第二章 西部戦線
第6話 欧州の土
大正6年4月28日 西部戦線 ナンシー付近
4月13日にマルタ島に到着し、同地で休養として2日間を過ごし、16日に再び船上の人となり、20日にフランスのマルセイユ港に入港し、部隊、装備の全てが陸揚げされた。
ただ、共に西部戦線に派遣される事となっていた「遣欧近衛第一独立混成連隊」は、イタリア戦線に派遣される事となりマルタ島で分離して同隊はジェノバへと向かった。
マルセイユ入港後、我が「欧州派遣軍」の第一陣は、フランスのナンシー方面へと一週間をかけて進出、28日には西部戦線の後方で訓練を実施している。
兵站は英仏と米から支援を受けれるため、その点は安心感がある。特にフランスは小銃から野砲、野戦重砲とそれら弾薬まで供与すると言ってくれているし、イギリスは航空機の供与と菱形戦車の操縦方法、運用方法のレクチャーを約束してくれている。
今は前線の後方ということもあるが、兵站がしっかりしている為、比較的に落ち着いて食事がとれるのはよかった。
食事くらいしか楽しみがないからだ。
米を節約するために朝晩はフランスから贈られたパン食だが、なかなか慣れれば美味いものだ。
硬いパンだがスープに浸して柔らかくすれば、結構イケる。
マルセイユからナンシーまで、陸路車上から欧州の、フランスの街並みや風景、景色を見てきた。実に美しい光景だった。
マルセイユで初めて"欧州の土"を踏み、港町の美しさと民衆の歓迎に驚き、全軍が車輌で南フランスの地を移動してきたが、至る所で歓迎され、葡萄畑の農園を眺め、街を眺め、共に戦う事になる連合軍将兵を眺め、ナンシー近郊までやって来た。
西部戦線の後方を移動してきたから、敵の姿も、戦場もまだ見てはいないが、こんな綺麗な所で戦争をしているのかと、内心驚愕したものだ。
一方、遠く離れた我が祖国の日本国内では、我々が欧州派遣軍の第一陣として派兵されている最中にも、予備役を動員して留守居部隊を編成し、主力の師団、旅団から部隊を抽出、3月に第二陣、4月に第三陣が編成され出発し、計9個旅団規模、約6万名の日本陸軍戦力が欧州戦線に向かってきている。
計画では、我が欧州派遣軍の全隊が集結した後の6月に、欧州派遣軍は西部戦線で実戦配置に就く予定でいる。
その際に最前線で配置に就くのは、欧州で先に訓練し終えた"先遣隊"である我々だ。
世界に目を向ければ、アメリカがいよいよ大戦に参戦した。4月6日の事だ。6月にはアメリカ
アメリカ外征軍の約200万の将兵が欧州で編成を終えれば、西部戦線には日英仏米の戦力が揃うこととなり、「中央同盟国」に対し、兵力的には遥かに優勢となり得る。
第八歩兵連隊第三中隊は、英仏軍の連絡将校の視察を受けながら、演習を実施している。
演習とは言っても、塹壕掘りだ。
「日本軍は中隊長も塹壕を掘るのか?」
「YES!! 少なくとも私はね。それに、その方が早く陣地構築が出来る。」
イギリス陸軍から派遣された連絡将校のガレス大尉に問われた。彼とは先ほど会ったばかりだ。
私は部下と共に、中隊本部用の塹壕を掘っている。
工兵の力を借りれば、仕事は早くなるのだが、今は我々歩兵だけで穴掘りをしている。
第三中隊の三個小隊が横方向に楔型の塹壕線を構築し、縦方向の塹壕線を加え、後方にあたる線に中隊本部用の
穴を掘るだけでなく、木を用いて屋根を作り、積土をして射撃姿勢時の弾除けを造ったり、前線から中隊本部までの野戦電話のケーブルを敷いたりと、いろいろと細工をして、野戦陣地を構築していく。
朝から造りはじめて、昼過ぎには完成。
そこから先は昼食をとり、食後直ぐに500m、300m、150m、50m地点に標的を立てての射撃訓練を実施した。
射撃指揮は分隊単位で行い、小隊本部は各分隊からの報告を受け、中隊本部は今は小隊本部からの報告を受けているだけだ。
現演習下では、分隊単位でも防御戦闘は十分に機能している。中隊本部は報告を受けつつ、分隊内と小隊本部に損害を想定した指示を与える。
「想定、第一塹壕線の右翼に敵榴弾直撃、一小隊第二分隊に死傷者6名。1名戦死、4名重症、1名軽傷。」
指示を受けた同分隊は、分隊長が選んだ6名が射撃を中止し、そのうち1人は死んだ振りをした。
「第一小隊本部から中隊本部へ、砲兵に支援射撃要請、目標は敵榴弾砲陣地。」
「藤条中隊長! 続けて第一小隊から報告。軽傷者は救護所へ自力で後送、第一塹壕線右翼は一小隊第一分隊から5名増援をうけ戦線を維持する。」
野戦電話から伝わる情報を、伝令が即座に報告する。
演習ではあるが、野戦電話は実によく機能している。
「よし、いい反応だ! 対砲兵射撃を要請し、その後敵榴弾砲陣地の一時沈黙。敵歩兵は150m地点に接近と想定。それから、第一小隊本部へ連絡、負傷者後送の為に中隊本部から衛生兵を3名送る。」
「トウジョウ大尉! ドイツ軍は、実戦はそこまで甘くはないよ。」
私の指示の直後に、フランス軍の連絡将校カジミール大尉が口を挟んできた。
「対砲兵射撃を行っても、彼らは既に陣地転換し、別の砲兵が射撃を加えてくる。それに榴弾だけではなく"ガス"が使われるぞ!」
「なるほど! では、先ほどの想定に加えますか。」
西部戦線で実戦を経験しているカジミール大尉の話は、演習でその後もいい参考になった。
「想定。敵は別の地点から第一塹壕線全体に砲撃を開始、ガス弾を交えた砲撃だ。」
「藤条大尉! 想定を伝え終えました。第一塹壕線の全隊は、ガスマスクを装着!
演習用の迫撃砲弾を使用しているが、迫撃砲弾の爆発音は、軽機関銃や小銃の射撃音と共に、連続して絶え間無く中隊本部壕にまで響いてきている。
「日本軍のトレンチ・モーターか!? オーストラリア軍も使用しているが、なかなか使える兵器だよ!」
英軍のガレス大尉の顔は感心して言っているように見えるが、実は英国式の皮肉では? と、ついつい勘繰ってしまう。
「ガレス大尉。それだけではありません。日露戦争でも用いた急造迫撃砲を参考に、貴国でいうストークス・モーター型の迫撃砲も使用しています。」
「トウジョウ大尉、貴軍の備品リストにその様な武器は無かった筈だが?」
「日本から
「弾はどうしているんだ?」
「それも工兵隊が造りました。」
「 ──!? それは凄い! 口径8cmと言ったね。 ストークスは81㎜だぞ、弾が共有出来るか試さないか?」
ガレス大尉の提案は正直ありがたかった。
塹壕での防御戦闘の演習の後、私は部下達を休息させ、彼等は今日の課業を終えた。
そして私は、ガレス大尉、カジミール大尉と共にストークス迫撃砲弾を受領しに英軍の補給処へ行き、弾薬を持ち帰ると、早速「八糎急造迫撃砲」を造った工兵達を伴って、ストークス迫撃砲弾の使用試験を行った。
試験結果は悪くは無かった。砲身に多少の改良をすれば十分に使えると、工兵隊員達は言ってくれている。
前線に我等が配置される前に、一つ、新たな頼もしい武器が加わりそうだ。
その後私は、与えられた宿舎へと戻り、今日一日を終えた。
WWⅠ 帝国陸軍欧州派遣軍 極月ケイ @kay-gokuzuki
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