第19話 再会せし魔王

 ミネラルの村周辺の森。


 私の周りを嗅ぎまわっていた怪しいローブの男の中から現れたのは、エルフの女だった。


「魔王様~~~~っ!!」

「わぷっ」


 勢いよく抱き着かれ、私たちはそのまま倒れ込んだ。

 

「き、貴様……ニコルか!」

「はいっ! 魔王様の忠臣、ニコル=ポラリーズです! 魔王様、お会いしたかったです~っ!」


 感激の声とともに、私に頬ずりしてくる。いかに華奢なエルフとはいえ、子供と大人の体格差ではたまらない。


「い、いいからどけ! 重くてかなわん」

「あ、も、申し訳ありませんっ」


 エルフあらためニコルが身を起こし、ようやく私は解放される。


「まったく、あの転移魔法の冴え、よもやと思ったが本当に貴様とはな」

「私も魔力の感じからまさかって思ってたんですけど、本当に魔王様でしたとは……」


 互いに座り込み、あらためて私たちは互いを見合った。


 ニコル=ポラリーズ、かつて私の配下だったエルフの女。緻密かつ精巧な魔法の技を持つこの女に、私は魔法を教わった。私がシャイとなる少し前にいつの間にか魔王城から姿を消し、そのまま消息を経っていた。まさかあのローブの男の正体がこいつだとは、夢に思わなかった。


「こんなところで貴様と再会するとは思わなんだぞ。さっきまでの姿は魔法による擬態か?」

「はい、服をそれらしく押し上げる単純なものです。声も魔法で変えてました。私みたいな女エルフの一人旅には必要でしたので……」

「ふうむ、まあそれはよい。それより貴様、一度は私の前から去った貴様が、なぜ、いかにして、いまさら私の前に現れた? 私や魔女を恐れて魔界から逃げ去ったのに、なぜまたやってきた」

「あ、いえ、それは違います! 私は魔王様から逃げたわけではありません!」

「ほう?」


 普段は聡明ではあるがそれ以上に臆病なニコルが、ここは強く否定した。珍しいことだ。


「私は魔王様の忠臣ですし、何より魔王様が慈悲深く、お優しい方であることを知っております。元より命を救われた身、私の命は魔王様の所持するものです、私が魔王様から逃げるはずがありません」

「ほう、ではなぜある日忽然と消息を経ったのだ? 私に何も告げず」

「そ、それは……そのぉ……」


 追及され、ニコルは目を伏せ、落ち着きなくもじもじと指を動かす。何か言いにくいことがあるようで……


「くちんっ!」


 だがその時、私はくしゃみをしてしまった。


「だ、大丈夫ですか魔王様!?」

「うー、やはり夜風は冷えるな……」


 もとより丈夫ではない魔女の体、病気などになっては大変だ。例の発作のこともある。


 話は長くなる、ニコルのことを聞くのもそうだが、ニコルの立場からすれば魔王がなぜ魔女の肉体となり辺境の地にいるのか、という疑問を抱いているはず。ここは一度、場所を変えたほうがよさそうだ。


「ついてこい、場所を変えるぞ」

「はい、お供いたします」


 私はニコルを連れ、一旦ミネラルの村へと戻ることにした。






 私たちはミネラルの村、オリヴィン内の自室へと戻った。転移魔法はニコルが詳細な場所を知らぬので徒歩、出た時と同じく窓から入った。


「さて、ここなら落ち着いて話ができる……が、ここでの話は外に漏らしたくない。夜だしな。ニコル、お主の隠蔽魔法を使え」

「かしこまりました」


 ニコルが杖を持ち、とんと床を突く。その途端に、部屋全体が淡い緑色の膜に覆われた。


「はい、隠蔽魔法を使いました。これでこの部屋でどれほど音を立てても外には漏れません、ついでにドアが開かないようにもしておきました」


 これほどのことを、あのわずかな所作でやってのけたニコル。やはり、魔法にかけては神業とすらいえる。


「さすがだな、その魔法の技術、衰えてはおらぬと見える」

「もったいないお言葉です!」

「さて、では続きを話せ。なぜ、お主は一度魔王城から去ったのだ?」

「うー、それはそのぉ……」


 魔法はすごいのだが、私の問いにまたニコルはもじもじとし始めた。臆病なところは相変わらずだ。


「いいから話せ!」

「は、はい!」


 私が命令し、ようやくニコルは語り始めた。


「魔女さんから言われたんです……転移魔法を教え終わったらお前は役立たずになる、って。私、それを聞いてパニックになっちゃったんです、魔王様から失望されるのが本当に怖かったから……」


 魔女の入れ知恵だったか。そういえばあいつは理由は分からんが、ニコルのことをあまり良く思っていなかった。


「さらに魔女さんが、勇者一行を討ち取れば魔王様の役に立てるって教えてくれたんです。勇者一行の居場所も教えてもらって、私、いてもたってもいられずに、転移魔法で魔界を飛び出しました。でも……」

「仮にも魔王を討とうとする連中と、虫も殺せぬお主が戦えるわけなかろうが」

「そうなんです……勇者一行を遠目で見ただけで身がすくんじゃって……で、でも、すごすご逃げ帰ったら、本当に魔王様から見放されるって思うと怖くて、魔界にも帰れなくて……」

「なるほどな」


 私は呆れて息を吐いた。蓋を開けてみれば、なんともはやニコルらしい話だ。臆病かつ真面目ゆえ、他人からこうすべきと説かれたら抗えず、それに見合うだけの力はあるというのに、発揮できずに迷う。


 魔女もそんな人格を見通して、私からニコルを遠ざけるべく吹き込んだのだろう。


「それ以降ずっと、勇者一行の後を付け回してたんです。ひょっとしたらチャンスが来るかもって思って……でもぜんぜんそんな感じないし、時間が経てば経つほど魔界に戻りにくくなるしで、途方に暮れてたんです。そんな時に、遠くから、魔王様の魔力を感じたんです」

「魔力……そういえば」


 私は思い出す、マナミと初めて出会った時、暴れる馬を私の魔力で鎮めたことがあった。おそらくはそれだろう。場所は山奥の辺境、かつさほど大きな魔力を使ったわけではないのに、それが私の魔力であるとまで理解できる辺りはさすがだ。


「それでいてもたってもいられなくなって、転移魔法ですっ飛んできたんです。でも、魔力は魔王様なのに、見た目は魔女さんだから、混乱しちゃって……しばらくこっそり様子を伺ってたんです」


 なるほど、ニコルの来歴は分かった。しかし魔力感知の精度といい、転移魔法の距離といい、つくづく驚くばかりの魔法の才。魔女はそれを警戒して私から遠ざけたとみえる。


 そしてもうひとつの謎も分かった。


「なるほど、貴様が転移魔法を用いて魔界の生物を送り込んだのも、私が魔王であるという確証を得るためか」


 私に魔法を使わせれば、ニコルならばその魔力から識別ができる。遠くで使われた一回ではなく目前で観察すればより確実にわかるとふんだのだろう、これですべて解決……


 とはいかなかった。


「いえいえとんでもないです! 魔王様を試すようなこと、できるわけありません」

「なに?」

「私もびっくりしたんです、魔王様の後をつけてたら、魔界の生物がいきなり出てきて……この辺り、危険な地域なんですかね」

「いや、魔物はほぼおらぬと聞いている。私はてっきり貴様の仕業かと」

「まさか! そんな怖いことできませんよ、あの熊ちゃんも蛇さんも怖いですし」


 言われてみればそうだ、ニコルの性格で、危険極まりない魔物を送り込むなどできるわけがない。ニコルは私に嘘はつかないだろう。


「これは……由々しき事態だな」


 すっかりローブの男=ニコルが下手人とばかり思っていた私は頭を悩ませる。つまり魔物出没事件に関してはまったく手掛かりなし、振出しに戻ったというわけだ。


「まあよい、ひとまずお主のことはわかった。次は私について説明せねばならんな」

「は、はい! よろしくお願いします」


 ひとまず考えても答えの出ないことは後回しだ、それよりニコルに私の置かれた状況を正しく理解してもらうべきだ。でなければ、いっしょに魔王城に戻る、などと言い出しかねない。


「まず、事の起こりは魔女の反乱……」






「……というわけだ」


 私は事の次第をニコルに語った。


 魔女の反乱、魂を入れ替える魔法、転移魔法による追放。マナミとの出会い、オリヴィンへの居候、ミネラルの村への定住。


「なんと……そういったことがあったのですね。びっくりしました」

「今、私が望むのは平穏だ。魔王の座などに未練はない、私はこの村で一介の村娘のシャイとして生きていくと決めたのだ」

「おおお……!! 素晴らしいお考えですっ」


 ニコルは大喜びで賛同してくれた。臆病で戦いを拒むニコルも、闘争より平穏がよいに決まっている。


「だがこの平穏な村に、得体の知れぬ危機が迫っておる。例の魔物の出没だ。私はてっきり、私の周囲を付け回る怪しいローブの男、つまりお主が犯人だと思っていたのだが……」

「か、重ねて申し上げますけど違います! 魔王様に誓って」

「うむ、今更お主を疑っているわけではない。だがいずれにせよ、原因究明は急務だ」


 ニコルが犯人でなかったのはある意味運がよかったかもしれない。


「そこでだニコル、お主に命じる、ミネラルの村周辺の魔物出没について調査せよ。我が平穏のためにな」

「はい、かしこまりました!」


 ニコルはこの仕事に打ってつけだ。ちと臆病ゆえに動揺し先走る悪癖はあれど、知識も頭脳も私に勝り、村にいる必要なく自由に動ける。


「今日はもう遅いからここで別れよう。ただここは辺境、エルフの存在は徒に騒ぎを呼ぶであろう、これからも村人からは身を隠して動くのだぞ」

「はい、得意分野です!」

「よし、では行け」

「はっ!」


 命じると同時に、ニコルはパッと消えていった。目の前で見ても消えるところのわからない、完璧な転移魔法だ。


 それと共に周囲を覆っていた隠蔽魔法も掻き消え、後に村娘のシャイを残し、オリヴィンの一室は平常通りの姿となった。


「さて、私もいい加減眠るとしよう……ふぁああああ……」


 魔女の体はあまり丈夫ではなく、睡眠も相応にとらねばならない。ニコルの前では立場もあり律したが、昨日に引き続き夜更かしをし、睡魔も限界だった。


 だが眠ろうとしてベッドの上の布団を持ち上げた時。


「なっ!?」


 私は愕然とした。


 そこに、レアが寝ていたのだ。


「んむ……むにゃ、シャイさん……?」


 私に気付いたレアが目をこする。今の今まで寝ていたらしいが……


「な、な、な……なぜ、お主がそこにおる!?」

「なぜって……ここ、私の部屋ですよ……?」

「はっ」


 その時ようやく私は失態に気付いた。オリヴィンは宿屋としても機能しているため、上階の部屋はいずれもほぼ同じ作り、ましてや外から窓を見ただけではほとんど区別はつかない、ましてや私はこの家に来てまだ日も浅い。


 私はうっかり、レアの部屋に帰ってしまったのだ。暗いために内装の違いにも気付けなかった、眠気もあっただろう。


 幸いにも、遅い時間ゆえ幼いレアはぐっすりと眠っていて、私とニコルの会話は聞いていなかったらしい。隠蔽魔法は部屋の外へ音を漏らさない魔法、もしレアが起きていたら危ない所だった。


「なんですかこんな時間に……いっしょに寝ますか……?」

「う、うむ! そうしようと思い邪魔をしたのだ、すまぬな」

「いえ……ならどうぞ……むにゃ」


 目で眠いと訴えるレアはそれだけ言うと、私に背を向けるよう転がり、また寝息を立て始めた。


 やむを得ず、私は2日続けてレアのベッドにもぐりこむ。まあ、咄嗟にごまかしただけとはいえ、これも悪くはない。


「……ま、よいか」


 ただでさえ眠かったのもあり、私はすぐに目を閉じて、眠り始めたのだった。

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