第二章 1皿目~恋の悩みは料理人にお任せ?~
恋の相談はいつも突然に
宝ノ殿中学校・・・放課後。
学生は皆、思い思いに活動をしていた。
教室の中で談話を楽しむ者。
掛け声と共にランニングで汗を流す者。
渡り廊下で楽器の演奏をする者。
その様々な音の中、スクールバッグを手に帰宅をする者。
そして、調理室で料理の勉強に精を出す者。
ここ調理室では、料理部の部活が行われ、廊下を通れば思わずよだれが出そうな良い匂いがした。
横を通る生徒は「中華かな?」とメニューを気にしてしまう。
さて、その部活動をのぞけば、数名の女子たちが一人の男子を囲って何やら指示を飛ばしている。
その男子というのが料理部の新人部員である二年生の宇野一弘である。
彼は同じく料理部の部員である女子たちから手ほどきを受けていた。
宇野一弘は一見、冴えない男のように思えるが、学力は学年一位の持ち主であり、知識と頭脳は豊富である。
そんな彼は経済的に苦しい家庭の負担を減らすために、最近料理部に入部し、コストパフォーマンスの良い料理の勉強中なのだ。
今、宇野はエプロン姿で、短冊切りにされたピーマンとタケノコをフライパンで炒めている最中である。
「なあ、これでいいのか?エミリカ」
宇野から呼ばれた女子生徒、江見里香ことエミリカは腰に手を当て頷く。
「いいけど、もうちょっと均等に火を通さないとダメよ。菜箸だけでなく、フライパンもゆすって、火の通りが甘い部分を中心に寄せないと!ほら、ここの所とか」
猫のような大きな瞳で宇野が炒める野菜の状態を確認する。
同じく二年生の彼女は料理部部長であり、それを示すかのように、白くて長いコック帽をかぶっていた。
エミリカの指摘を受け、宇野はフライパンを片手でゆすり、野菜の位置を調整する。
「よっ・・・と。これでいいか?あと、そのコック帽はなんだ?いつものバンダナはどうした?」
「あら、これ?なかなか似合うでしょう?ユキユキが買ってきてくれたの。ね?」
エミリカから話を振られ、結城友紀ことユキユキはツインテールにまとめた黒髪を上下に振って笑顔で返す。
「ええ、ええ!お姉さまにとてもお似合いですぅ~。お姉さまの凄さと威厳が、よく表れていますよぅ~」
「そう?料理長って感じするかしら?」
「ええ、ええ!お姉さまここにありっ!て感じですよぅ。遠目からでも分かりますぅ~」
うっとりするユキユキに宇野は呆れてツッコむ。
「そりゃ、コック帽って遠目から料理長を探すために長く作られた帽子だからな」
「うっさい、変態。お前に聞いてない」
一つ年下であるユキユキの辛辣な言葉。それに対し宇野は「へいへい」と返し、フライパンを握り直す。
彼女とのこのやり取りはいつものことなので、慣れたものである。
「で、これぐらいでいいのか?まだしっかり火が通ってない気がするが」
「うん、それくらいでいいわ。後で軽く火の通したお肉と調味料を混ぜて炒め直すからそのくらいで、お皿に移して・・・というか、あっつい!」
エミリカはコック帽をはずして、お団子にまとめた髪をほどく。長く亜麻色の髪は汗に濡れ、いつも以上にカールした猫っ毛となっていた。
「コック帽って涼しいって聞いていたけど、髪を全部押し込めると熱がこもって、熱いわね・・・もう、ショートにしようかしら?夏も近いし・・・」
「あ、でしたら、ユキユキが切りましょうかぁ?お代は結構ですのでぇ、少し切った髪をいただければ・・・」
「なんか、ゾッとするのだが?寒気が・・・」
「うっさい、変態。黙れ」
「ユキユキ、それにはボクもどうかと思うよ・・・」
宇野とユキユキのやり取りに口を挟んだのはピノであり同じく一年生だ。
「ぶぅ~、ピノも黙ってなさいよ!好きな人のモノを大事に取っておくのは乙女の常識なのよ!いつでもそばに感じたいっていう想いなのよ!」
「一方的な想いだよ、それだと・・・」
ピノは短めに整えたボブヘアを横に振って、困り顔をする。その顔は幼く子犬の様な愛嬌があり、つい宇野は横目で追ってしまう。
「どうかしましたか?宇野さん」
「い、いや。そのなんだ、チンジャオロースのソースはできたのか?と、思ってな」
「あ、はい。できてますよ!この通りです」
「そうか。それと、何か困ったことがあったら言ってくれ。あんたには借りがあるからな・・・」
「はあ?特にはないですが・・・そうですね。何かあれば『何でも屋』である宇野さんの力を借りると思います!それより・・・エミリカ部長、そのキッチンバサミで何を切るつもりですか?」
「えっ?いや、かみ?」
「なんのかみですか・・・どちらのかみにせよ、キッチンバサミで切らないで下さい。あと、それやったら、ドン引きされますよ?」
「そ、そうかしら?」
「そうです!」
少し胃が痛くなるピノ。エミリカの宇野へ対する想いは時々重たいものを感じる。
部長であるエミリカの恋を成就させてあげたいが、たまに行動力があり過ぎるところがある。いっそのことエミリカの想い人である宇野一弘に相談したいが、こういうのは当人の問題であり、出過ぎた真似はエミリカのためにならない。
部長が恋も料理も順調に進められるよう、支えてあげよう。
この中では一番大人なピノはそう思った。
そんな、和気あいあい(?)とした調理室に、来訪者が一人、突如現れる。
予定の無い来訪に、部員は皆、調理室の扉を開いた女子生徒に目を向ける。
制服の夏服を着用し、胸元には水色のリボンから、学年は一年生であることが分かる。
中学生にして、目元や眉にやや飾り気のあるメイクをし、髪はアイロンをあてているのか、毛先がキレイにカールしていた。
料理部の数名は、彼女の姿に見覚えがある。
ただ、この女子生徒、以前はもう少し素朴な印象があったのだが?と、首を捻る。
その女子生徒とは、以前にフレンチトーストの件で、教師のゴリ松からいらぬ疑いをかけられていた際に、宇野一弘とエミリカの二人で助けた柳田であった。
柳田は困った表情で口を開く。
「あの・・・料理部の皆さん・・・それと、何でも屋さん。どうか私に、知恵をお貸しください!」
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