お料理探偵、エミリカ あっちこっち舌鋒勝負 ~後編~



 脱力・・・



 どれもこれも跳ね返されてしまう。なんだかバカらしくなってきた。


 そもそも、どうして、こんなことをしようと思ったのだったか・・・エミリカは自分に問う。


 グッドマンからの依頼だから?それも、あるにはある・・・

 宇野一弘という男が気になったから?それは・・・まあ、そうだ。

 彼という人が知りたいから・・・


 ふと、宇野一弘が文化祭の推理勝負で語った言葉を思い出す。


『いいか、こういうのは現国のテストと一緒で出題者の意図を読み解くんだ』


 意図・・・なんで宇野一弘はお弁当を捨てたのか・・・動機・・・


 大事な人が作ってくれたであろう大切なお弁当・・・どうしてあんなにも、もったいないことをしたのか・・・


 そんなの、考えたところで本人にしか分かるはずがない。

 そんな食べ物をもったいないとすら思わない人の心理なんて・・・



 あれ?もったいない?



 エミリカの脳裏に何かが引っかかる。



 もったいない・・・



 そういえば、昨日、焼却炉から宇野一弘は捨てられたおかずの中からアルミカップやプラスチック容器を持って帰っていた。


 それは何故?もったいないから?


 いや、そもそもの話、お弁当の中身を捨てるなんてもったいないことをしてるのに、そんなことを思うのだろうか・・・


 いや、違う。別の理由がある。だとすれば、一つの可能性が見えてくる。


「なぁ、もういいか?あんたの無駄な妄想話に付き合うこっちの身になってくれ。用事だってあるんだ」


 宇野は黙りこくるエミリカにしびれを切らし、話を切り上げにかかる。


「待って!最後に一つ・・・いいかしら?」


 エミリカの待ったに、宇野は瞳をフセて肩をすくめる。


「最後だぞ?聞かせてみろ」


 彼は腕を組んで待つ。何が来ても跳ね返す自信があるのだろう。困ったように苦笑いする様はふてぶてしいくらいである。


 エミリカは頭の中で言葉を選出する。ここで逃しては、二度は無い。おそらく、ここで失敗すれば宇野一弘との関係はさらに遠いものとなるだろう。


 エミリカは唾をのむ。そして、考えがまとまり、口を開く。


「ねえ、宇野一弘。あなた、さっきトイレでお弁当の箱を回収したわよね」

「ああ、そりゃあ、するさ。見つけた以上はな」


「その時、お弁当の中は、昨日や一昨日みたいに、中身が全部すてられていたのかしら?」

「・・・ああ、捨てられていた。昨日みたいにな。それがどうした?」


 とすれば・・・勝機が見えてきた。


「ねえ、そのお弁当の中身を見せてもらってもいいかしら?」

「・・・ああ?かまわないが・・・」


 宇野はテーブルの上に置いた弁当箱を開ける。その中には、お箸と、少しの米粒と、空のアルミカップやプラスチック容器があった。


 案の定であった。エミリカは慎重に次の言葉を選ぶ。


「この、アルミカップはハンバーグが入っていたものよね?昨日と同じカップかしら?」

「さぁ?どうだろうな。作ったのは母親だ」


 眉根を寄せ、怪訝そうに言う宇野。ここにきて、表情に変化が出る。


「じゃあ、ほうれん草が入っていたプラスチック容器も同じかどうかなんて、分からないわね」

「ああ、そうだな・・・それで?」


「そうね。結論から言って、プラスチック容器は昨日とは別よ。というか、もう家にもないんじゃないかしら?」

「ほう、何故そう思う?」


 宇野はやや体を前に傾け、両肘をついて手を組む。


「だって、プラスチック容器って冷凍食品が入った容器でしょ?冷凍食品ってたいがい、一つ一つに容器がついているのに、それを持ち帰って洗って使うなんて、おかしいじゃない。毎回も持ち帰っていたなら、ゴミであふれるわよ」

「・・・なるほど」


 宇野が頷く。エミリカは、よし!と心の中でガッツポーズをする。今のところ、間違いはないようだ。屁理屈という名の反撃が来る前に追い詰める。


「昨日、ウチはあなたが容器を持って帰るのを、ゴミの分別かと聞いた。けれど、違った。あなたは再利用するためだと言ったわ。でも先述の通り、これはお弁当を作る人からしたら、おかしなことなの」

「ふむ・・・それで?」


「なら、なぜ、あなたは容器を持ち帰ったか・・・一番、有りえて納得のいく可能性をあげるとすれば・・・それは、お弁当を捨てたことを、作った母親に悟られない為・・・じゃないの?お弁当に容器がなければ不信に思われるから」


 二度目の王手、これが通じないのであれば、もはや打つ手なしだ。

さぁ、どうか?


「・・・・・・・・・」


 一時の沈黙。そして、宇野は組んだ手に額をやおら乗せ、口を開く。


「そうか、容器か・・・さっきのトイレの中で、ゴミ箱をあさっていたのは、ただおかずを確認しただけではなく、容器も探っていたのか・・・隙を生じぬ二段重ね・・・ってやつだな」

「ええ、そうよっ!」


 自信満々に言うエミリカ。ただ、容器のことは今さっき気付き、ゴミ箱の中を確認した時にそんなことは気にしていなかった。だが、これでいい。


 勝気なエミリカ。対し、宇野は大きく息を吐いた。


「まったく、たいしたもんだ。いくつもの相手を追い込んできた何でも屋が、ここまで追いつめられるとはな・・・」


 宇野は苦笑する。そして、眼光鋭くエミリカの目を見る。


「朝の弁当交換や一緒に登校したのは、仕込みだったわけか・・・」


 その通り。エミリカは首肯する。


「そして、あんたの口ぶりから、午前中、見張りを付けられていたのだろう。可能性があるとすれば、ありさか?やたらこっちを見ていたしな・・・」


 鋭い・・・またもエミリカは頷く。額にイヤな汗が浮かぶ。


「で、最後に昼休み、一般棟から渡り廊下や外へ出る道は料理部のナスビやユキユキがいた。それを迂回して三階に上がったが・・・全ては誘導だったわけか・・・女子しかいない料理部なのに男子トイレに堂々と入ってくるとはな」


「いや、ボク、男ですから!」

「あ、いたんだ?」


 ぷりぷりと怒るピノ。そういえば室内でお茶を淹れていたことを宇野とエミリカは思い出す。彼は二人の言葉の応酬を部室の隅で見守っていたのだった。


「まあ、それはいいとして・・・だな。エミリカ、一つ見落としがあるぞ」

「な、なにかしら・・・」


 次はどんな屁理屈がくるのか、それを打ち返せるのか、エミリカは歯を強く噛みしめ、気を強く保ち、待ち構える。


「昨日はゴミ焼却所に捨ててあった。人目につかない場所だな。なのに今日はトイレのゴミ捨て場だ。普通はもっと人目につかない場所を選ぶもんじゃないか?」

「それは・・・宇野一弘がそこにしか行ける場所がなかったからじゃないの?」

「だとして、ゴミ箱に捨てるか?捨てる場所は、他にあるだろ?そう、便器の中に・・・そうだろ?」


 宇野は鋭い眼光のままエミリカを見据え、出方を待つ。


 エミリカはここで頷くわけにはいかった。ここでそれを認めれば、全ては白紙に戻るからだ。

 確かに、宇野が犯人とすれば、ゴミ箱に捨てるのは不自然だ。料理部の動きには警戒をしておいて、あえて、ゴミ箱に捨てる・・・それは自分の首を絞める悪手以外にならない。


 だが、宇野はゴミ箱に捨てた。トイレに流すことをせず、あえて捨てたのだ。


 何故か・・・理由は・・・宇野一弘との出会いの中に答えがあった。


 ようやく、ボロをだした。ここにきて、ここまで追い詰めて、やっと、隙を見せた!


 エミリカは気を引き締める。

「それは・・・校則第八章、『設備の取り扱い』第22条にあるわ。覚えがあるわよね?何でも知っている何でも屋なら・・・」

「・・・・・・それは」


 宇野一弘の目が泳ぐ。それは焦り・・・と、エミリカには見て取れた。

 ならば反論は待たずにエミリカは追い打ちをかける。


「『校内のトイレにおいて、本来の用途以外の異物を流してはならない』そう話していたのは宇野一弘、あなた自身よ!」


 それは文化祭一日目で、かき氷のメロン味の謎を追う前に、ユキユキと宇野一弘が校則のことで一悶着あった。その際に、彼はしっかりと校則を諳んじたのだ。


「校則を全部言えるのなら、当然知っているでしょう?それ以前に、トイレに異物を流せば詰まる可能性があることは常識なのだけれど」


 そう。トイレには流していいものと、いけないものがある。

 いいものは、人の糞尿、トイレットペーパー、水である。

 いけないものは人以外の糞(動物の糞には毛が混じっており、詰まらせる可能性がある)

 トイレットペーパー以外の紙(水に溶けにくいため)

 そして、異物や食べ残しである(これらも水に溶けない、ないし溶けにくい)


「というか、食べ残しをトイレに流したらいけないことくらい、子供の時に親から学ぶでしょう?」

「親から・・・か」


 宇野は視線をエミリカから離し、宙を見る。

 エミリカは焦った。宇野は遠い目をして、何を考えているのか分からない。


 もしかしたら更なる言い訳がくるのだろうか?


 ここで、宇野が『知らなかった』と白を切れば、そこまでである。

 相手が弱みを見せたところで、もとより、こちらに物的証拠は存在しない。

 勝ち目は薄く、宇野が言い返せなくなるまで追いつめるしかないのだ。


 お願い、ここで折れて。と、エミリカは祈る。


 沈黙の間。焦りが募る中、宇野はようやく思い立ったか、口を開く。


「確かに、校則は全部覚えている。だがな・・・」

「そこまでにしないか?ヒロ君」


 宇野の言葉を遮る声、それはグッドマンであった。

 彼は部室の扉を開き、メガネを光らせる。


「話は全部、聞かせてもらったよ。趣味が悪いと思うかい?だけど、ここまで追いつめられておいて、あれこれ言い訳して、往生際悪く、屁理屈を並べ立てて、それこそ趣味の悪い行為だと思うよ。私は!」


 口早やに言うグッドマン。彼の言葉には怒気を感じた。普段、グッドマンは温厚そうに見えるが、いかにも怒っているのが、この場にいる皆に感じ取れた。


 傾いたメガネを指で正し、彼の怒りは続く。


「いいかい?エミリカ君はここまで周到に理論武装して挑んだんだ。どれも筋が通った立派な推察だよ。なのに、ヒロ君ときたら、ぶれにぶれた子供の言い訳じゃないか。誰が聞いたって、エミリカ君の推理を支持するよ!」

「い、いや、だがな、ヨッシー、そうは言っても、そもそも証拠が・・・」

「じゃあ、ヒロ君のお母さんに、今までの会話、全てを暴露するとしよう!」


 そう言って、グッドマンはスマホを取り出す。その画面には録音アプリが開かれていた。


「な、それは、汚いぞ!」


 そう。これは禁じ手『お前の親に言いつけてやる』である。


 本来、子供同士の言い争い程度に親を介入させるのは、子供社会に置いてのタブー。

 だが、宇野にこれを糾弾する権利は無い。何故なら・・・


「四日前、食堂でエミリカ君と私が繋がっているとヒロ君は疑い、私がとぼけると、兄や関係者に聞いて回ろうとしたのは、誰だったかな?」


 そう。これがあるからだ。


 四日前に宇野は『エミリカがグッドマンを通じて、何でも屋の行動を追っていることに気付き、グッドマンの兄であるカインドマンに確認しようとした』のである。

 もし、これがカインドマンに知られたら、グッドマンは宇野に気付かれるような下手な手を打ったとして、兄から受け継いだ生徒会長の名と手腕が問われ、面目が立たない。そういう脅しをかけられたのであった。

 そして、その逆を今、グッドマンはやってみせたのだ。これには宇野も苦虫を噛み潰したように唸る。


「くっ、意趣返しのつもりか・・・」

「さて、どうだろうね?もし、エミリカ君の推測通り、ヒロ君がお弁当を捨てたことを隠そうとする相手、それが君の母君なのであれば・・・確認を取られてさぞ困ることだろう・・・でも、違うのであるなら、君の母君に今までの会話を流されたって、別に構わないだろ?」


「・・・・・・・・・」


 黙する宇野。エミリカの推理にグッドマンの援護が加わり、ついに宇野は追い詰められてしまう。


 一時、部室に降りる静寂。皆、息がつまる。


 だが、それを打ち破るのもまた、宇野であった。彼は大きくため息を吐くと、苦笑した。


「ふっ・・・よくもまぁ、ここまで頭と舌が回るもんだ」

「そりゃあ、料理人だもの。舌は命よ!」

「はっ、これには舌を巻くな・・・負けたよ。全部、エミリカの推理通りだ。まさか、グッドマンまで使ってくるとはな・・・お見事だ」



 宇野が全てを認め、ようやく押し問答が終わったのである。


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