第28話 追及されし魔王

 『素材が足りない』。ニコルからそう連絡があったのは、約束の7日目のことだった。






 夜、実際に会って説明したいというニコルの待つ森へ、また部屋を抜け出してやってきた(レアの腕はなんとかすり抜けてきた)。


「素材が足りないとはどういうことだニコル」

「申し訳ありません~! 準備すると約束したのにこの体たらく……」

「謝罪はいいから説明しろ」


 もとより自分の尻ぬぐいの準備をやらせている身、大きなことは言えないが、計画が狂うのは非常に困る。


 私の転移に伴うミネラルの村周辺への転移魔法の滞留、それによる魔物の転移の暴発。これを解決しない限り、私は平穏な生活を送れない。


「はい……今回の魔法除去に必要な素材は3種類でした。ひとつはこれ、魔法の目印となる術式が刻み込まれた杖が5本、これはもうあります。そして魔法の媒介となる粉薬、それを作る材料の魔法キノコと魔法木の実。こちらです」


 地面に置かれた5本の杖。私の手よりも小さな、怪しい水色を帯びたキノコと緑色の木の実。


「素材、揃っているではないか」

「いえ、問題はここからなんです。こちらのキノコと木の実を薬にする過程なんですけど……」


 ニコルは小さな陶器の皿と棒を取り出すと、皿の上にキノコ・木の実を入れ、棒で押しつぶし始めた。と同時に火炎魔法で焼いていく。


「火で熱しながらすり潰していきます。いずれも、水分が飛んでサラサラになるまでです」

「まるで料理のようだな」

「できあがったものがこちらになります」


 ニコルはまた別の皿を取り出した。用意がいいのは結構だが、努力するところを間違えているような気がする。


 皿の上には、水色と緑色がマーブル状に混ざり合った粉が乗せられていた。


「次にこれを水に溶かします。すると、このように青色の液体になります」


 またまた別の皿。しかも液体。その労力で素材を準備できなかったのか? と聞きたくなるが、ひとまずは説明を聞いておく。


「そしてこの液体に白金の棒を入れておくと、白金に白い粉が付着します。その白い粉が薬、完成です」


 と思ったら、今度は何も取り出さなかった。


「なんだ、完成したものはないのか」


 せっかくなので見てみたくなり聞いてみる。すると、途端にニコルの歯切れが悪くなった。


「その……この、白金を入れて粉を付着させる工程なんですけど……これ、かなり時間がかかるんです。一応、素材が集まった3日前からやってみてるんですけど……」


 やっぱり、ニコルはまた懐から取り出した。ただし今度は皿ではなく、瓶。


 しかし、とてもとても小さい瓶だ。虫一匹すら満足に入らないような、私の小指くらいのサイズの瓶。


 そこに、白い粉が入っていた。


「3日間で採取できた薬の全てが、これです」

「こ……これだけか?」


 小さじ一杯分もない、白い粉。塩だったらしょっぱさを感じることすらできないであろう量だった。


「まあ事情は分かった、調合の時間を計算に入れてなかったというわけだな」


 素材が足りない、とは、粉薬の量が足りないということだろう。


「はい、申し分けありません……なにぶん書物で存在は知ってても、作るのは初めてな魔法薬だったので……」

「それで、いつなら準備が間に合うのだ」


 幸い、魔物による事故はまだ起きていない。あと数日程度だったら村人を守り切れるだろう。


 が、ニコルはとんでもない時間を口にした。


「1年です」


 はあ!? と、思わず、驚愕の声が漏れる。1年だと!? 冗談ではない、いくらなんでも長すぎる。


 私の反応を予想していたのか、ニコルは泣きそうな顔で弁明した。


「必要な量が多すぎるんです~! 散らばった魔王様の魔力は村周囲どころか山一帯まで至ってますし、それら全てを除去するには魔法薬もかなりの量が必要で……キノコと木の実は簡単に集められるんですけど、肝心の調合が、必要量に達するには遅すぎるんですよ~!」

「ぬ、ぬうう……」


 ニコルの魔法技術に関しては信頼を置いている、そのニコルが言うのだから無理なものは無理ということなのだろう。だが、かといって諦めるわけには……


「で、でも大丈夫です! 実はちゃんと、別の方法があるんですよ! それを魔王様にお願いしたくて、お呼びしたんです」

「なんだ、それを早く言え。この一件の解決のためなら、私の手も足もいくらでも使うがよい」


 私は安心した、てっきりニコルでもどうしようもないのかと思ったが、単に魔王と配下という関係上、ニコルの奴が私を利用するのをためらっていただけらしい。


「元よりこの一件は私が起こした不始末、私自身で解決するのが筋ですらある。なんなりと用を言いつけろ」

「は、はい。では、恐れながら……」


 だが、そうしてニコルが言い出したのは、とんでもない用事だった。





 うーむ、どうしたものか……


 ニコルに言いつけられた『仕事』に頭を悩ませながら、私は窓から部屋に戻った。


 するとその時。


「おかえりなさい」


 と、声をかけられたので、飛び上がりそうになった。


「レ……レア!? 起きていたのか」


 レアがベッド腰かけ、私をじっと見つめていたのだ。ランプだけで照らされたレアの顔は、いつも以上に感情に乏しく見える。それに、声の調子が……


「どこに行っていたんですか、こんな時間に」


 冷たく問い詰めるような声色、ランプの灯にぼやりと照らされた、私を睨む目。


 怒っている。レアは、怒っている。おそらくは一緒に寝ていたはずの私が、いつの間にか消えたことに。


「い、いや、ちと夜風に当たりにな……フハハハ……」


 誤魔化そうとした言葉が、レアの圧力に負け尻すぼみになった。


 私は大いに焦った。きっと、レアは寂しい思いをしたに違いない。夜、ふと目を覚ますと、隣にいたはずの姉がいない。それは父親の件から家族を失うことを恐れるレアにとってどれほど不安だっただろうか。


「そ、そう! ニコル、実はニコルに誘われてな、夜の散歩を……あやつは森が好きだから、フハハハ……」


 咄嗟にニコルを出しにしてしまった。レアの怒りの矛先をニコルに向けよう、という矮小な企みであったことは言うまでもない。許せニコル、埋め合わせは必ずする……


「また、ニコルさんですか」


 が、ニコルの名を出した途端、レアの表情に一層の圧が増した。しまった、ニコルの名を出したのはまずかったか。


「す、すまぬレア! 勝手に抜け出したりして……」

「謝るより、説明してください。森で何をしてたんですか」

「だ、だからその、散歩だと……」

「ほんとですか。ほんとに、ほんとですか」


 淡々と、それでいて重圧たっぷりに問い詰めてくるレア。およそ幼女とは思えない迫力だ。というか魔王たる私を圧倒しているのだから、事実上魔王レベルの圧といえる。


「え、え、えーとだな……」


 なんとかごまかさねば、はっきり言って私はパニックになっていた。頭にあれこれ考えが浮かんでは消える。早く何か言わねば、早く何か言わねば。


 ゆえに私はつい、その時まで私の頭の大部分を占めていたこと……ニコルからの仕事のことを、口走ってしまった。


「その……レアよ、お主、髪飾りをつけておるよな」


 意外な話題だったのか、レアも一瞬、驚いたように目を見開く。だがすぐに怒りの圧モードへと戻った。


「はい。これですね」


 レアはベッドのサイドテーブルへと手を伸ばし、それを持ち上げる。


 ランプで照らされたそれは、レアがいつもつけている、赤褐色の宝石があしらわれた髪飾り。宝石の削り方はあまり綺麗ではなく、髪飾りの部分もさほど上質ではないが、レアはこれを寝る時にしか外さず、寝る時もすぐそばに置き、肌身離さず持っているものだ。


「そ、それは、いつから持っているのだ?」


 私の問いかけに、レアはじとっと怪訝そうに見返してくる。今なんの関係があるんだ、と言いたげだ。


 だがやがて、ぽつりと話し始めた。


「これは……私がまだ赤ちゃんだった頃、お父さんがくれました。ミネラルの村では女の子に、宝石をお守りとして持たせる風習があります。私が生まれたのは村の外だったそうですけど、お父さんは風習にならい、私が元気に育つようにって、手作りしてくれたそうなんです。この宝石、お父さんが偶然お仕事でもらった、とっても貴重なものなんですって」


 レアは語りつつ、宝石をなでてほほ笑んだ。私への怒りも薄れるほど、その髪飾りに思い入れがあるのだろう。いわば父親の形見なのだから、当然といえる。


「それで、この髪飾りが、何か?」


 宝石から目を離し、私を睨んだレアがあらためて問い返す。


「その、だな」


 私は言葉に詰まった。とてもとても言い辛いことを、言わねばならない。


「その髪飾り……貸してくれぬか?」


 レアが目を丸くする。私は慌ててまくし立てた。


「に、ニコルがな、熊よけの魔法を使うのに、その宝石が必要らしいのだ! 別に宝石がなくなるわけではない、触媒というらしくてな! た、ただあるだけでよいのだ、宝石は塵ほども欠けん!」


 そう、ニコルが私に頼んだ仕事とは、レアのこの髪飾りを持ってくることだったのだ。


 曰く、レアがつけている髪飾りの宝石は、レアも言った通り貴重なもの。といっても装飾品としてはさほどの価値はないが、魔力的に特殊な性質を持ち、さきほどの魔法薬を作る過程で、白金の代わりにこの宝石を使うと、なんと数百倍ものペースで薬が作れるというのだ。触媒、とニコルは言っていた。


 宝石がなくならないというのも嘘ではなく、ただ粉薬をくっつけて集めるために宝石を使うだけでいいらしい。だが一定のサイズは必須で、レアの髪飾りほどのサイズの宝石はとても珍しいのだという。


 だから今、なんとしても髪飾りが必要なのだ。


「シャイさん……いくらシャイさんでも、それは……」


 が、さすがのレアも、父親の形見をよこせと言われては渡してくれない。レアはニコルのことを信頼してないのもあるし、そもそも今は怒っているのだ。ごまかすことばかり考えて咄嗟に口走ってしまった私の失態だ。


「た、頼む、レア!」


 だが私とて必死にならねばならない。膝をついて、レアに頼み込む。


「どうしても、その髪飾りが必要なのだ。ただ一度、ただ一度だけでいい、今だけはニコルを……いや、私を、信じて欲しい! 頼む!」


 図々しいとはわかっている。だが今は、私を姉と慕うレアの心を利用してでも事を成さねばならない。私たちの、ミネラルの村の……レアの平穏のためにも。


 だが。


「信じて、って……ふざけないでください!」


 突然、レアは立ち上がった。


「シャイさんこそ、私をぜんぜん、信じてくれないじゃないですかっ!」


 レアからの、本気の怒号。あまりのことに、私は言葉を失った。


 ふーふーと息を荒げながら、レアはさらにまくし立てた。


「夜出て行ったことも隠してた! ニコルさんとのことも隠してた! 今だって、熊よけなんて嘘です! シャイさんは、ぜんぜん、私にほんとうのことを言ってくれないっ!」

「レ、レア、それは……」

「家族になれたと思ったのに。お姉ちゃんだと思ったのに。私はシャイさんを、信じてたのに。シャイさんは私を……信じて、くれないっ!」

「違うレア、私はけして、お主を信じてないわけでは……」

「だって!」


 レアは涙を流しながら、言い放った。


「シャイさんは……魔王だから……っ!!」

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