昼弁当旅 〜あなたのお弁当見せてください!〜 事件3日目~登校時~ 本文編集
エミリカはいつもと違う通学路を歩き、登校していた。
「朝、違う道を歩くと言うのは新鮮なものね。気分を引き締めるにちょうどいいわ」
彼女は独り言を言い、毛先がカールした亜麻色の髪をなびかせ、沿道を歩いていた。ちらり、と片手に納まるコンパクトな手鏡で髪型を確認する。特に目立った寝ぐせはなく、バッチリである。お肌のツヤも良かった。
エミリカが何故、いつもと違う通学路を歩いているのか?それはもちろん彼女の気まぐれなどではなく、目的あってのことである。
グッドマンからもらった情報によれば、宇野一弘は自転車に乗り、この時間、この通学路を通って宝ノ殿中学へと登校しているはずである。
エミリカは彼と出会うために早く起き、準備をしてこの場所へと来たのである。それは恋する乙女が、想い人に出会うためのように・・・
否、比喩ではなく、その通り、想い人に会うためではある。だが、恋路を成就させるためだけに、路を変えたのではない。別の目的があった。
エミリカは路肩から広い運動公園に入り、緑の葉が生い茂る並木道を通る。
木漏れ日の下、彼女は初夏の暑さを忘れたかのような涼しく、そして凛とした表情で歩く。それは覚悟を決めた者の顔であった。
「来たわね」
手鏡で後方を確認して歩いていたエミリカは確かに彼、宇野一弘が自転車に乗って登校し、こちらに向かって来るのを確認できた。
エミリカは偶然を装うために、いつも通りに歩く。そして、彼が横を通る。
彼女は期待した。もしかしたら向こうから声をかけてくれるのではないか?
という期待は無駄であり、宇野一弘は黙って横を通り過ぎる。
「ちょっと、待ちなさいよッ、宇野一弘!」
少し怒気を混ぜてエミリカは呼び止める。
声に気付いた宇野は自転車を停車させ、肩越しに視線をよこし、
「なんだ、エミリカか。珍しいな、この道で会うとは」
と、目を丸くして言う。それに対しエミリカはショックを受けた。
そしらぬフリならまだ可愛げがあるものを、彼は本当に気付かずにエミリカの横を通り過ぎたようであった。
エミリカには自負があった。正面からはもちろん、後ろ姿であれ、誰もが自分に気付き声をかけてくるものだと。
「そりゃ、ナスビには負けるだろうけど・・・」
異国の血が混ざったハーフの美を持つナスビには、衆目を振り向かすオーラに一歩届かないにしても・・・それにしたって、連日の弁当の恩があるにも関わらず、恩人の後ろ姿に気付かないなんて、この扱いにエミリカには納得がいかなかった。
だが、宇野の表情を注視すると、その目元にはクマができており、やや血色が悪いように思えた。
何かが、あった。
そう感じたエミリカは自身のプライドを飲み込み、本来の目的を思い出す。
「おはよう、宇野一弘。今日は天気がいいから少し違う通学路を通ってみたくなったの。それで運動公園を散歩がてら登校していたのよ」
「おはよう、エミリカ。そうか・・・まぁ、遅刻しない程度にな。それと、何度もお昼、ありがとう。それじゃあ」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい」
ペダルを深く踏み込もうとした宇野を慌てて引きとめる。
「なんだ?」
うっとうしそうに振り返るその表情に、若干の苛立ちを覚えるも、ここは大人しく飲み込むエミリカ。本来の目的を果たすために冷静さを取り戻す。
「ちょっと、その・・・お弁当を見せてほしいな~、なんて思ったの・・・持ってきてるんでしょう?お昼のお弁当・・・」
「なんでだ?」
当然、聞かれる。そして訝しむようにエミリカを視る。宇野から警戒されるだろうと分かっていた彼女は、事前に予測していた台詞を自然に話そうと努める。
「あ、あのね。宇野一弘のお弁当を一度、しっかりと見てみたいな~って・・・ほら、ウチってば捨てられたあなたのお弁当しか見たことないじゃない?だから一度、ちゃんとしたお弁当の姿を見てみたいのよ」
自然な理由ではある。が、宇野は警戒を緩めない。
「別に、なんの変哲もない弁当だぞ?わざわざ見なくてもいいだろ?」
「そ、そうかもだけど・・・ウチね、料理家として他のお家のお弁当の色合いとか栄養面とか、献立とか気になっちゃうタチなのよ」
不自然ではない言い分。料理をする者であれば他の家庭の料理が気になるのは当然である。これに対し宇野はコクリ、と頷き、ペダルに足をかける。
「分かった、見せてやるよ、また後日な」
「い、ま、よ!」
エミリカは宇野の首根っこを捕まえ、スイカに穴を穿つ程の握力を出し切る。
「ぐあああああ!だからなんなの?そのパゥワァアア?痛いッ!痛いッ!見せるからッ!だから離してくれッ!」
宇野の見せる、という言葉を確認し、エミリカは力を緩める。
「はぁ、はぁ・・・なんだって、そんなに人の弁当が見たいんだ?」
「ウチの力の秘訣?それは十人前の料理が入った中華鍋を振り回していれば自然と身につくものなのよ」
「いや、そっちの質問でなく・・・」
「ウチが弁当を見たい理由ならさっき答えたでしょうよ」
「はぁ・・・分かった」
宇野は自転車を下り、スタンドを立てて、カゴに入った学生カバンを開く。
中から布でキレイに包まれたお弁当を出すと、布をほどいて弁当箱のフタを開ける。
「わぁ、美味しそうね」
中を見て、エミリカは素直な感想を言う。
銀色のステンレス製の弁当箱を開ければ、中には色合い鮮やかなおかずとご飯が詰まっていた。
まず、弁当の半分を占めているのは鮭フレークが乗ったごはんであった。
フレークの量は心持ち少なめではあるが、もう半分のおかずを見ればこのくらいで丁度いいのだと納得する。
次に目につくのは黄色い暖かな色をした卵焼きである。しっかりと卵を溶いたからこそ、ムラの無い黄色の色をして、柔らかそうであった。
その次に、ハンバーグ。昨日の残りだろうか?半分に切った状態ではあるが、それでも中々に大きい。ソースがこぼれないようにアルミのカップに仕切られている。そのソースだが、色合いからしておそらくデミグラス。そして薄切りにされたマッシュルームが乗っており、中々に凝った作りである。
そしてサラダもある。キャベツとニンジンを刻んでドレッシングをかけた簡素なものだが、ちょこんと置かれたプチトマトが嬉しい。
後は冷凍食品であろうプラスチック容器に入ったほうれん草のお浸し、そしてデザートに一口サイズに切られたリンゴが入っていた。
これには朝食を食べたばかりのエミリカも、ゴクリ、と喉が鳴る。
「すごく良いお弁当じゃない!見た目も良いし」
「そうか?みんなこんなもんだろ?昨日の残り物や冷凍とか鮭缶を詰めたくらいだと思うぞ。それに見た目なんか腹に入ったら一緒だしな」
「そ、そうなのね・・・」
宇野のそっけない返答にエミリカは頷くも、内心苛立ちがあった。小一時間、料理について講釈をたれたろかい!と思ったが今は飲み込むことにする。
「ま、ウチのお弁当も負けていないわよ!ほらっ」
エミリカもカバンから赤を基調とした花柄の弁当箱を開く。
中は海苔の巻かれたおにぎり、ピーマンの肉詰め、だし巻き卵、竹輪の磯辺揚げ、少量の焼きそば(冷凍)、、デザートは輪切りのみかんである。
ピーマンの肉詰めには、醤油をベースとしたソースがしみ込まれており、そのソースがよそにいかないよう、レタスを敷いて仕切りにしていた。
だし巻き卵は醤油ベースに、カツオだしを混ぜ、中に味付けのりを挟み関西風味に作っている。竹輪の磯辺揚げの衣はやや厚めに、青のりをふりかけて青々とした草原のように輝いていた。
「エミリカの弁当もなかなか美味しそうじゃないか」
「そう?本当にそう思う?」
「あ、ああ。そう思うが・・・」
「そう!ならおかずを交換しましょっ。ウチの手作りのおかずよ!」
「えっ、いや、なんでだ?」
「理由はさっき話したでしょ?料理人として、よ。味だって気になるじゃない」
「・・・はぁ、そういうものなのか?」
「そういうものなのよ!」
エミリカは気迫を放ち宇野を気圧する。彼女はこの話を押し通す算段でいた。
ここ数日、宇野はエミリカから弁当のおかずを恵んでもらっていた分、今回の交換という条件には断りづらいものがあると踏んでいたのだ。
少し悩みはしたものの宇野は「分かった」と頷く。
「しかし、どれと交換するんだ?ハンバーグか?」
「う~ん、そうねぇ、そちらのほうれん草のお浸しと、ウチの焼きそばはどう?」
「いや、どちらも冷凍食品じゃないか。なんでだよ、こんなもん、エミリカが気になるという家庭の味じゃないだろう?」
「ふふっ、冗談よ。卵焼きを交換しましょう!卵焼きこそ、家庭の味が色濃く出るものなのよ!それとハンバーグも一口ちょうだいな。竹輪をあげるから」
「・・・まぁ、いいだろう」
頷き、宇野は箸でハンバーグを半分に割り、エミリカの弁当箱へと移す。
「じゃぁ、卵焼きも貰うわね。ウチのと交換で、それと竹輪もどうぞ」
交換がすみ、エミリカの思惑の通りに進む。偶然を装った遭遇。そして、お弁当の交換・・・そして、次の段階へと取りかかる。
「ありがとうね、宇野一弘。全部ウチの手作りなの。後で感想を聞かせてね?」
「あ、ああ、分かった。もういいのか?それならここで」
「それじゃあ、せっかくだし一緒に登校しましょう」
話を切り上げようとした宇野に、話を被せるエミリカ。
このエミリカのお誘いには大きな意味がある。恋を成就させるための作戦、『外堀から埋めていく作戦』である。
男女が二人そろって登校することには大きな意味がある。
これが小学生であればただの仲の良い友達、とか幼なじみである可能性はなくもない。だが、これが思春期真っただ中の二人であれば違ってくるものである。
特に、周囲の受け取る反応が!
中学生、という恋に焦がれる年頃の人種は、あらゆる思い、想い、妄想や想像を男女ともに膨らませて過ごしているものである。
それは時に憧れであったり、願望であったり、欲求であったり様々である。
このような人種が、男女二人で仲良く登校する姿を目にしようものなら、なんと想うものだろうか?当然、様々な憶測が飛び交う。
あの二人、付き合ってるんじゃないか?とか、そういう仲だったのか?とか、周囲は様々な想像を膨らませることであろう。
ましてや、運動公園で会い、お弁当の交換まで済ませている。この間、宝ノ殿中学の生徒はエミリカが視認できただけでも十人は通り過ぎている。
他人から見れば恋人が公園で待ち合わせをし、そこでお弁当を交換しているように見えたに違いない。
これに付け加え、一緒に登校しようものなら、学内で噂になることは間違い無しである。噂となれば、とうぜん周囲はもてはやすこと請け合いである。
それで付き合ってないと判明しても、「え~、もったいないよ~」とか「付き合っちゃえばいいのに~」とか「お似合いだと思うけど~」みたいな話がでることだろう。
そうなってしまえば簡単、「せっかくだし、もう付き合っちゃう?」みたいになり、二人は結ばれるのである。そう、これは『外堀から埋めていく作戦』なのである。
エミリカはこれまでとないキレイな笑顔で宇野に同伴を誘う。内心はほくそ笑みつつ。
そして、宇野は口を開く。
「いや、一緒に登校して、友達に噂とかされると恥ずかしいし・・・」
そこは光栄に思えよッ!エミリカは内心で叫ぶ。
「ぐあああ、痛い痛い!なんで腕を変な方向に曲げる?」
宇野の悲痛な声に、エミリカは掴んだ腕を離す。どうも無意識で関節技をかけていたようだった。
「もう、なによ。それなら人目を避けて途中まで自転車に二人乗りで行かせてもらっても良いじゃないの。普段と違って遠回りして疲れたレディの足を少しでも労われないの?」
「いや、二人乗りは校則違反であり、その前に道路交通法違反だろ。それに遠回りとか知らないし、そっちの都合だし・・・はぁ、分かった。ただし、人通りが多くなるまでな。ほら、カバンくらいなら自転車に積んでやる」
「あら、どうも。なかなか気が利くじゃない」
「・・・こうでもしないと、次に何かされるか分かったもんじゃないからな」
そう言い、宇野は自転車を押して進み出す。対し、エミリカは内心でガッツポーズをしていた。『外堀から埋めていく作戦』の第一段階を突破できたからである。
ここから、宇野一弘と楽しくお話をしつつ登校ができれば、衆目からすると、それこそ逢引きに見えること間違いなしである。
さあ、何を話そうか?エミリカは宇野一弘を注意深く観察する。
彼は自転車を片手で押しつつ、器用に英単語帳を開いて読んでいる。
なるほど、勉強中・・・であれば、英語の勉強に関わる話題を振るとしよう。
「あら、英単語を覚えているのね。さすが、学年一位ね!どんな時でも勉強を欠かさないのがトップを維持するコツなのかしら?」
エミリカは宇野をホメつつ、質問をする。男というのはおだてられ、教えを請われるのが好きな生き物だと、姉の麗華から教わっていた。
さあ、彼の反応はどうか?どんな反応をするのか期待しつつ、言葉を待つ。
「いや、今日、英語の小テストあるから。本当は自転車こいで早く学校に着いて勉強したかったんだが、こうなってしまったろ?だから集中して今の間に覚えたいんだ。集中するから、静かに頼む」
「あ、はい」
こうして二人は黙したまま、まるで他人のように校門前まで登校した。
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