ステキなごはん ~お料理探偵、エミリカの名案~
「色々聞きたいことがあるわ。いいかしら?」
エミリカが腕を組んで、宇野に訊く。
「なんでここまで自分がお弁当を捨てたって認めなかったのかしら?」
「ん~、そうだな・・・なんと言うか・・・言葉にしにくいな・・・」
「筆舌に尽くしがたいってこと?もう、そういう言葉遊びはいいから」
「いや、そういうことでは・・・」
宇野は言葉をどう選んだものか悩んでいると、グッドマンが助け舟に、とある指摘をする。
「たぶん、いつもの悪い癖が出たんだろう。ヒロ君?」
「うっ・・・ま、まあ・・・そう、だな」
「悪い癖ですか?」
痛いところを突かれ息苦しそうに言葉に詰まる宇野。それを見てピノが首を傾げる。
「ああ、ヒロ君・・・こと宇野一弘は『何でも屋』として知られているが、そもそも、何でも屋としての呼ばれ方は今と少し意味合いが違っていてね。当初は、『何でも知りたがる、知りたがり屋さん』として、私が『何でも屋』と名付けたんだ」
「ああ、そんで知識欲の塊とか言われとったんやね。てか命名は会長なんか」
「・・・・・・今では、何でも解決できるから・・・という周知」
「でも、それがどう変態の悪い癖になるんですかぁ?」
後から部室に入ってきたナスビ、月、ユキユキもテーブルに着き、昼食を食べながら会話に加わっていた。
「うん、たぶん、ヒロ君はどこでエミリカ君に気付かれたのか気になったのだろう。だから屁理屈を並べだしたんだ。これが彼の悪い癖なんだよ」
「だったら、お姉さまに盾つくことなく、黙って糾弾されればいいのですよぅ」
「うん、そうだろうね。だけど、そこはやっぱり、何でも知りたがる男だからねぇ・・・どこまでエミリカ君が論破できるか、気になったんじゃないかい?」
「・・・そんな所だ」
バツが悪そうに宇野が頷くと、料理部の皆は呆れる。
「なんなのそれ!ウチが必死に宇野一弘を追い詰めようとしてたのに、そっちは内心で楽しんでいたって言うの?」
「楽しむ、か・・・いや、否定はしない」
「はぁ・・・変わった人だとは思っていたけれど・・・なるほどね、道理で少しも振り向かないし、ウチの想いに気付かないワケだわ・・・」
「おもい?なんのことだ?」
「なんでもないわよッ!」
「せやけど、話の大本である、弁当を捨てたんはなんでなんよ?」
「ああ、それはだな・・・まあ、母親とケンカしてな。衝動的というか何と言うか・・・思わず捨ててしまった・・・それだけだ」
「けど、三日間も連続でですか?」
「ああ、いや・・・衝動的だったのは最初の一日目くらいなものかな・・・二日目くらいからは、ちょっと違うというか・・・」
「まさか・・・そこでも悪い癖が出たのかしら?何かを知りたがったとか」
「・・・そうだな」
「・・・ちゃんと聞かせてもらえるかしら?じゃないと、料理を粗末にしたことに納得がいかないもの」
エミリカが怒りの念を込めた圧を放ち、宇野は縮こまって口を開いた。
そもそもは宇野一弘の母親が食券を没収したことにあった。
母親は息子が学業以外で妙な活動をし、対価に食券を貰っていることに疑問を持ち、一弘が今まで集めた食券を没収したのだ。
母親はお弁当を用意してくれているのだから、別に構わないと言い放ったが、これが、一弘にとって許しがたいものであった。
彼にとって食券とは人助けの軌跡、お礼として受け取った証明であった。
何でも屋としての活動の証・・・だが、母親にとっては怪しげな活動をして、集めた、ただの食券でしかなかった。それにより不信感を持たれた。
理解されない。それも相まって、度し難い怒りが沸いてきたのだ。
「いや、実際、怪しいやろ、何でも屋なんて活動は」
話の途中、ナスビが口を挟む。それに対し宇野は眉をひそめる。
「それは・・・そうかもだが、それでも、人の大事な物をだな」
「せやから、学業そっちのけで、変な活動しとったら、親として心配になる思うで。部活ならまだしも、なんやねん、何でも屋て」
「う・・・だが、人の大事な食券をだな・・・」
「いうて、ほとんど期限切れやったんやろ?んなもん、他の人からしたら、ただの紙やん。第一、ちゃんとどういう活動したか、おかんに言うたんけ?」
「いや、それは、だな・・・わざわざ言う必要はないというか・・・その、続きを話してもいいだろうか?」
「さよか、まあ、ええわ。話してみ」
何故こんな上からの物言いなのか納得できないまま宇野は話を元に戻す。
食券を捨てられた怒りの矛先は、最近になって母親が作り出した弁当に向けられた。
三日前、体育の授業の終わりに教室で一番に戻り、カバンを開き、弁当箱を見たとたんに怒りが沸き、衝動的に弁当箱を捨てたのだ。
その時はただ怒りが頭の中を支配していた。だが、これで幾分かは宇野の怒りが収まっていたのだった。むしろ、少しの罪悪感はあった。
この件を母親が知ったら、すごく心配するだろう、と。
だがまあ、クラスで騒がれたものの、母親にこの騒動は届かないだろうし、まあいっか。その程度に軽く思っていた。しかし、母親は宇野一弘が弁当を捨てたことを見抜いたのだ。
何故か?クラスの誰かから話が漏れたのか?だが、そんな風には見えない。母親は弁当箱の中を見ただけで、それを見抜いたのだろうか?分からない。
宇野一弘は気になった。何故、バレたのか・・・可能性を導く必要があった。
そして、二日目は人の目が少ない焼却炉で弁当を捨てることにした。
だが、それは料理部であるエミリカに見つかってしまった。
その後、帰宅し、空の弁当箱を母親に渡すと、またしても、弁当を捨てたことに気付かれてしまった。
宇野は、気付かれた可能性が三つあると考えていた。まず一つは弁当を捨てた初日。この日はアルミカップやプラスチック容器を弁当と一緒に捨ててしまったこと。
これはエミリカの先述した通り不自然である。普通、親の指導でなければ、カップや容器類は弁当箱に残して持って帰るものだ。
この点で母親に気付かれたのだろうと宇野は思い、二日目には容器を持ち帰った。だが、それでも気付かれてしまった。
では二つ目、『人の空腹時は顔に出る』これはエミリカの言葉だ。
二日目にエミリカから弁当のおかずをいただく前に言われ、宇野はしっかりと食事をとり、空腹を防いだ。しかし、それでも母親にはバレた。
となれば残るは一つ。『誰かから話が伝わった』かである。
可能性としては、一日目、二日目と続けて目撃されたエミリカか、それに近しい人物・・・なので、宇野は料理部を警戒して三階の男子トイレで弁当を捨てることを選んだのであった。そして、今に至る。
「と、いうことだ」
「いやいやいや、ナニがということやねん!」
「えぇ・・・結局のところ、宇野さんが弁当を捨てたことに、お母さんがなんで気付いたか、それを知りたくて同じ行為を繰り返していたんですか?」
「・・・・・・理解不能」
「やっぱり、どこか変ですぅ。変態の所業ですぅ・・・お姉さまはこの変態のどこに目をつけたんですかぁ?」
「ん~、お姉ちゃんから『知識欲の塊』とは聞いていたけど、ここまでとはね・・・ウチの想像以上だったわ・・・」
料理部メンバー全員が宇野の話に引いてしまう。
「それでも、やっぱり解せないわ。そりゃ、腹が立って物に当たることはあると思うけど、いくら理由を解き明かしたいからって、何度もお弁当を捨てることはないじゃないの?」
「それは、確かにもったいないことをしたが・・・ま、昨日の残り物を詰めただけだし、そうたいしたことでもないだろう」
軽く言う宇野。それに対し、エミリカの顔色がどんどん真っ赤になっていき、眉間にシワを寄せる。額を見れば、血管が浮かび上がっていた。
それに気付いた料理部は皆、耳を両手で塞ぐ。
次の瞬間、校舎外にまで響く程の爆音が放出される。
「あなたねぇ!そのお弁当にはどれだけの想いが詰まっていると思っているのッ!?ただ、残り物を詰めただけ?本当にそう思っているのなら、何でも屋の目は節穴よッ!」
「へ、へ?はい?」
突如の怒号、爆音に宇野は目を白黒させる。
「いい?あなたの今日のお弁当のメニュー、鮭ごはん、ハンバーグ、卵焼き、小サラダ、ほうれん草のお浸し、そしてリンゴ。分かる?栄養面のバランスがとても良いのよ。それは昨日も一昨日もどれも一緒!気付いてるの?」
「え、そ、それは・・・そうなのか?」
「そうッ!なのッ!よッ!それに、朝早くに起きてお弁当を作るお母さんの労力をなんだと思っているのよ!どれだけ大変か、分かっているの?」
「え!?いや、あの・・・そう・・・だな」
ここにきて、宇野はようやく気付いた。自分の身勝手な怒りと、知識欲の衝動を優先して盲目的に行動してしまっていたことに・・・母親が作ったお弁当と、その思いを、ないがしろにしていたことに。
遅すぎるくらいだが、彼はようやく周囲に目を向ける。
誰もが、呆れた顔をしていた。そして、気付く。やってしまったことに。
「ご、ごめんなさい」
「謝る相手が違うでしょうッ!」
「あ、ああ・・・・・・」
エミリカに言われ、宇野は続く言葉が無かった。
彼女を視れば、まだまだ怒り足らないくらいに怒気を孕んでいたが、それをなだめにグッドマンが間に入る。
「まあまあ、ようやく宇野も目が覚めたようだし、これくらいで」
皆、揃って宇野を見る。彼は肩を落とし、小さくなっていた。
それは親に怒られた子供のようで、少し可哀想に思えた。その姿に誰しも、これ以上責める気にはなれなかった。だが、まだ気になる事はある。それを聞いたのはユキユキであった。
「というかぁ、変態が直接お母さんに聞けば、すぐに済む話だったんじゃないですかぁ?どうしてお弁当を捨てたことに気付いたの?って~」
「い、いや、それは、だな・・・」
息苦しそうに返事をする宇野。そんな彼に代わりグッドマンが答える。
「うん。男の子には見栄、というのがあってだね。母親とケンカをした後の数日は会話を交わしたくなくなるものなのだよ・・・特に思春期の最中はね」
「あ~、せやなぁ、自分も思春期やから反抗期いうんも分かるで」
「反抗期と言うのは『自立へのプロセス』みたいなものだからね。だから、親の手をはねのけるような事をしたんだろう」
「へ~、たしかにボクも最近は親をうっとうしく思う時があります。一緒におでかけとか少し恥ずかしいですもん。それで宇野さんは自立しようと、自身で食券を稼いだり、親からの食事を拒んだりしたのですね!」
「ん~、ピノのは純粋な思春期と反抗期やろけど、何でも屋のんは、ちょい歪んどる思う・・・いうかこれ、中二病も併発しとるんとちゃうか?」
「ちゅ、中二病・・・ですか?」
「なんですかぁ?それは病気ですぅ?」
「せや。ピノやユキユキも覚えとき。中学二年生くらいの第二次成長期に入るとな、時折、妙な衝動に駆られることがあるんよ。自分もあったけどな。妙なポエム書いて、学級新聞に貼ってもらってヴアアアアァァァァァ!」
「落ち着きなさい、ナスビ!つまり後先を考えずに恥ずかしい妄想を行動に移してしまう病気なのよ。ナスビの中二病はとあるショックから短期で済んだの」
「そ・・・そうなんですね。エミリカ先輩・・・では宇野さんも」
「はあ、はあ・・・せやろな。何でも屋なんてよく考えたらわけわからん活動しとる時点で気付くべきやったけど・・・」
「その、それくらいにしないかい?ナスビ君・・・ヒロ君が、宇野がもう限界のようだ」
グッドマンが言い、宇野に視線を向けると、彼は顔を真っ赤にし、うつむいていた。なんかもう、穴があれば埋まりに行くんじゃないかってくらいに、彼は羞恥に顔を歪めていた。
それを見かねてエミリカは話を反らす。
「そういえば、なんで食券を集めるようになったのかしら?それは自立に繋がるものなの?」
この疑問は皆も持っていたようで、視線が宇野に集まる。
「あ、ああ・・・お母さんが弁当を作るようになったのはここ最近でな。その前までは学食で食べるよう、お金を貰っていたんだ。お母さんは、看護師の仕事で忙しくて、そんな弁当を作る時間がなくて・・・・・・」
ここで宇野の言葉が詰まる。何かを吐き出したいが、上手く言葉にできず、息がつまってしまう。
その様子に、エミリカは優しく微笑み、穏やかに声をかける。
「うん、それで?大丈夫よ、ちゃんと聞くから」
それは母親が子供を諭すようであった。宇野は小声で話を続けた。
「その、家が・・・経済的に、あまり・・・良いとは言えなくて、な。だから、あの、昼食くらいは、自分で、と思って・・・そのお金は、いざという時に、貯めて・・・けど、食券を隠されて・・・」
「ああ。それで、お母さんに理解されてないって、癇癪を起こしちゃったのね」
「・・・それも、ある・・・」
「そりゃ、人の物を勝手に没収されたらイラつくのも分かるわ。けど、それ、お母さんにはちゃんと話をしていないんでしょう?」
「・・・仕事が忙しそうだし・・・ここ最近、夜勤が続いていたし」
「それは言い訳、でしょ?お弁当捨てたのも、構ってほしい子供のイタズラのようなものよ」
「それは・・・どうして、お母さんに気付かれたか解き明かしたくてだな」
「それも言い訳よ、知識欲なんて聞こえは良いけどね。寂しさの裏返しでしょ?経済的に厳しいとか言っておいて、行動が伴ってないじゃない」
「そ、それは・・・そう、だな・・・けど・・・」
「けど、なに?もしかして謝り辛いのかしら?」
「・・・・・・・・・謝って、それで今後は、お母さんにどう接していいのか・・・それに、なんで最近になって弁当を作りだしたのか・・・仕事、忙しいはずなのに・・・」
「それはあなたが成長期だからじゃないの?」
「成長期・・・だから?」
「ええ、恐らくだけどそう思うの。詳しくは分からないけどね。ちゃんとお母さんとお話ししなさい」
「・・・話したところで、どうなるのか」
「不安なのね。理解してくれるのかどうか・・・なら、謝りついでに宇野一弘の抱える想いと悩みを全部解決すれば良いのよ」
「・・・どういうことだ?」
「ふふっ、それはね。この破天荒生徒四天王にして料理部部長、テイストプルシュアー・エミリカにお任せなさい!」
「・・・依頼料は?」
「依頼料って・・・恩返しと言ってほしいわ。でも・・・そうね。それじゃあ宇野一弘は納得しないでしょうし、両者ウィンウィンでいける提案があるわ」
エミリカの提案に、宇野一弘は耳を傾けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます