お料理探偵、エミリカ あっちこっち舌鋒勝負 ~前編~



 部室には、宇野、エミリカの二人が簡易テーブルに着き、ピノは急須にお茶を淹れている最中だった。そのお茶を湯のみに移したところで宇野が口を開く。


「・・・三人だけか?」


 室内を見渡し、宇野は訊く。対しエミリカは出されたお茶をすすり、頷く。


「ズズッ・・・ええ、そうよ。今日はみんな用事があるみたいなの」

「そうか・・・それで、何を話したい?捨てられた弁当のことか?」


 目線をエミリカに定める。彼女はそれに気付き、お茶をテーブルに置く。


「ええ、そうね。また、ゴミ箱にお弁当、捨ててあったわね」


 声のトーンはいつもとかわらず、だが、視線はまっすぐ宇野を捉えていた。

 互いに視線が交差する。どちらとも、会話の調子は普段と変わらないが、剣呑な雰囲気であることは、部外者のように振る舞っていたピノでも感じ取れた。


 その中、宇野は呆れたように肩を竦ませる。


「まったく、困ったもんだ。また、こんなことになってしまった」

「ふ~ん、そうなんだ。それで、さっき話していた急用ってのは、お弁当を捨てた犯人を見つけるためのかしら?」

「ん?ああ、いや、依頼だ、三年生からのな。依頼内容は守秘義務のため話せない。で、その途中にトイレに寄ったら、こうなった。そこからはあんたらの見た通りだ」


 困ったように話す宇野。その口調はまるで他人ごとである。

 ただ、その言葉の中に嘘はないのだろう。だが、事実を話していない。

 このまま問い詰めても話を反らされるだけと踏んだエミリカは次の手に打って出る。


「そう・・・今回もお弁当が捨てられていたけど、その犯人はね。やっぱり、あなた・・・宇野一弘でないかとウチは思うのだけれど、いかが?」


 エミリカは視線を宇野から離さずに問う。彼の表情の変化を少しでも読み取るために。

 宇野は両手を結び、口元に当てる。そして、挑戦的な目をエミリカに向ける。


「ほう・・・何故、そう思う?」

「だって、いつも現場にいるからよ。それ意外にある?」


 エミリカの牽制、これに宇野はため息混じりで応える。


「ふう、そんなことをしてどうなる?昨日も話したが、こちらにメリットが何もないだろ」

「ええ、そうね。動機は、分からないわ・・・だけど、教室でお弁当を捨てられた時、宇野一弘以外にそれが可能な人物はいるのかしら?」


「さあ?マスターキーあればいけるだろ」

「職員室に忍び込んで?生徒がそう簡単に借りられるものではないわ」


「なら、教師じゃないか?」

「あ・・・ふ~ん」


 納得するエミリカ。確かにその線であれば可能であると思う。


「で、でも、教師がそんなことする理由なんて」

「教師とはいえ、人間だろ。聖人ではないし、変な人だっている」

「・・・・・・むぅ」


 滅茶苦茶な反論にエミリカは頬を膨らます。確かに、可能性はゼロではないが・・・なるほど、グッドマンの言う通り、このままでは、こちらの推論の穴を突かれ言い逃れされること必至である。

 となれば、追い込むしかない。


「なら、移動教室のない昨日はどうなの?それに今日だって、宇野一弘のカバンからお弁当箱を抜き取る隙はないはずよ?」

「いや、隙はあるだろ?トイレとか行くし」


 もらった!その反応を待っていたエミリカは口元を手で隠し、口角を上げる。


「あら、だとして、クラスの誰かが人のカバンをまさぐっていたら、おかしいと思う人がいるのではなくて?衆目の中でそれは不可能と思うわ!」


 勝った!エミリカは確信した。これを論破できるとは思えない。できたとしても、それは説得力の無い虚言でしかないだろう。と、高を括る。


 宇野はやれやれ、と首を振る。


「・・・去年、あんたら料理部を救うために職員室に忍び込んで家庭科部のレシートを拝借したよな?」

「えっ?えと・・・そうね。家庭科部が支給された金額以上に買い出しをして、その不正を暴くために、宇野一弘が・・・そ、それがどうだって言うの?」


 この感じはマズい。何か面倒な反論が来る。エミリカは息をのんだ。


「案外、大勢の人の視線を避けるなんて簡単なものだぞ?協力者が複数いればな」


 実行できる人物が言うならば説得力はある。しかしエミリカは食い下がる。


「なっ!?そんなことできるのなんて、宇野一弘みたいな、何でも屋とか特別な称号を持った人物くらいなものよっ!」

「いや、いるだろ、この学校。破天荒生徒四天王の称号を持った『情報屋』とか、残りの一人とかな・・・変な称号を付けられた身としては言いづらいが、この学校、変人が多いだろ。授業中に教師の目を盗んでお菓子作りとかするし、無駄に行動力があるからな・・・あんたとか、最たる例だろ」


「そ、そんなの・・・そうだけども・・・でも、屁理屈じゃない!」

「通れば理屈だ。可能性はゼロじゃない。それに難癖を付けてきてるのはどっちだ?」

「ぐぬぬぅ~」


 エミリカは歯がみをする。このままでは宇野一弘の理屈が通ってしまう。

 今の流れではダメだ。エミリカは一度、深呼吸をして落ち着きを取り戻し、改めて彼の表情や態度を伺う。対峙する相手は以前、落ち着いたままである。


 余裕なのか?宇野からの追撃はなく、こちらの攻撃・・・いや、口撃を待っているかのようである。

 何か、あちらにも策があるのだろうか?それとも犯人はちゃんと、他にいるとか?目星が着いてて、それが分かっているから何も言い返さないのか?


 イヤ、だとしたら、初手で向こうから真犯人の情報を話しているはずだ。

 宇野一弘の言葉を思い出す。文化祭で、推理勝負をした時の言葉だ。


『この現状でいくつかの可能性を挙げて、少しでも矛盾点があれば取り除き、一番有り得て納得のいく可能性を選出する』


 そう、真犯人の情報を出さないということは『隠している』それか、『出せない』のどちらかだ。


 隠しているならば、少しでも情報を開示して、この場を去ることに注力するだろう。それをしない、ということならば、出せない可能性の方が高い。


 惑わされるな。と、エミリカは自分に言い聞かし、次の手に出る。


「はぁ・・・本当は、こんな手を使いたくなかったのだけれど、致し方なしね。料理で人を欺くなんて、あってはならないことなのに・・・」


 エミリカが独り言ちると、宇野はそれに首を傾げる。


「宇野一弘っ、あなた、口の中を見せてもらってもいいかしら?」

「は?イヤだが、それをして何になる?」


 突然の申し出に怪訝な顔をする宇野。


「それで、宇野一弘がお弁当を捨てた張本人であることの証明ができるからよ!」


 言って、エミリカは机から身を乗り出し、対面の宇野の口へと手を伸ばす。


「ほらっ、イーってしなさい、少し、ほんの少しでいいからっ!」

「イダダダダ、少しじゃないだろ!?口が裂けるレベルじゃないかッ!」


 中を確認し、やっぱり、とエミリカは勝ちを確信する。


「ほら見なさい!あなたの歯に『海苔』が挟んであるわ!あなたはお弁当の中身を捨てる前に、ウチの海苔が巻かれた卵焼きと青のりの付いた竹輪の磯辺揚げを食べたでしょう!どう?これでも言い訳ができて?」


 これに宇野、動じることなく反論する。


「いや、早弁をしたんだ。授業の合間の・・・そう、休み時間にな」

「ふ~ん・・・だけど、目撃者はいるのかしら?それを証言できる人物は?」


 エミリカは王手をかける。この問いにイエスと応えられないことを知っているからだ。何故なら、ありさという学友に宇野を見張らせていたのだから。


 これで、どうだ?とばかりにエミリカは胸を張る。しかし、宇野は反論する。


「いや、早弁なんて堂々とせずに人の目を盗んでこっそりと食べるものだろう。カバンの中に手を突っ込んで、教科書か何かを取る仕草をしつつ、弁当箱を開け、おかずを手に掴み、手の中を皆に見えないように口へと運ぶ・・・簡単だろ?」

「へっ、はあ!?そ、それは・・・むぅ~」


 なんとまあ、ここまで屁理屈が出てくるものだと呆れを通り越して感嘆する。


 もはやこれは才能の一種である。このままではもう、自分が犯人でないと貫き通されてしまう。

 こちらの打てる手は使い果たした・・・この時のために今日の朝、宇野一弘と公園で出会い、お弁当を交換して、一緒に登校までした。


 ありさに頼み、午前中、宇野一弘の見張りをしてもらった。


 昼休憩には、ナスビとユキユキに一般棟の外を見張らせ、月は屋上で監視をさせ、ピノには付いて来させた。


 あらゆる手を使い、皆に協力させ、それでも宇野一弘という男を追い込むことができなかった・・・・・・敵わない。



 エミリカは深い息をついて、パイプ椅子にもたれかかる。


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