第4話 受け容れし魔王
私は料理屋オリヴィンの奥へと通された。
「2階が寝室になってます。足元気を付けてください」
「うむ」
案内はレアだ。スピネルとマナミはマナミの荷下ろしとやらをするということで、今は彼女と2人きりになっている。
「こちらが母の部屋で、こっちが私の部屋です。その隣の部屋が空いてるので、シャイさんはそこを使ってください」
「存外、部屋が多いのだな」
家族で経営している料理屋のわりに、2階にはずいぶん多い数の部屋があった。見えるだけで、レアとスピネルの部屋も含めてドアが6個はある。
「うちは、宿としてお部屋を貸すことがあるんです。といっても村の外から来る人は少ないので、マナミさんがよく使ってるくらいですけど」
「なるほどな、宿屋も兼業というわけか」
マナミがこの家を紹介したのもそれが理由か。ぽやぽやしているようで意外と考えている女だ。
「毎日掃除してるのできれいだと思います。どうぞ」
「うむ!」
レアに促され部屋に入る。
部屋の中はそう広くはなかったものの、大人が寝られるサイズのベッドに引き出しのついた机、小さめだが本棚とクローゼットに鏡台まであり、暮らしていくのに申し分なかった。
「おお、すばらしいっ!」
私は思わず駆けだし、ベッドに飛び込んだ。柔らかな綿が私の体重を受け止め、包み込む。
「うーむ、これがベッドというものか! よいものだなあ」
ぽふぽふとベッドを叩き感触を確かめる。本来の私の体躯では、横になって眠れる寝具など用意できるはずもなく、ベッドに転がるというのはこれが初めてだ。
とはいえ私はいついかなる時でも肉体を休眠状態にすることができたので玉座で瞑想すればよいだけであり、寝具の必要を感じたこともなかったのだが、やはり体験したことのないことを体験するというのはテンションが上がるものだ。
「おお見ろレア、私の軽さなら上で飛び跳ねることもできそうではないか!? ほら、こうして、フハハ!」
ベッドに腰かけて体を上下に動かすと、ぽん、ぽんと体が跳ね上がる。小さな体、軽い体だからこその芸当だ。
「フッハハハハハハ……む? どうしたレア、じっと私を見て」
繰り返し跳ねて遊んでいたが、レアは部屋の入口でずっと私を見て、なぜか微笑んでいた。
「その……シャイさんって、意外と子供っぽいんだなって思って」
「あ、む……」
たしかに少しはしゃぎすぎたかもしれない。いかに魔王をやめたとはいえ、私とて多少のプライドがある。
「なあに、ちとベッドの検品をしたのみよ。及第点といったところだな」
私が飛び跳ねたことでできたシーツのしわを直しつつ取り繕う。するとレアが、
「ふふっ」
と小さく笑った。
「ぬぅ、笑うでない」
「ふふっ、すみません」
レアは完璧に子供を見る目で私を見ている。私は頬が熱くなるのを感じた。肉体を理由に子供と見なされるのは別にいいのだが、振る舞いを理由の子供扱いはどうにもむず痒い。
「そ、それよりレアよ、お主の父親はどこにおるのだ? 顔を通しておきたいのだが」
私は話題を変えることを試みた。元より気になっていたことでもある。
が、それを口にした途端、レアの表情がみるみる曇っていった。
「……父は……いないんです。私が小さい頃に……」
人間界の常識に疎い私だが、レアの表情からそれがいかに辛いことなのか察した。
「悪いことを聞いた、忘れてくれ」
「いえ……物心つく前にはもういなかったから、慣れてます。気にしてません」
レアはそう言うが、彼女の『気にしてない』が私の言うそれとは別であることは、その表情が物語っていた。
迂闊だったかもしれない、レアの心の弱い部分を突いてしまった。なんとか励ましてやらねば。
「な、なあに! これからは、私もいるではないか!」
「え?」
「お主も言っていたではないか、姉が欲しいと! これからは私が姉として、お主の面倒を見てやるとも! 我が包容力の前に、思う存分甘えるがいい! フハハハ」
両手を広げて受け入れる態勢をとる。さあ姉の胸に飛び込んでくるがいい。
「……ぷっ、ふふふっ」
が、レアはそんな私を見てなぜか吹き出す。
「さっきまでベッドではしゃいでた人に、甘えるわけにはいきませんよ」
「んなっ」
「さ、そろそろ店に戻りましょうか。お母さんもマナミさんも待ってるでしょうし」
レアはそのまま踵を返し部屋を出て行く。
「さ、シャイさん、行きましょう」
「むむ……わかった」
私は釈然としなかったが、心なしかレアの足取りは軽いように見えた。
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