがある。レアにとってニコルは、私が魔王であると知る唯一のライバルというわけだ。
「レアちゃん」
そんなレアにニコルが歩み寄る。そして、思わぬことを言い出した。
「私だって魔王様に全てを捧げると誓った身。魔王様は、シャイちゃんは私の妹、渡しません! 負けませんよ!」
なぜか宣戦布告。100歳以上も年下の幼女に何を言っているのだこいつは。
「望むところです。シャイさんは、私のお姉ちゃんですから」
レアもなぜか受けて立つ。自信ありげな笑みすら浮かべていた。
愛されるのはありがたいことだが、なんだか面倒なことになりそうな気もした。
ニコルのことはそこそこに、私たちは本題に入った。
昨晩の元々の話、『レアの髪飾りを借りる理由』についてだ。
「……というわけで、その魔法薬の精製に、レアの髪飾りについた宝石が必要なのだ」
私は私が魔界に来た経緯から、転移魔法の暴走、魔物の出現、その除去計画に至るまでをレアに説明した。
「なるほど、状況は分かりました」
複雑な話だが、レアは存外そんなり飲み込んでくれた。元々、私とニコルの会話を盗み聞きしていたレアは魔界に来た経緯までは知っていたのもあるだろう。
そうでなくともレアは利口な子。下手をすれば私より賢いかもしれないくらい……いや、さすがにそれはない。ないとも。
「そういうことなら、お貸しします」
レアはあっさりと髪飾りを差し出してくれた。父親の形見の髪飾りを、だ。
「よ、よいのか? 本当に」
「はい。髪飾りが壊れたりするわけじゃないんですよね?」
「う、うむ、それはそうだが」
「なら大丈夫です。シャイさんを信じてますから」
「レア……!」
やはりあの夜を越えて、私たちの絆は一層深まったようだ。
「なんかずるいですね」
「水を差すなニコル。ともあれ、レアの髪飾りがあれば、準備はできるのだな?」
「はい! あらかじめ、精製前の液体は十分な量揃えてあります」
ニコルは懐から青色の液体が詰まった瓶を取り出した。この液体に、レアの髪飾りの宝石を入れれば、魔法薬の粉末が自然に分離して取り出すことができるという。
「あとは触媒になるものを入れるだけです。一時間もかからないかと」
「白金なら1年かかるものがか。それはすごいな」
「触媒ってそういうものですから、レアちゃんの宝石のサイズもすばらしいですしね、なかなかないですよこのサイズは」
「重ねて聞くが、本当に宝石に影響はないのだな?」
「はい! ただ反応を起こしやすくするだけなので」
こと魔法に関して、ニコル以上に信頼できる者はいない。レアが信じる私が、ニコルを信じているから、レアは髪飾りを渡してくれたのだ。
「よし……レア、髪飾り、拝借するぞ」
「はい、どうぞ」
意を決し、レアから形見の髪飾りを受け取る。宝石を支える金属部分の素材にこだわっているのか見た目よりは軽いが、宝石の質感はやはり特別なものを感じた。
「ニコル、精製に特別な技術はいるのか?」
「いえ、反応を起こすだけなので、ただ宝石を入れるだけです。取り出すときにゆっくり取り出す必要はありますけど」
「では瓶を貸せ、私がやる」
ニコルから青色の液体の詰まった瓶を受け取り、蓋を開ける。せめて私自らが作業するのがレアへの礼儀というものだろう。
「では……行くぞ」
私はゆっくりと、レアの髪飾りを、青い液体の中に投じた。ぽちゃん、と小さな音とともに、髪飾りは見えなくなる。
その瞬間、液体がほのかに輝き始めた。
「急激に反応が起きるので、余分な魔力が光となって放出されるんです。この光が収まったら取り出します」
「なるほど……ではその間、ただ待てばよいのか」
「はい! 私、都でトランプ買ってきたので、みんなで遊びませんか?」
「相変わらず妙なところで用意がいいなお主は」
ともあれ、ただ待つというのも退屈だ。ニコルの提案に乗り、私たちはベッドの上でトランプをしながら、反応を待つこととなった。
「はい、あがりです」
「ぐああああああ~~~っ!」
およそ1時間後。
実に10度目の敗北を喫した私の悲鳴がこだました。
「おのれ……よくぞ我を倒したな……だが我を倒そうと第二第三の魔王が……!」
「ババ抜きで討伐される魔王ってなんなんですか」
「あ、お2人とも、瓶を見てください」
寸劇もそこそこに、ニコルに促され、テーブルの上に置いておいた瓶を見る。瓶を包んでいた光が収まっていた。
「光が……ということは」
「はい、反応終了です」
ついに、薬が出来上がった。
私はいそいそと瓶に向かった、できるならなるべく早く、レアに髪飾りを返してやりたい。
「魔王様、そーっと、そーっとです。そーっと取り出すんですよ、でないとせっかくできた結晶がまた液に溶けちゃいますから」
「わ、わかっておる」
私は元の肉体の都合上、あまりこういった細かい作業は得意ではない。だがこれは、私自身の手でやりたかった。
液体はいくらか嵩が減っており、髪飾りの金属部分がちょっとはみ出ている。おそるおそる、そこをつまんだ。
「シャイさん、がんばってください」
「そーっと、そーっとですよ!」
レア、ニコルの応援を背に受けつつ、私は慎重に作業に入った。
「そーっと……そーっと……」
言い聞かせながら、ゆっくりと持ち上げていく。すると、液体から現れたのは、宝石の部分がびっしりと白い結晶に覆われた髪飾りだった。
それを、あらかじめ隣に用意していた皿にコトリと置く。ふーっ、と、息を吐いた。ここまで緊張したのは初めてだ。
「やりましたね魔王様! あとはこびりついた結晶を落せば完了です、ちょっと叩けば簡単に粉になりますよ」
「う、うむ」
ニコルに言われたとおり、こんこんと軽く結晶を叩いてみる。すると本当に、白い結晶はたやすくばらばらと砕け、粉になって皿に落ちていった。
あとはそれを宝石から結晶が無くなるまで繰り返す、魔女の非力な体がありがたかった。
「……よし! 完璧だ」
やがて、白い結晶は全て取り除かれ、赤褐色の宝石が全容を露わにした。液体につける前から、形も色も一切変わっていない。
「お疲れ様です魔王様、魔法薬は私が保存しておきますね」
「シャイさん、お疲れ様です」
私を気遣って遠巻きに見守っていたニコルとレアが歩み寄る。ニコルは用意していた皮の袋に、皿の上に山になっていた粉薬を詰めていった。
「うむ、レアこそ、髪飾りを貸してくれてありがとう。約束通り宝石は無傷だ、今返す」
「ありがとうございます」
レアが髪飾りを受け取る。私は信頼に応えて、宝石をそのまま返せたことに安堵していた。
……が。
「……あっ……」
髪飾りを見つめ、レアが眉をひそめた。ドキリ、と私の胸が鳴る。
「ま、まさか宝石に異常か!?」
「いえ、宝石は大丈夫です。そのままです。ただ……周りの部分が」
「周りだと? ど、どれ」
テーブルに置いていたランプを持ち上げ、髪飾りに近づけてみる。照らされたところを見れば、一目瞭然だった。
宝石を支える金属部分、本来は灰色をしていたそこが、青色に染まっていたのだ。
「青く、なってますね……」
「なっ……に、ニコル! どういうことだ!?」
「あっ……こ、これは……」
ニコルが、すごい勢いで頭を下げた。
「す、すみません~~~っ! 宝石のことばかり考えてて、周りの部分のこと、かんっぜんに失念してました! 魔法薬の色素が金属に定着しちゃったみたいです……ほ、ほんとに、申し訳ありません!」
このポンコツエルフ! 怒鳴りつけたい気持ちだったが、私は何も言えない。金属の変色の可能性を考えなかったのは私も同じ、何よりニコルを信じて髪飾りを任せたのは私なのだ。
「す、すまぬレア。約束をたがえてしまった……な、なんと詫びをすればよいか……」
私もレアに頭を下げる。父親の形見の品を別物にしてしまったのだ、謝って済む話ではない。何より、私を信頼して任せたレアを裏切ってしまった。合わせる顔がない……
そう、思っていたのだが。
「ふふふっ」
レアはなぜか、笑った。
「いいです、大丈夫です。髪飾りがなくなったわけじゃないですし、お父さんが選んでくれた宝石が、一番大事でしたから」
「し、しかし……私はお前の信頼を、裏切ってしまった」
「気にしないでください、シャイさんがちょっとドジなのは知ってますから」
「うぐ」
そう言われては何も言えず口をつぐむ私。それを見てレアは楽しそうに笑い、さらに続けた。
「むしろ、ちょっと嬉しいんですよ」
「嬉しい?」
「はい」
レアはいつものように頭に着けて、愛おしそうに髪飾りを撫でる。
「これで……この髪飾りは、お父さんと、シャイさん、2人が作ってくれたものになりましたから」
そう言って微笑んだレアに、私は全て救われたような気分になるのだった。
「レア……すまぬ、そして、ありがとう」
「あ、でもやっぱり約束破ったのはダメですね。あとで何かお願い聞いてもらいます」
「え?」
「お姉ちゃんなら、埋め合わせくらいしてください。いいですね?」
「まったく、したたかな奴め」
なにはともあれ、レアが満足そうなので、私も安堵するのだった。
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