第12話 訪問せし魔王
「おお……!」
その光景に、私は思わず声を上げていた。
一面に広がる緑。背の低い草が敷き詰められた景色は、一見すると畑であるとわからないような規模だ。
川沿いに作られたその畑は、辺境の村とは思えぬほどの大きさをしていた。
「どうだ、これがオーソクレース家自慢の麦畑だ」
私を案内したルカが誇らしげに語る。
「ミネラルの村ができた時、最初に作られたのがこの麦畑だったそうだ。うちは代々この畑を管理する仕事を請け負っててな、村の食事の大部分を支えてるんだ」
「なるほど、村の基礎というわけか」
麦はオリヴィンの料理でも頻繁に使う、それを栽培するこの畑はまさに村を支える存在といえる。
つつがなく農業が進むのはそれすなわち平穏、この村が飢えの恐れなく存続できるのもすなわち平穏。
つまり……
「これこそ平穏の象徴というわけだな! 感謝、感謝だ」
「そ、そうか?」
私は真剣に手を合わせ、この畑に感謝の意を示した。
「今はそうでもないが、忙しい時は村の人が総がかりで手伝うんだ。特に収穫の時なんか壮観だぞ、ぜひ見て欲しいな」
熱く語るルカからは、村を支えるこの畑に対する想いを強く感じた。
「して、この畑を維持する者こそがお主の父であり、この村の長であると」
「ああ。まあ村長といっても必要だから一応名乗ってるくらいのもんだけどな、実際は普通の太ったおっさんだよ」
「だがルカの父親なのだろう? 相応の人格者と見た」
「どーだろなー」
さて、と私たちは後ろを振り返る。この畑を背にするように作られた、村の中でもひときわ大きな家。それがルカの家、オーソクレース家だ。
ルカに言われて先に畑を見に来たが、今回の用事はこちらが本題。この村の平穏の立役者にして、ルカという人格者を育てたというルカの父の顔を拝むことだ。
「ま、あんま気負わずに軽く挨拶していってくれ。シャイなら心配いらないと思うけどな」
「うむ! 長たる器見極めてくれるわ、フハハハ」
私は意気揚々とルカの家へと踏み入るのだった。
オリヴィンの2倍はある家の中を進み、辿り着いた大きな戸。
「父さん、入るぞー」
ルカは軽くノックした後、遠慮なく戸を開いた。
「ほら父さん、こいつが昨日話した……」
「待て!」
部屋に入るなりピシャリと声を浴びせられ、私もルカも一瞬身を縮ませる。
「今いいところなんだ……ぐむむ」
「うふふ、考えても意味ないですよー」
部屋の真ん中では向かい合うソファで男女が、テーブルを挟んでいた。男の方はテーブルの上を睨んでうんうん唸り、女の方はそんな男を眺めて穏やかに笑っている。男は恰幅が良く、女はただずまいが上品で、お揃いの簡素な布服を着ていた。
テーブルの上に置いてあるものに私は見覚えがあった。チェス盤だ。
「これで……どうだ!?」
男は悩んだ末、駒のひとつを動かした。するとすぐに女が応じる。
「では、これでチェックメイトですね」
「あっ……あああ~~~! クッソー!!」
男がソファの上でひっくり返る。女は楽しそうに笑っていた。
「はい、お待たせルカ。あら、お客さん?」
「ああ、ほら昨日言ってたオリヴィンの新入りだよ」
「あら~、ということは……」
女はソファから立ち上がる。あらためて見ると、髪の色と質、顔立ちが、ルカによく似ていた。
「あなたがシャイちゃんね~、こんなにかわいい子とは思わなかったな~」
私のもとへ来て頭を撫でてくる。不思議と、この女からかわいい扱いされるのはあまり抵抗がなかった。
「それより母さん、自己紹介しなよ」
「あ、そうねそうね。えーと、初めましてシャイちゃん、ルカのママですよ~、で、あっちでふてくされてるのがパパです」
にこやかに挨拶したルカの母と、未だにソファの上でひっくり返ってるルカの父。なんというか思っていた村の長の姿とは違い、私は少し面食らった。
「お、おほん。お初にお目にかかる、我が名はシャイ! 先日よりオリヴィンで世話になっておる、本日は村の長たるお主らに顔見せに参った」
気を取り直して自己紹介しておく。父親の方は聞いていなさそうだったが。
「あらあら、しっかりした子。こんな子が来てくれたのなら、スピネルさんやレアちゃんも嬉しいでしょうね~」
「うむうむ、当然だとも」
褒められて悪い気はしない。だが私は本来、この村を維持しルカのような人格者を育て上げた秘密を探りに来たのだが……今のところまったくそういった気配は見えない。
「ルカよりちょっと年下なのかな? これからよろしくね~」
「うむ、よろしく頼む」
「パパももうちょっとしたら復活すると思うから、ちょっと待ってね~」
ルカの母はまだよいとして、父の方は未だにソファでぐたりとしている。本当にこれが村の長なのか?
「今お菓子と飲み物を出すからね、ルカも手伝って」
「ああ、わかった。じゃあシャイ、ちょっとソファに座って待っていてくれ」
「む? まあ、よいぞ」
そう言ってルカとその母が部屋を出て行ったので、部屋には私と、ルカの父だけが残された。
このいじけ親父と二人きりというのは抵抗があったが、村長たる理由を知るのにはいい機会だ。私は先ほどまでルカの母が座っていた側のソファにぴょんと飛び乗った。今の私では足が届かなかったが、上質なソファなのか座り心地はなかなかだ。
「さて、そろそろこちらを向いて欲しいのだが」
あらためて向かいのソファの男へと語り掛ける。こんなんでも村長にしてルカの父、きっと芯はある男のはずだ。
「……うーい」
雑な返事をして身を起こす男に、やっぱりだめかもしれない、と思った。
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