第27話 牙磨く魔王
コランド医院はミネラルの村の中心付近にある。
二階建てで、一階は大きな待合室と2つの診察室、奥に2人分の入院用ベッド。二階がコランド家の生活スペースとなっている。
コランド夫婦は夫婦揃って医者で、夫が外科、妻が内科を担当している。本格的な治療に限らず、日々の健康管理のアドバイスや健康診断も頻繁に行っているので、コランド医院には村人たちが足しげく通っている。
村長の麦畑に並び、コランド医院は村人にとって重要な場所なのだ。
といった説明を道すがら受け、私は双子とレアと共に、コランド医院へとやってきていた。
医院の中に入ると、長椅子のある部屋がまずあった。どうやら受付らしいが、今は無人だ。
「ママ、ただいまー!」
「患者さん連れてきたよ~」
双子が元気よく挨拶すると、すぐに足音が近づいてきて、奥に続くであろうドアが開かれた。
「おかえりなさい、早かったわね」
現れたのはスピネルと同年齢くらいの女、真っ白いエプロンをつけている。双子の母親、つまりこの医院の医師だ。
「あら、患者さんってレアちゃん?」
「いえ、私は付き添いです。今回はこちらの」
「お初にお目にかかるな、私の名はシャイ! 少し前よりオリヴィンの一員となった者だ」
「ああ、あなたがシャイちゃん、噂は聞いてるわ。噂通り、たくましい子ね」
「うむ!」
褒められて悪い気はしない、この時点で私は気に入った。
「それで、症状はなに? その元気さだとお腹痛いわけでもなさそうだけど」
「それがねママ」
「シャイちゃん、病気かもしれないの~」
「ふむ……とりあえず診察室においで、ちょうど開いたところだから」
そう言って、双子の母はまた奥へと消えていった。
「……シャイさんって、ちょっと褒められるとすぐ笑顔になりますよね」
「む? そ、そんなに表情に出てたか?」
「はい」
「シャイちゃんわかりやすいよねー」
「そこがカワイイね~」
「お、お主らに言われたくはないわ!」
レアもそうだが、ちびっこ達にからかわれえるのはどうもこそばゆい。姉だぞ私は。
「それでどう、サフィたちのママ!」
「きれいでしょ~?」
「む、うむそうだな。美人であった」
私が正直に感想を述べると、双子たちは目に見えて喜んでいた。
「でしょでしょ! パパもかっこいいんだよ!」
「こっちにいるから見に行こ~」
どうやら両親が大好きらしい双子が、当初の目的を忘れ別の部屋へ私を引っ張って行こうとする。
が、そこに、
「コラあんたら! シャイちゃん患者さんなんでしょ、遊ばないの!」
と、奥の部屋から母親の叱りの声が飛ぶ。はーい、と双子も笑顔で応じた。
こうして見ると、同じ母といってもスピネルとはまた違う印象だ。スピネルはあまりレアや私を叱るということはしない、豪快に笑い飛ばすか、冗談めかして問いかけるくらいだ。対して双子の母は、慣れた口調で双子を叱る辺りが、なんというか、母という感じがした。スピネルが母ではないという意味ではないのだが、スピネルは時折、母というより……
「レアちゃんシャイちゃんも、早くおいで。他の患者さん来ちゃうかもしれないから」
私たちも分け隔てなく叱られてしまったので、慌てて診察室に入った。
診察室の患者用の椅子に座り、双子の母と対面する。レアらは壁際にあったベッドに並んで座っていた。
「いきなり胸が痛くなるの?」
「痛いのもそうだが、苦しい……特に熱い、というのが正確だ。体内を燃やされるように感じる、立っていられないほどだ」
「それはまたすごいわね……頻度は?」
「4~5日に一度、といったところだろう。測ったわけではないがな」
「5日か、短いわね」
私が言ったことを逐一メモしていく双子の母。珍しい白い紙と硬筆を使っている。
「ちょっと、胸を出してもらってもいい? 音を聞くの」
「あいわかった、ほれ」
言われたとおり、私は服をまくって胸を露出させた。
「シャイちゃんは抵抗ないのね、いやがる子もけっこういるんだけど」
「む? まあな」
魔王だった頃はほとんど服など着ていなかった、今更裸くらいどうということはない。
「私はもうちょっと恥じらいを持って欲しいと思いますけどね……」
「そうよシャイちゃん、年頃の女の子なんだから! 下着もつけてないじゃない」
「む、む?」
レア、そしてなぜか双子の母からも突っつかれ、私は思わずたじろぐ。というか医者なら抵抗される方が面倒ではないのか。
「っと、医者が言うことじゃなかったわね、ごめんなさい」
双子の母もそう思ったのか、すぐに謝罪してきた。どうやら医者というよりは母親としてつい言ってしまった、ということらしい。
「さて、じゃあ聴診ね。ちょっと冷たいわよ~」
双子の母は診療室の机から、末広がりの形をした筒を取り出した。草を焼いて作っているようだ。
それを私の胸に押し当て、反対側に自らの耳を付け、音を聞き始める。
「……う~ん、胸に異常はなさそうね」
だが特に収穫はなかったらしく、すぐに離れた。私も服を元に戻す。
「何か他に心当たりはない? 痛くなる前に何かしてた、とか」
「前にか……これといっては特にないな」
「あ、そうそうママ、シャイちゃん魔法が使えるんだよ!」
「魔法? ふむ」
魔法と聞き、双子の母が考え込む仕草を見せる。真剣な、医者の顔をしていた。
「本で読んだことはあるわ、魔術師は魔力に起因する病気にかかることがたまにあるって。ひょっとしたらシャイちゃんの病気も、それかもしれない。でもそうだとしたら、ここじゃちょっと治療できないわね……」
「やはりそうか、まあよい」
元から治療を期待していたわけではない、あの魔女ですら治療できなかった病だ、無理もなかろう。
「ごめんなさいね、力になれなくて。せっかく頼ってくれたのに」
「気にするな、治せる病ならばとうの昔に治しているだろう。私はこの病のままでも生きていくつもりだ」
私は胸を強く叩き、健在をアピールした。たかが数日に一度の苦痛、魔界での闘争の日々に比べればそよ風のようなものだ。
「本当に大丈夫ですかシャイさん? もう少し診てもらった方が……」
「お主は心配しすぎなのだレア、この姉を信頼するがいい!」
なおも不安そうなレアに対しても安心させてやろうと、またドンと胸を叩く。
「ぐ、あたた……」
が、力加減を誤り普通に痛かった。
「これだから心配なんですよ、もう」
「面白い子だねほんと」
とその時、そうだ、と、双子の母が手を打った。
「胸の痛みとは関係ないんだけど、さっき診察した時に気になったことがあるの。それだけ治療させてもらってもいいかな?」
「なに? 望むところだ、ぜひ頼む」
魔女の肉体、まだ何か異常があったのか。治療できるならば当然やってもらいたい。
「それじゃ、失礼して……」
そう言うと、双子の母は私の手を引き……
少しして。
「あが」
私は仰向きに寝転がり、大きく口を開けていた。診察室のベッドの上、そして、双子の母の膝枕の上だ。
「ほら、こっちにも磨き残しがある。食べカスは思ってるよりしぶといから、しっかり力入れてこすらないと」
「あがが」
双子の母は、植物を加工して作ったブラシで私の歯をゴシゴシと磨いていた。このブラシはオリヴィンにもあり、私もスピネルに言われ、食後はこうして歯を磨いていたが、足りなかったようだ。
「歯磨きは舐めちゃだめだよ、昔は歯磨きの習慣がないせいで何万人も病気になって死んだんだから。健康はまず歯から、覚えておいて」
「あがあが……」
口を大きく開けて膝枕され、歯を磨かれるのは正直恥ずかしかった。
「サフィたちも、歯磨きのあとはママに仕上げしてもらってるんだー」
「さっきご飯食べたから、ルビィたちも歯磨きしないとね~」
ベッドからどかされたちびっ子たちも私を眺めており、一層恥ずかしい。
しかもレアはなぜか一際熱心に、無言でじーっと私を見ていて。
「ふふっ」
と、ふいに笑いだす。
「あいがおあいい」
「これシャイちゃん、口動かさないの」
「あが……」
ともあれ今は黙って、歯を磨かれるしかない。
「そうだ、レアちゃんもこのあとお口見せてね。レアちゃんはしっかり磨くけど、一応チェックしとくわ」
「え、いえ、私は……」
「お姉ちゃんががんばってるんだから、レアちゃんも。ね?」
「……はい」
結局レアも巻き込まれた。今から仕返しに観察してやるのが楽しみだ。
かくして、問題は何一つ解決しなかったものの、少なくともピカピカの歯になって、私たちはコランド医院を去るのだった。
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