幕間① その頃の魔王城

 この世の果て――魔界にて。


 新魔王である、かつての魔女は激務に追われていた。


「魔王様、東の海域が勇者によって解放されてしまいました」


「ランヅ王国シュロース城の攻城戦劣勢です、至急増援を!」


「魔王様が別人に変わられたことを知り紅魔族が反乱を起こしました、こちらに向かっています!」


「魔王、お命頂戴するッ!!」


 玉座に座した魔王のもとへ次々に伝令が飛び込み、中には魔王の座を奪わんと直接襲ってくる者もいた。


「フン」


 新魔王こと魔女はまず、襲い掛かってきた身の程知らずを腕の一振りで片付ける。


「東の海は捨て南に勢力を集めよ、統率にはシーサーペントを指名する。シュロース城へ蝙蝠族を派遣、対地放火にて攻めよ! 紅魔族はじき私自ら潰す、しばし押し留めよ」


 迅速に指示を飛ばし、それを受けた配下たちが去っていく。だがそれと入れ替わりに次々に伝令が訪れるので、新魔王に休む暇はなかった。


 いざ本格的な侵攻を始めた途端このありさまだ。よもやここまで魔王が激務とは。新魔王は密かにごちる。つくづく魔界には脳まで筋肉で出来たような輩しかいない、血の気ばかりでおよそ『知』がない。魔王軍における頭脳の不足に辟易するばかりだ。


 思えば自分が魔王軍において魔王の側近にまで上り詰めたのは知能あってこそ。魔界において自分と智慧で並べる者はまるでいなかった。今やその魔界の頭脳としての職務と魔王としての責務が同時にあるわけだ、激務となるのはある意味必然といえよう。


「……く、ふふふふ」


 だが……その重責もまた、自らが強いからゆえ。


 もはや自分は弱い人間ではない、絶対的な力を持つ魔王。魔族どもが崇め、頼るのがその証拠。そう思えばこの面倒も強さの証として受け入れられよう……魔女はそう考え嗤っていた。


 さて。


「魔王様! 勇者の一団は、我が魔王軍が侵攻した地域を次々に解放しながら魔界へと迫ってきています!」

「被害も甚大です!」

「魔王様、いかがいたしましょうか!」


 伝令が告げるように、目下の懸念材料は勇者と呼ばれる存在とその一味だ。長く続く人間と魔族の戦争において、自国の防衛のために軍を動かせない各地の王国が、それぞれ選りすぐって派遣した魔王暗殺部隊。


 人間の王どもが国の威信をかけて送り出した精鋭およびその装備は評判に違わぬ強さで、次々に魔王軍を下しつつ、この魔界へと迫ってきている。


 魔族が世界の覇権を握るためには、まず潰さねばならぬ存在だ。


「……ふふふふ」


 ならば当然、やることは決まっている。


「詳細な居場所を教えろ。転移魔法を用い、私自らが勇者どもを始末してやろう」


 伝令たちが驚愕に目を見開いた。魔王が直接勇者を襲うという前代未聞の手段、しかしそれは単純ながら最も効果的といえる。


「ゆ、勇者の居場所は、まだ……」

「ならばすぐに調べ、わかり次第伝えろ。行け!」

「は、ははーっ」


 魔王の命を受け、伝令たちがどたどたと去っていく。


 が、1人だけ残っていた。


「し、しかし魔王様……魔界から出られては、魔界より追放した、あの先代魔王と遭遇してしまう可能性があるのでは?」


 先代魔王シャイターン。肉体は交換されたとはいえその魔力は健在、万が一遭遇し戦闘となったら……伝令はそう心配しているのだ。


 しかし、魔女の答えは決まっていた。


「捨て置け」


 魔女は指先にごく小さな火を灯した。

 その瞬間、忠告をした伝令や、これから伝令をしようと魔王のそばに控えていた魔族たちが震えあがった。その小さな火は、それだけであらゆる生物が震えあがるほどの……魔王の力だった。


「私はやがてこの世界を掌握する。奴がどこにいようと関係ない。私は魔王、私が奴を恐れるのではない、奴が私を恐れ逃げ回るのだ……違うか?」


 問う新魔王に対し、伝令は何度もその首をぶんぶんと縦に振った。魔王は満足そうに笑うと火を消す。


「フン、奴も元魔王とはいえ所詮は生来の力に驕った俗物よ。今頃弱い体で絶望している頃であろう、ふははははは……」


 そう言って笑う新魔王。


 もっとも、まさかその元魔王が、少女と同じベッドでドキドキしながら就寝していたなどとは、夢にも思わなかっただろうが――

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