第20話 紹介せし魔王

「ん……んむぅ……」


 のそりと身を起こす。カーテンを越えて差し込む光で、朝だと分かった。


 隣で寝ているレアを見て、昨晩の顛末を思い出す。


「ぉら……レア……あぁだ……おきろ……」


 ほらレア朝だ起きろ、とレアを揺する。


「……んむぅ……」


 レアは謎のうめき声で返事をした。


「……ぉあお……ざーます……シャイさん……」

「うむ……おはよ……」


 2人してぼけぼけの、オリヴィンの朝だった。







 朝ではなかった。


「なに、もう昼!?」

「はい……時計見てください、もう11時です」


 私は時計とやらはわからなかったが、日差しの感じからするにたしかに明るい。どうやらレアともども、昼まで眠り呆けてしまったようだ。


 昨晩色々あって寝るのが遅れたのが原因だろう。レアの方は、まあ子供なのだ、たまには寝坊くらいするはずだ。


「まさか昼まで寝てしまうなんて……はあ……」


 レアは落ち込んでいた。ベッドに座りがっくりと項垂れている。真面目な彼女のこと、寝過ごした自分が許せないのかもしれない。


「まあ、スピネルとて我々が起きてこないのに気付いてはいただろう、起こさず捨て置いたということは、それでよかったからではないか?」

「そういう問題じゃありません……任された仕事をできないのは、店員として失格です」

「そう背負いこむな、子供は成長するのも仕事と言う、寝るのもまたひとつの仕事だぞ」

「それではダメなんです」


 珍しく、レアが強い口調で否定してきたので、私は少し驚いた。レア自身も思わずといった感じだったのか、顔を上げ、私を見て申し訳なさそうにまた俯いた。


「……すみません、つい」

「うむ、びっくりしたぞ。だがこちらも軽はずみな発言だったな、許せ」

「いえ……」


 仮にも仕事をしている人間に、お前の仕事はやらなくてもいいのだから気にするな、とは無遠慮に過ぎた。


 気丈に振舞ってはいるがオリヴィン家の家庭環境は複雑だ、レアも何か思うところがあるのだろう。人間の感情の機微に疎い私がみだりに触れるべきではなさそうだ。


「まあよい、ともあれ下に行き、スピネルからお叱りを受けるとしよう!」

「……はい!」


 気を取り直し、私たちは一階へと向かうのだった。




 だが一階に降りた途端、私はそれどころではなくなった。


「なっ……」


 一階の食堂、その一点に私の目は集中する。


「お、ねぼすけさんたち、ようやく起きたか」

「おはよう2人とも」


 からかい混じりのスピネルとルカの挨拶も耳に届かない。


「なんでお主がおる!?」


 料理屋オリヴィンの一角で、食事をとっていたのは。


「あ、ども……あはは……」


 あの、ニコルだった。ミネラルの村の面々からは隠れて動けと昨晩言ったばかりではないか!


「あれ、シャイたんあの子知ってんの?」


 驚く私にそう話しかけてきたのは、散髪屋の娘のマイカ。なぜかオリヴィンの制服を着て、トレイを片手にしていた。


「マイカ? なぜお主までここに……というかその格好は」

「なんか遊びに来たらシャイたんたちお眠らしいし、面白そうだから手伝ってたんよー。あ、あの子連れてきた時ね」


 どうやらニコルはマイカが連れて来たらしい。何をやっておるのだあのポンコツエルフは。


「なんかねー、いつもみたいにメイク用の木の実を取りに森に行ってたら、あの子出てきてー、熊出るから危ないよーって。そーいや昨日熊出たなーってそん時思い出して、教えてくれてありがとーそんであんた誰ー? ってなって、なんかお腹空いてたっぽいし、オリヴィン連れてきた。いじょ」


 マイカの説明に、私は頭を抱えた。


『申し訳ありません魔王様~っ!』


 その頭の中にニコルの声が響く。魔法による念話だ。


『お主いったい何をやっておるのだ!?』

『すみません~、魔王様の平穏のため、村人が魔物に襲われないよう忠告したんです~』

『それはよい、むしろ褒めたいところだ。だが、なぜのこのことオリヴィンまで運ばれておる! 転移魔法はどうした!?』

『なんかこのマイカって子、押しが強くて、わたわたしてたらいつの間にか……申し訳ありません~っ!』


 マイカに迫られるとなんとなく流されるのはわかる。底抜けに陽気で活発で、いつの間にかペースに乗せられるのだ。私も覚えがある。だがニコルはその気になれば瞬きの間にどこへでも行ける魔法があるというに……いや、こやつがそれくらい冷静なら、そもそも魔王城に現れた時、むざむざ魔女に捕縛されたりはせぬか。


 つくづく、間の抜けた奴だ……


「んで、シャイたんこの子とどういう関係なん?」

「へ?」

「さっき、なんか見知った感じだったじゃん」


 しまった。間抜けは私だ。


 私がニコルを見ても黙っておれば、たまたま村の近くを訪れたエルフ、で済んだのに。ついうっかり反応してしまった。冷静さを欠き失策を打ったのは私も同じ、これではニコルのことを何も言えない。


「珍しいよねーエルフ、私初めて見た」

「私もだな。この辺りにエルフが住んでるってのは聞いたことなかったな」

「どうなんそこんとこ? シャイたん、エルフたん」

「え、えっと、その~……」


 マイカ、スピネル、ルカ、そしてレアが私たちを見ている。ニコルも救いを求めるように私に視線を送っていた。元より両親の不在にミネラルの村に来た経緯と、何かと謎のままにしてきた私の来歴、それに繋がる情報なのだ、村の面々が興味を持つのは当然といえる。


 だがまさか、私は実は魔王で、そのエルフはかつての配下だ、などと言えるわけもない。


『ま、魔王様、どうしましょう……!?』

『なんとか誤魔化す! 私に合わせろ!』

『は、はいっ』


 黙りこくっていては怪しまれるばかり。こうなればもう、出たとこ勝負だ。


 私は咄嗟に思いついたことを口にした。


「こ、こやつは……私の、姉だ!」

「え、お姉ちゃん?」

「うむ! 故郷より私の身を案じ、ここまで辿り着いたのであろう。こやつは魔法に長けているからな、探索も転移も思うままだ」

「そ、そうですそうです! 会いたかったです、妹よ~」


 自分がレアの姉、という意識もあってか、咄嗟に出たニコルとの関係はそれだった。


「え、じゃあシャイたんもエルフなん?」

「うっ」

「うっ」


 痛い所をマイカに突かれ、私とニコルが同時に唸る。だがもうここで引くわけにはいかない。


「そ、それはだな……」


 考えた末、私は最後の手段をとった。


「……言えぬことも、ある。ちと、私たちの事情は、複雑なのだ……」


 声を小さめ、低めに、やや俯きがちにそう言った。すると。


「あーそっか、ごめんごめん」

「言いたくなきゃいいっていいって」


 マイカらもすんなりと受け容れてくれた。彼女らの良心を欺くようで気が引けるが、もはやこの際仕方がない。


「ま、まあともかく、そういうわけだ。こやつは私の姉、名はニコル! 悪い奴ではないので、皆安心して……」

「シャイちゃ~~~ん!!」

「うむっ!?」


 まとめに入ろうとしたとき、突然、ニコルが転移魔法で私の眼前に現れ、抱き着いてきた。森で再会した時のように、私は潰される。


「会いたかったよ~、元気でよかった~」

「ぐ、む、む……」


 私の頭を撫でまわすニコル。その意図が読めず、私はされるがままだった。


『ニコル、お主なんのつもりだ!?』

『その、生き別れてた姉妹の再会なら、これくらいしないと不自然かなと思いまして……』

『むう、それはたしかに……』

『だからもっと激しく行きます! よろしいですか?』

『構わん、やれ!』


 ニコルの考えに一理あると思い、承諾する。するとニコルは、より強く私を撫でまわし始めた。


「よしよしお姉ちゃんだよ~、よかったよかった~かわいいね~かわいいよシャイちゃん」

「う、む、む……」


 撫でまわし、頬ずりまでしてくるニコル。演じるのはいいのだが、体格差もありちと苦しい。というか、言っていることが微妙にズレているような気もする。


 そろそろやめぬか、そう念話を送ろうとしたとき。


「や、やめてください! シャイさん、苦しそうです」

「あ、ご、ごめんなさい」


 レアがニコルに言い、引っぺがしてくれた。


「と、ともあれだ。こやつはニコル、以後よろしく頼む」

「シャイちゃんの姉の、ニコルです! よろしくお願いします」


 あらためて姉妹(一応)揃って挨拶をする。よろしく、と皆も挨拶を返してくれた。なんとか誤魔化しきれたようだ。


「……むう……」


 唯一レアだけが、怪訝そうな目をニコルに送っていたが。






 かくしてその日から、かつての配下ニコルをも加えた、ミネラルの村での暮らしが始まったのだった。

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