柳田さんは恋をしたい



 柳田は調理室に通され、丸椅子に座ると、エミリカが対応に当たる。



 他の部員はそのまま料理を続けている。ただし、耳は柳田の方へ傾けながら。

 料理に集中してほしいところだが、それは難しいとエミリカは判断し、「どうぞ」と、柳田の言葉を待つ。


「あの・・・最初は生徒会長に相談したんです。すると、会長から料理部にお誂えの二人がいると伺ってきました・・・まさか、何でも屋さんが料理部だったなんて知りませんでしたけど・・・お二人が揃っていて良かったです」

「そう、でも宇野一弘が料理部部員であることは内緒でお願いね。というのも、本人が『部活に多忙だと依頼を出すのに気兼ねをさせてしまう』とかなんとかで」


「そ、そうなんですね。分かりました」

「で、料理部と『何でも屋』に知恵を借りたいとは、どういうことのなのかしら?料理で何か相談事?でも、それだと『何でも屋』である宇野一弘の助力は必要なのかしら?」


「はい・・・料理のこと・・・ではあるのですが、とても不思議なことがあって・・・それで、料理部部長であり料理で数多の実績を残し、学内では破天荒生徒四天王の一人として名を轟かせ、『テイストプルシュアー(味の探求者)』の二つ名で有名なエミリカさんと、

 同じく、食券を対価に、何でも依頼を解決してくれる破天荒生徒四天王の一人『何でも屋』と名高い宇野一弘さんに知恵を貸して欲しいのです!」


「あら、ウチらの二つ名まで知っているだなんて、一年生なのに物知りね?」

「それはもう!先月の文化祭で火事が起こった際の消火活動や、原因の究明にまで当たったとかで、もう一年生の間でお二人は有名人ですよ!それに、お二人は私の恋のキューピットですもん!あのフレンチトーストのおかげで、告白が成功したようなものですし!感謝してます!」


「あらあら、そうなのね!またウチってば伝説を作っちゃったのかしら?」


 エミリカは頬を紅潮させ、悦に入る。

 その活躍の半分は『何でも屋』である宇野一弘のものであるが、そんなことよりも、話がなかなか進展しないことに部員たちは焦れる。話を進めようと言葉を挟んだのは、柳田のクラスメイトであるピノであった。


「それで、聞きたいことはなんなの?柳田さん」

「あ、ピノくん!この間のフレンチトーストの時、協力してくれてありがとうね!調理室とか材料とか準備してくれて」


「うん、どうも。それで、聞きたいことは?」

「そうだったわ!実は・・・相談事はサッカー部のイケメンキャプテンでもあり、私の彼氏である川崎君のことで悩んでいるんです!」


 イケメンがどうたらの部分はいるのだろうか?と誰もが思ったが、口にせず。ピノは怪訝な表情で話を進める。


「そうなんだ。うん、でもそれ、部活の後でもいいかな?今は料理中で忙しくて」

「あら!恋バナかしら?それって、ウチは興味あるわ!」


 後回しにしようとしたピノと対極に、エミリカは柳田の相談に興味津々であった。

 しかし、ピノはすかさずエミリカに耳打ちする。


「部長、柳田さんっていつもクラスでのろけ話ばかりするんですよ・・・今回も相談を持ち掛けておいて、彼氏のお悩み相談風自慢をしに来ただけだと思います」

「あら、そうなの?でも恋バナならウチは大歓迎よ!いずれ来るその日の予備知識として知っておきたいわ!ウチだって、宇野一弘と・・・きゃあ!」


「はあ、そうですか・・・」


 そこでピノは耳打ちを止め、柳田に向き直す。


「で、そのイケメンな彼氏さんが、どうかしたの?」

「うん、そう。私ってば、川崎君と、と~ってもラブラブなんです!趣味とかも合うし、気も合うし!いつも以心伝心~って感じなんです!こっちが会いたいな~って思えば、向こうも会いたいって思ってくれてるんですよ!?マジ、テレパシーというかこれが運命なんだな~って!」


「ハッ」


 皿洗いをしていたユキユキが、小動物のような可愛らしい小顔をゆがめて、鼻で笑う。


 エミリカは「付き合えば、そういう感じになれるのかしら?」と夢見る乙女の表情をする。


 宇野は黙々とフライパンで短冊切りにされたロースを炒めていた。今、そのお肉の上にピノが調味料を乗せたところだ。そのピノは作業をしつつ話を進める。


「うん。順風満帆そうでなによりだよ。それで、何が悩みなの?」

「ええ、それがね。私、川崎君の思ってることなら、だいたい分かるの。彼の求めることとか色々とね。私のメイクだって、川崎君が好きなアイドルに寄せたものだし。翔太ってね、ABB48(あばらぼねフォーティーエイト)っていうアイドルの・・・あっ!翔太というのは川崎君の下の名前で、うっかり言っちゃったわ」


「ペッ」


 皿を食器乾燥機に入れていたユキユキは、眉間にシワをよせて、洗い場に唾を吐く。


 エミリカは、「ウチもいつかは下の名前で・・・一弘?カズ君?それともヒロかしら?」と、親しく名前を呼び合う事に思いを馳せる。


 宇野は火を中火にして、細心の注意で焼き具合を確認する。


 ピノは宇野に、「あまり箸だけでかき混ぜないように。フライパンも同時に動かして下さい」と、箸使いの指示を出していた。


 料理部部員は柳田の相談に(一名を除き)興味が失せかけていた。しかし話は続く。


「でね?そんななんでも知っている私だったんですが、この前、私の誕生日に翔太がお食事に連れて行ってくれたんですよ!彼が言いだしてくれて、私、嬉しくって」

「へ~、そうなんだ」


 ピノとユキユキが気の無い返事をし、エミリカは「うんうん」と相づちを打つ。宇野は料理の手を止めず、耳は傾けていた。


「それで、最初はイタリアンのご飯に連れて行ってくれる~。みたいな話をしてたんですよ?それなのに彼ったら、私を中華料理店に連れて行ったの!?なんで?ってなりません?いや、美味しかったけど、定食セットのラーメンと餃子とチャーハン・・・それとケーキも・・・」


「それは・・・なんでかしらね?彼氏さんの気が変わったとか?」


 エミリカは首を傾げる。柳田は首を左右に振って、その線を消す。


「気が変わったとかではないと思います!もし、そうだとしても彼なら事前に相談をしてくれるはずだもの!」


「それなら・・・その日に行く予定のお店を間違えたとかかしら?」

「間違える・・・のもないと思います。だって、彼が前日に決めたんですよ?『明日美味しいお店に連れて行ってあげる』って、で、すぐにネットでお店の予約をしてくれたのに・・・」


「ん~、柳田さんの聞き間違えとか?」

「イタリア料理と中華料理を聞き間違えます?普通・・・」


「う~ん・・・そうねぇ・・・」


 エミリカは色々な可能性を考えたが、どうも的を射そうな答えが浮かばない。

 周りを見渡し、助力を乞おうと考えたが、宇野とピノは料理の仕上げに入っているので声をかけづらい・・・なのでユキユキに話を振ってみる。


「ねえ、ユキユキはどう思うかしら?今までの会話でどこか気になるところはあった?」


 すると、ユキユキは気だるそうに答える。


「ええとぉ~、ユキユキは~、どうでもいいっていうか~?けど、一つだけ、あるとすればぁ~、なんで予約する時に一緒に確認しなかったんですかぁ~?」

「それは可能性的に通話だったんだろ?」


 宇野が横から口を挟む。彼の視線はフライパンに向いたまま。


「え、ええ!そうなんです。よく分かりましたね!」

「もし一緒にいれば、ネットで予約する際に画面を見せ合うしな。どういう店の雰囲気なのかも画像で確認するだろ」


「さ、さすが・・・何でも屋と呼ばれるだけありますね!」

「けどぉ~通話だからって、どうだってんですかぁ?てか、変態には聞いていないんだけど?」


 変に対抗意識を飛ばすユキユキ。宇野は肩をすくめて、料理を続ける。


「でも、なんであなた、柳田さんは、彼氏さんに聞かなかったの?今日はイタリアンじゃなかったの?って」


 エミリカの問に、柳田は渋い顔をする。


「なんと言うんでしょうかね・・・あの、翔太って、食事に連れて行ったその日のデート・・・終始ドヤ顔だったんです。全部、自分の予定通りというか、窓際の良い席も取れてたし・・・それに、サプライズでお店からお誕生日ケーキまで用意されていたんです・・・中華店なのに・・・」


 そこで柳田はスマホで一枚の写真を表示する。そこには『おたんじょうび、おめでとう』とチョコレートで描かれたケーキがあった。


「なるほど。それは確認しづらいわよね。空気壊しちゃいそうだし」

「はい・・・それに、なんと言うか・・・私、翔太のことを、よく知ってる・・・みたいな感じというか・・・そういう感じを出しちゃってて・・・」


「自負、があったんだろ?」

「は、はい!それです!何でも屋さん、さすが何でも知っていますね!そう、自負があったんです。なのに、今回の彼の行動は全然分からなくて・・・」


 柳田は眉を伏せて気落ちする。そんな彼女の肩にエミリカは手を置く。


「そうよね。好きな人の事が分からないと不安になるわよね・・・ウチも不安になるわ。だからこそ知りたいのよね!」

「はい!ですから、お願いします。皆さん、知恵を貸して下さい!」


「ええ、破天荒生徒四天王のエミリカに任せなさい!」



 エミリカは自身の胸に手を置き、自信にあふれて言う。


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