第5話 侮られし魔王
オリヴィン家に居候することが決まった後、私はこのミネラルの村を案内された。
川に寄り添うようにできたこの村、山の中の平地を拓いて作られ、人口は300人程度。ある程度大きな街まで行こうとすれば馬を使っても半日かかるというまさしく辺境だ。
なぜこんなところに村ができたのかは定かではないらしいが、豊富な水に安定した土壌、何より凶暴な魔物がまったくといっていいほど生息していないという良好な環境もあって、この村は実に数百年もの間、平穏な時間を過ごしてきたという。
ゆったりとした時の流れる辺境の田舎、ミネラルの村は私が抱いた印象の通りの、平穏を追い求める私にとっては夢のような場所だった。
料理屋オリヴィンの主でレアの母、スピネルに連れられて私は村を案内されていた。もちろんレアもいっしょだ。スピネルは両手でそれぞれ私とレアの手を引く、まるで子供のような扱いに私は気恥ずかしくもあったが、不思議と嫌だとは思わなかった。ちなみにマナミは私を2人に任せ馬のエサをやりに行っている。
整備された街道を歩きながらあれはなんの店、こっちは誰の家と順に紹介していくスピネルは、村の全ての家と住人を把握しているらしい。客商売をしているのもあるだろうが、何よりも村人同士の距離が近く親しいのだろう。実に平穏、私は嬉しかった。
しかしの時、ふいにスピネルが問いかける。
「そういえばシャイちゃんって歳はいくつなの?」
私は答えに詰まった。魔王としての実年齢を言うわけにもいかないし魔女の具体的な年齢も知らない。ここは適当に誤魔化すしかない。
「た、たしか、15歳、くらいだ。うん」
あまり人間の体には詳しくないが、魔女の体はだいたいそれくらいだったはずだ。
「ふんふん、ちょうどいい感じだね、同じくらいの女の子が増えたらみんな喜ぶだろうなぁ」
「みんな?」
「この村は見ての通り小さいから、同年代くらいはみんなよくつるんでるのさ。特に女子会は貴重だからね」
「ほほう……」
レアのような少女がもっといるということか、興味深い。ただ私がそうした女子の集まりに溶け込めるだろうか、という不安はあるが。
話している途中でスピネルは何かを見つけて言葉を止めた。
「噂をすればその1人だ。おーい!」
スピネルは足を止めて私の手を離し、遠くへ手を振った。するとその先にいた人影がスピネルに気付き、少し足を早めて小走りで駆け寄ってきた。
それは私よりも少しだけ背の高い少女だった。黒髪を短く切り揃え、動きやすそうな丈の短い布服を着ている。赤色の目は活発そうな印象を与え、顔立ちは中性的で美少年のようにも見える。スピネルに対し手を振る右手の手首には白い石の連なったブレスレットをつけていた。
「スピネルさん! 今の時間に外に出てるなんて珍しいな、私も今から店に行くところだったんだ」
「うん、実は今日は特別な日でね。私たちに新しい家族が出来たんだよ」
家族? とオウム返しにし、黒髪の少女は私の存在に気付きこちらに視線を向けた。黒髪の少女は私より少しだが目線が高いので少女には自然と見下ろされる形になり、私の方は見上げることになる。大人の年齢のスピネルはともかく、まだ若い少女を見上げるのは少し新鮮で恥ずかしい感じもした。
「紹介するよ、この子はシャイ。行くところがないらしくてね、今日からうちでいっしょに住むことにしたんだ」
スピネルがそう言うと、ええっと黒髪の少女は驚き顔を見せた。
「行くところがない? それってどういうことなんだ? こんな辺境の村そうそう来れるはずがないだろ? 親はどうしたんだ?」
「それがね、ちょっと訳ありみたいでねぇ」
スピネルは私をちらりと見て言いよどむ。何やら話し辛そうだったので、私は一歩踏み出して自分から自己紹介してやることにした。
「我が名はシャイ、ゆえあってこの地に追放され家族もおらぬ。これよりこの村に住みオリヴィンで世話になることになった! フハハハ」
私は堂々と笑みを浮かべて言ったのが、追放されて家族もいない、と語ると少女はより一層の驚き顔を見せた。スピネルが言いよどんだことといい、やはり人間の価値観だと『家族がいない』というのは想像よりも重いことのようだ。
黒髪の少女はしばし私を見つめ、そうか、と小さい呟いた後……いきなり、私をきつく抱きしめた。
「ひゃっ……!?」
思わぬ展開に私の口から高い声が漏れる。少女の柔らかな体が全身に押し当てられ、私はただ目を白黒させて硬直した。
黒髪の少女は私を抱きつつ、私の頭をそっと撫でた。
「大変だったろうな……理由は聞かないよ。これからは、私も家族だと思ってくれていい。いっしょに色んなことして遊ぼうな」
「う、うむ。よろしく頼むぞ」
こうも丁重に扱われると、騙しているような気がして少し申し訳ない気もする。だがまさか元魔王などと言うわけにもいかないので、ここは良心につけこませてもらうしかない。
ひとしきり撫でた後、ルカは私から離れた。
「いきなりごめんな。あらためて、私はルカ、ルカ・オーソクレース。歳は17、料理屋オリヴィンでちょっとした手伝いをしているんだ」
「なるほど、オリヴィンの従業員だったのか。道理でスピネルやレアと親しいわけだ」
「ルカちゃんには私が忙しい時なんか厨房も任せてるからね、半分はルカちゃんの店みたいなもんさ」
「スピネルさんの指導あってこそですよ、むしろ父のせいで色々と仕事を増やしてしまってて」
「なにいってんの、村のあれこれ任せてもらって助かってんだから」
スピネルとルカが話し始めたので、私はレアとそれを待つことにした。
「レアよ、あのルカとの仲は良好なのか?」
「はい、もちろん。ルカさんは賢くて頼りがいがあって、憧れの人です」
「ふーむ」
たしかに、ルカからは立ち居振る舞いの随所から安定感のようなものを感じる。若くして自己を確立しているというか、ちょっとやそっとでは動じないような、落ち着きがあった。
「ん?」
しかしその時、私はふと思い当たる。
「レア、お主たしか姉を欲していたとかスピネルが言っていたが……あのルカがお主の姉貴分ではないのか?」
ルカは年長者たる貫禄を持ち、レアと同じ場所で日々働いている。姉代わりとしてこの上ない条件のように思えるが。
「そ、それは、その……」
レアは少し言いにくそうに答えた。
「ルカさんは、私から見ると完璧すぎて……やっぱり憧れの人なんです。だから、お姉ちゃんとはちょっと違うというか……」
「ふーむ、そんなものか」
レアが言わんとするところはわからないでもなかった、いかに尊敬に値する人物でも、むしろ尊敬に値するがゆえに、家族のような近しさを感じられないのだろう。高嶺の花に対しては、親しみを感じにくいものだ。
さらにレアは続ける。
「だから、その……シャイさんがお姉ちゃんになってくれたら、嬉しいです」
今日会ったばかりの相手へのためらいを見せながらも、レアは微笑みかけながらそう言った。かわいらしいことを言ってくれる。
「なんの、こっちこそレアのような妹が……ん?」
がその時、私はレアの言葉にある引っかかりを覚えた。
待てよ、レアがルカを姉と感じられないのは尊敬するゆえ。が、私には姉になって欲しいと……つまり……
「おいレア、お主……」
「ごめんごめん、待たせたね」
レアに問いただそうとしたがちょうど、話が一段落してスピネルたちが戻ってきたので話はうやむやになった。まあよい。
「ルカちゃんも来たし、私らも店に戻ろうか。そろそろ午後の営業の準備しないと」
スピネルがそう促した時、これ幸いと私は提案した。
「スピネルよ、私も店を手伝うぞ! 我が力存分に見せてくれる!」
「お、本当かい? そりゃ助かるね」
どの道ただ飯を喰らうわけにもいかないが、何よりレアに見くびられたまま黙ってはおれない。炊事はまったくの未経験だが、元魔王としていい所を見せてやる。
「無理はするなよ、私が色々教えるよ」
ルカが優しくぽんぽんと私の頭を撫でた。もちろん頼らせてもらうが、ゆくゆくはこいつを越えていかねば。
「それじゃ店に戻ろう! シャイちゃんの制服はルカちゃんの予備でいいよね」
「ああ、遠慮なく使ってくれ」
「シャイさん、私もちゃんと教えてあげますから、いっしょにがんばりましょう」
「うむ! 労働など生まれて初めてだ、ちと楽しみでもある、フッハハハ」
そうして、私たちは連れ立って店へと戻っていくのだった。
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