第11話 妬みし魔王
店に帰ると、厨房にはすでにルカが合流し、朝の仕込みというのをやっていた。料理というのは食べる時にのみ手を加えるのではなく、事前に色々と手を入れておくものらしい。
私とレアはその間に開店前の掃除を頼まれ、床やテーブルを軽く掃いたりなどしていた。
「なんだ、マイカに会ったのか? それで戻ってくるのが遅かったんだな」
その傍ら、ルカが私に問いかける。
「うむ、なかなかに愉快な奴だったぞ」
「あいつのことだ、またオシャレとか言って人を振り回したんだろ。シャイは特にかわいいしな」
「かわっ……ま、まあそれはともあれ、私はオシャレとやらは嫌いではない。次の機会には服も試す約束をしたしな」
「本当か? すごいな……」
たしかルカはマイカの幼馴染と言っていた、年格好も近く見える。が、ルカの方はどうもオシャレに興味がなさそうだ。
「ルカは嫌いなのか? オシャレが」
「嫌いじゃあないんだけど、柄じゃないっていうか……私はいいよ、等身大で」
ルカはそう言ってはにかみがちに笑う。
「ふうむ、私はルカもかわいい顔をしていると思うのだがな」
「ありがとな。でもまあいいんだ」
私の言葉もルカはさらりと流した。もちろんかわいいと評したのは本心なのだが、心の片隅で、かわいいと言われ恥じらうルカが見たかったというのもあり、少々肩透かし気味だ。なるほどこの辺りがレアの言っていた私とルカの違いか……
「それにほら、私は小さい頃からずっとマイカといっしょだったからさ、もう何度もあいつの着せ替え人形にされてきたからな」
「ほほう、なるほどな。幼馴染、よいではないか」
「ああ。まあ、あいつも最近退屈してたみたいだし、趣味が合うならぜひ付き合ってやってくれ」
こうして話している間もルカは作業の手を粛々と進めている。レアが憧れの人と称するだけはある。
「……うむ、そうしよう」
だが……私とてレアの姉になる身だ、ルカに負けてはいられない。なんとかしてこやつと並ぶだけのものを身につけねばならぬ。
そう考えていた時。
「ルカちゃん、今日は仕込み終わったら厨房はいいよ。シャイちゃんも店の手伝いは大丈夫」
「え?」
「なに?」
突然スピネルが切り出す。
「その代わりに頼みたいことがあるんだ。ルカちゃん、たしか今日はお父さんは時間がある日だよね?」
「ああ、そういうことですか。わかりました、大丈夫ですよ」
「なんだ、2人だけで話を進めんでくれ、なにがなにやらわからぬぞ」
店の手伝いをせず何をしろというのか、ルカの父がどうしたというのか。首を傾げるばかりだったが、スピネルはすぐに説明してくれた。
「ルカのお父さんはこの村の、事実上の村長みたいな人なんだ。シャイちゃんっていう新しい住民が増えるなら、一度は挨拶しといた方がいいだろうからさ」
「私が家まで案内するし、シャイのこと紹介してあげるよ。別にちょっと仕切り屋してる普通のおっさんだから、こんにちはって一言あればいいさ」
「ほほう、村の長か」
たしかに小さな村とはいえ人が集まって生きるのだから指導者は要る。むしろ小さい村だからこそ村を取り仕切る者が必要なのだろう。そして新参者である私が指導者に顔を見せておくというのも当然の義理だ。
「あいわかった、今日はそちらに行くとしよう」
私とてかつては魔界を治めた身だ、この村の長たる者の器、見極めてやるとしよう。あるいはミネラルの村という平穏を維持し私に提供した恩に礼を述べねばなるまい。
と、私が考えていると。
「シャイさんが行くなら、私も行きたいです」
突然レアが口を挟んだ。
「何言ってんの、レアまでいなくなったら料理運ぶ人がいなくなっちゃうよ」
「あ……でも……」
私とてレアと共に行きたいのはやまやまだが、店にスピネルだけ残すわけにもいくまい。レアがこういうワガママを言い出すのは意外に思った。
「まあまあレア」
その時、ルカが何やら苦笑を浮かべると、厨房から出てきて、レアの頭をぽんと撫でた。
「別に一日中いなくなるわけじゃない。すぐ戻ってくるからさ、な?」
「……はい」
よくわからぬがルカになだめられ、レアは落ち着いたようだった。
「むぅ」
悔しいことに、安定感というか包容力というか、そういうものにおいてルカは私を上回っている。そう認めざるを得なさそうだ。
ルカの家に行きルカの父に会う、すなわちルカの育った環境を知るというのは、こうした人間がどのように出来上がったのかを知られる機会になるかもしれない。私はルカの家を訪問するのを楽しみに思った。
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