カラメシ 事件2日目~帰宅時~
この日の授業が終わり宇野一弘は真っすぐ帰宅する。
アパートの扉を開き、玄関に母親の出勤用の靴があるのを一瞥し、靴を脱いで上がる。廊下を通り、台所に入ると、そこにはやはり母親がいた。
「お母さん、また遅刻するぞ?三夜勤だったよな?」
キッチンで夕食を作っているのだろう、宇野一弘の母親は、作業の手を止めず背を向けたままで応える。
「うん、けど三日目の今日は宿直業務だからのんびりできるわ」
「じゃあ、昨日はどうだったんだ?」
そこで母親が振り返る。母は夜勤が続いているせいか目もとにクマができていた。ちゃんと寝ていないのだろうか?と宇野は心配になった。
母は困ったように笑う。
「あはは、少し、遅刻しちゃった」
「なんで、そんな・・・」
「うん、昨日はね、気になったからなのよ。かずちゃんがちゃんとお弁当を食べてくれたかなって」
「・・・だから、食べたさ。なんで信用しないんだ?」
「じゃあ、お弁当、出してくれるかな?」
宇野は学習カバンに手を伸ばすも、それを止める。
「・・・その前に、なんでここ最近になって弁当を作る気になったんだ?先週まで昼食は学食で食べてほしいと、お金だけを渡していたじゃないか」
「それは・・・」
母はうつむき、どこか後悔するように悲しい顔をする。
「それは、ね。親として、お弁当の一つでも作らないとだめかな?って」
「それで、食券を隠してわざわざ弁当になったのか?そんなの非効率だし、お金の無駄じゃないか」
「それは・・・そうかもだけど、でも、食べて欲しいし・・・それに、食券だって、よそ様から頂いたものでしょ?どうやってもらったの?」
「食券は正当な対価としてもらったんだ。手伝いとかして、お礼としてだ!」
「そんなの、かずちゃん、まだ中学生じゃない、学生がして良い事じゃないわ!お金を稼ぐのは義務教育が終わってからよ!学生は学業が本分なんだから!」
「じゃあ、あんたは母親としての本分ができているのかよ!いつも仕事ばかりで、お金を置いていって、それを・・・最近ちょっと気が変わって飯を作るようになったからって、エラそうに言うなよ!」
「ッ!?」
語気の荒い宇野の言葉に、母は口元を抑え、息を詰まらせる。
よほど、ショックだったのだろう。それは宇野にも感じ取れた。
二人の間に沈黙が下り、空気が重くなる。
バツの悪くなった宇野はカバンから弁当を出してテーブルに置き、そのまま黙って自室に戻る。静まり返った部屋の中、宇野は立ち尽くしていた。
そして、部屋の外、薄い壁の向こうから小さく母の声が聞こえた。
「また、食べていない・・・」と。
その声を聞き、宇野は握りしめた拳に唇を置く。そして、独り言ちる。
「なんで、なんでなんだよ・・・」
母親が仕事のために玄関から出ていく音が聞こえても、宇野は思案するかのように立ち尽くした。
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