幕間③ 魔界と魔王

 かつて魔界という名の地は存在せず、世界はひとつだった。


 人間も、エルフも、その他の種族も、そして今は魔族と呼ばれる者たちも、皆一様に同じ世界に暮らしていた。


 それが平和な世だったのかは今となってはわからない。多くの種族が混在する世界は時に、大なり小なり争いが起きていたのだろう。価値観の違いか、私怨か悪意か、あるいは単なる生存競争か。


 不安定な世界はやがて、巨大な戦火となり2つに分かれた。


 一方は人間をはじめ、社会を構築し法によって世を治めるべきとする種族たち。他方、自由を謡い、法という名の束縛を良しとせず、無秩序こそが至高であり本質とする種族たち。


 相容れぬ者たちは武器をとり各々が力を使い激しく争った。戦火は各地に燻り続けたわずかな争いの火種を呑み込んで拡大し、やがて世界中を包み込んだ。


 結果として、人間たちは勝利し、魔族は敗北した。いや、敗北したものが魔族となった。敗れた種族は蛮族の烙印を押されて魔族と一括りにされ、追放された。


 魔族たちが追放されたのはまともに生物の住めない僻地。あらゆる環境が牙を剥くその地で、魔族たちは生き延びるために闘争を選んだ。限られた資源を求め、力で奪い合う。血で血を洗う闘争の果てに、力ある物が生を掴む。


 魔界は、こうして生まれた。


 永く、魔界は混沌が続いた。魔族たちは生きるために闘争を続け、社会というものは存在しない。その外に住む人間たちは転移魔法を開発すると、危険な生物を魔物と呼び、片っ端から魔界に放逐し、また危険な人物も魔族とし、追放した。


 やがて結界術が生まれ、魔界と人間界は魔術的にも断絶される。人間界の平穏と引き換えに魔界はさらに殺伐としていった。


 その争乱に終止符を打ったのは、圧倒的な力を持つ……王の存在だった。


 王は突如として現れた。王は強かった。ひたすらに強かった。そして賢かった。争乱が全ての魔界において、王は自身が破った相手を殺さずに、配下とすることでより勢力をつけた。増大する王の勢力によりやがて魔界は統一され、王は真の意味で王となった。


 魔王。その称号は、自然と発生したものだった。魔界の王、魔族の王、あるいは王の力の理由たる魔力の王……またはその全部。由来は定かではないが、たしかなのは、その名を持つ者こそが魔界において最強だということ。


 魔王の誕生、魔王軍の組織化。混沌としていた魔界には、ある程度の平穏が訪れた。


 そしてそれまで生きるだけで精一杯だった魔族たちは気付き始める。なぜ自分たちがこの地獄のような地で苦しまねばならないのか。


 全ては、人間が悪い。魔王がいる今こそ、人間を滅ぼしてくれる。


 歴史を繰り返すように、魔族たちは人間界へと侵攻を始めた。皮肉なことに、闘争の世界となった魔界では武術も魔法も研ぎ澄まされ、一方平穏が続いた人間界ではそれらが衰えていた。


 進化した魔法により結界も突破し、人間界は魔王による危機へと陥る。魔族と人間、世界の覇権を巡る二度目の戦争が幕を開けた。




 魔王が姿を消したのは、その渦中のこと──

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