第22話 拘束されし魔王

 夜。


 私たちがベッドで寝ていると。


『魔王様……魔王様』


 頭の中に声が響く。魔法による念話、ニコルからだ。


『ニコルか、どうした?』

『ご報告があります。今よろしいですか?』

『……まあ、大丈夫だ。話せ』


 実を言うと大丈夫な状態ではなかったが、念話を受ける分には問題はない。今は何より、魔物出没事件の方が気になった。


『はい、では……例の事件、原因と思しきものがわかりました』

『なに? まことか!』

『はい』


 さすがはニコルだ、ものの一日で原因を特定してしまうとは。やはり魔法にかけては天才的なものを持っている。


『ただそれと同時に、ちょっと厄介なこともわかってしまいまして……』

『構わぬ、話せ』

『はい。結論から申しますと、原因は転移魔法の暴走です』


 暴走? 聞きなれない言葉だ。


『魔王様がおっしゃっていた通り、ミネラルの村近隣の森林・丘陵地帯全域に、魔力の残り香が漂っています。しかも私の感覚では、これは魔王様の魔力です』

『なんだと?』

『といっても全てではなく、魔王様の魔力に、魔女さんの魔力が混ざって存在している感じです』


 私の魔力と、魔女の魔力が、混在?


『魔王様がこの地に来る際、魔王様と魔女さんの2人で転移魔法を使ったんですよね。双方とも、なるべく遠くへ、という考えを持って』

『うむ、その通りだ』


 私が体を奪われ魔王城を去ったあの時、魔女は私が平穏を求めてるなど知る由もなかったため、報復を恐れて私を遠くへ追いやるべく、私の転移魔法に重ねて魔法を使っていた。


 すると、まさか……


『その際、莫大な魔力を持つ2人が同時に魔法を使ったことにより、過剰な魔力が溢れ、転移先に散らばってしまったみたいなんです。魔力の残り香から魔法が生まれることは普通はないのですが、あまりに強大、かつ純粋な残り香なため、いわば魔力が転移魔法を覚えてしまっていたんです』


 なんと。あの時の転移魔法が、今なおこの地に残っているというのか。


『それにより魔界からここを繋ぐ転移魔法が魔界各地で出現し、魔界の生物がここへとやってきていた、ということみたいです』

『ううむ……そういうことだったのか』


 つまるところ、原因は私だったというわけだ。魔女も一端を担うところではあるが。


『なるほど、わかった。では猶更、この問題を捨て置くわけにはいかんな』


 私がこの地へと来たから、魔界の生物が出現するようになってしまった。これでは私がこの村へ、災厄を運んでしまったも同然だ。


 この問題を解決して初めて、私は胸を張ってミネラルの村に住めるようになるといえるだろう。そうでなければただの疫病神、この村に住む資格はない。


『して、解決法は?』

『散らばった魔力の残り香をすべて回収すれば大丈夫です。魔王様のお力が必要となりますが』

『構わん、すぐに実行に移せるのか?』

『いえ、そのために高度な魔法道具がいくつか必要で……集めるのには時間がかかりそうです』

『ふむ、どれくらいだ』

『急ぎますけど、7日以上は確実に……』

『7日か……それくらいなら村を守り続けて……』


 その時。


 私が村周辺に張り巡らせていた結界に、反応があった。


『ニコル、魔物が出た。この反応は……キマイラゴーレムだな』

『えっ!?』


 村からの距離は比較的遠い、が、こいつは危険だ。


『お主、駆除できるか』

『むむむ無理です! キマイラゴーレムって、めちゃめちゃ危険なやつじゃないですかあ!』


 キマイラゴーレム、生物を吸収しその能力を得る特性を備えたゴーレム。繁殖能力まで吸収してしまい、魔界で数を増やし、魔界の危険な生物を次々に吸収した恐るべきゴーレムだ。


『申し訳ありません、私には荷が重いです……』

『転移魔法で飛ばせないのか?』

『あれは魔力が高くて、私の魔力では……ま、魔王様が、駆除なさらないのですか?』

『うーむ……』


 もちろんニコルの言う通り、私が出て行って片付けるのが一番手っ取り早い。いかに危険なゴーレムといえど、魔王の前には土塊も同然。


 だが今の私には、動けない理由があったのだ。


『実はな、私は今、拘束されておるのだ』

『えっ!?』

『レアにな……がっちりと、体を掴まれている』


 そう。


 私が今いるのは、レアの部屋の、レアのベッド。そこで、レアと一緒に寝ていたのだ。


 昨日、一昨日と夜を共にしたからか、もはやレアは同衾するのが当たり前と言わんばかりに私を自室に連れ込み、そのまま強引にも見える勢いでベッドへと引っ張った。


 そして横になるや否や、抱き枕にするかのように私を抱え込み、そのまま寝息を立て始めてしまったのだ。


『完全に密着していてな、動けばレアを起こしてしまう。私は今、転移魔法は使えないし……』

『あら~、うふふふ、仲がよさそうで何よりですね~』

『笑っている場合か!』

『えっ顔分かるんですか!?』

『見ずともわかるわポンコツエルフ!』


 レアと共に寝ることは端的に言えば幸福の一言だが、今は非常事態。


 ここはやむを得ない、一度レアを起こしてしまってでも、駆除に向かうしか……私がそう考えていた時だった。


「……むっ!?」


 思わず、驚きの声を漏らしてしまった。


 今、何が起きた?


『ニコル。お主、今の感じたか』

『は、はい。一瞬でしたけど、魔力でした』


 ニコルの念話からも動揺を感じる。奴が言った通り、今の一瞬、感じたのは魔力。それが、ゴーレムが出現した地点で閃光のように放たれた。


 そして……その直後、ゴーレムの反応は消えていた。そして一瞬の魔力の反応も消え、そこには何もなかったかのようだ。


 レアを起こさず済んだのはよいが、問題はなぜ、ゴーレムが消えたのかということ。


『ニコル、現場へと向かえ。調べるのだ』

『は、はい!』


 ニコルに指示を出す。すぐにニコルがゴーレム消失の現場へと現れた。


『これは……転移魔法です。森にある魔力の残り香とは別の、転移魔法の残り香があります。ゴーレムは、転移魔法によってどこかへ飛ばされたみたいです』

『なんだと? しかし他者への転移魔法は、そう簡単にはできぬだろう』

『はい、術者の魔力が、対象の魔力を上回る必要があります。つまりキマイラゴーレムを上回る魔力を持つ者が、ここにいたということ……!』


 ニコルの念話から焦りと恐れが漂い始める。私ほどではないとはいえ、キマイラゴーレムは複数の生物を取り込み、相応の魔力を備えている。それを上回る魔力とは、たとえば火炎魔法ならば、村一つ焼き尽くす程度のものはゆうにある。


『だ、だけど変なんです。この魔力の感じ……魔王様に、そっくりなんです』

『なんだと?』

『最初、私は魔王様が来たのかと思ったくらいです。ちょっと違う気もしますけど、本当によく似た魔力なんです……!』


 こと魔法に関してニコルが見立てを誤るとは考え辛い。だが私と似た魔力とはどういうことだ? わけがわからない。


『こ、こ、怖いです魔王様。ゴーレムを消した人が、まだ近くにいるかもしれないと思うと……!』

『そうだな、止むを得ん、一旦退くがいい』

『は、はいっ』


 ニコルはどこかへと飛んでいった。本当は魔力などから術者を追跡させたかったが、相手の正体がわからない以上、奴の身に危険が及ぶ恐れがあるので仕方がない。


 だが……いったいどういうことなのだ。私と似た、大きな魔力の持ち主? なぜゴーレムを消した? なぜミネラルの村のそばにいる? いったい、何者だ?


 やはり私が行くべきか。そっと動けば、レアを起こさずとも……


「……シャイ、さん?」


 腕から抜け出そうと体を動かしたら、レアが声を出す。しまった、起こしてしまったか。


「お、おおレアすまぬな、起こしてしまったか。なに、少々水を飲みに……」


 適当に言い訳をして抜け出そうとする。が。


「……行かないでください。どこにも……」


 レアはそう言って、ぎゅっと私の体に抱き着いた。


 そのまままた、寝息を立て始める。起きたといっても半分は寝ている状態で、今の言葉も寝言のようなものだったのだろう。


「レア……」


 私ははたと思い当たる。レアは父親を失っており、それゆえ、家族がいなくなる、ということに敏感なのかもしれない。


 私たちはまだ出会って日が浅いが、レアも私も、これから家族として共に暮らしていこうと心に決めている。そんな相手が、ふといなくなってしまう……


 レアがそんな恐怖を抱えている、という可能性に思い至ると……私はそれ以上動けなくなった。


「……私はどこへも行かぬ。おやすみ、レア」


 そうだ、間違えてはならない。魔物退治もあくまで平穏に暮らすためだ、レアと共に。レアを悲しませてしまっては、本末転倒というものだ。


 今宵は寝るとしよう。レアと共に……愛しき、妹よ。


 ……ただ少し、私をぎゅっと抱きしめるその腕が、強すぎるような気もした。

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