昼何です? 事件2日目~昼食時~



「ごちそうさま」


 空になった皿の上に箸を置き、宇野は手を合わせる。それを見てエミリカは小さく微笑む。


「ふふっ、おそまつさまです」


 料理部の部室に二人の声だけが響いた。簡易テーブルの席にいるのは宇野とエミリカの二人だけである。


「どう?お腹はふくれた?」

「ああ、うまかったよ、ありがとう。しかし、他のみんなにもおかずを分けてくれた礼を言いたいのだが・・・帰ってこないな?」

「そ、そうね・・・どこに行ったのかしら?」


 宇野の疑問にとぼけるエミリカ。料理部の他のみんなはお弁当のおかずを宇野に分け与えた後に気をつかって出ていったのであった。


「ま、みんな色々と忙しいからね。それより、昨日よりもたくさん食べたわね。あれだけあったのに全然残っていないわ」

「あぁ・・・ほとんど嫌がらせみたいな量だったが・・・さすがに昨日の今日で厄介になっているからな。続いて好意を無下にはできない」


「そう、しっかりとご飯を食べることは良い事よ!なによりウチらは育ち盛りなんだから。それより、はい、ウェットシート。お口周りが汚れているわ」


 エミリカがウェットシート片手に宇野の口へと手を伸ばす。宇野はそれを後ろに退いて躱す。


「それくらい、自分で出来る」


 ウェットシートを奪い取るように引っ張り、自分で口を拭く。エミリカはあと少しだったのに、と小さく舌打ちをした。


 まったく・・・と宇野は綺麗に口を拭き終ると、次いで灰で汚れたステンレスの弁当箱を手に持ち、使ったウェットシートで外の汚れを拭き取る。

 それを見たエミリカが部室の外、廊下を指さす。


「シートで拭くより廊下の洗い場で洗った方が良いと思うのだけれど?ウチが洗ってきてあげようかしら?食器用洗剤なら部室に取り揃えているから」

「いや、いい。そこまで世話になってはな・・・それくらい、自分でする。同い年なのにあまり子ども扱いしないでほしい」


「あら、お互い子供じゃないの・・・それに洗い物は料理人の領分なのよ?次に使うために食器や調理具は大切に使う。これも料理部として大事なことなの。調理も片付けもプロフェッショナル並みを目指すわ!」

「それは志しが高くていいことだ。だが、まぁ、これくらいで良いんだよ。変にキレイすぎてもな・・・」


「へ?キレイな方がいいんじゃないの?」

「あ、いや・・それはだな・・・こっちにはこっちの家庭で使い慣れた洗剤があるんだ。その、ほら、匂いとか変わっても、気になるだろ?」

「あら、そう・・・妙なところを気にするのね?」


 少し焦り気味な宇野に違和感を覚えるエミリカであったが、家庭には家庭の事情があるのだろう、と疑問を飲み込むことにする。


「まあ、そういうことだ」


 言って、宇野は弁当箱の中を開き、黒くなった部分だけを軽く拭き取る。それと中にしまったアルミカップやプラスチック容器、それにバランも拭く。


 それにエミリカは「へ~」と感心する。


「ちゃんとアルミカップやプラスチック容器、バランを入れて帰るなんて偉いわね!さすがは何でも屋ね!」

「えらい?別になにも偉いことなんてないし、普通だろう?妙なところをほめるな?」


 宇野は眉を寄せて首を傾げるが、エミリカは、うんうん、と頷く。


「そう、その心がけが普通なのよね。最近じゃ色々とうるさいものね」


 しかし宇野、何のことだかよく分からず、適当に話を合わせる。


「ん?そ、そうだな。モノは大事に使うしな?」

「へ?大事に?使う?」


「あ、ああ、そうだろ?これら容器は洗ってまた使うじゃないか?」

「え、えと、そういうことなのね・・・てっきり、分別するのかな~?って、思っちゃったわ。自治体にもよるけど、ここら辺は分別にうるさいし」


「そうなのか?まぁ、こちらも再利用でエコロジーというやつだ。色々と節約できるところは節約しようと思っているんだよ」


 噛み合わない会話に、エミリカと宇野は焦りが出てくる。二人の間に変な空気が漂った。


 ここで、エミリカに一つの疑問が浮かぶ。



 この弁当を捨てたのは、宇野一弘本人ではないか?と。



 確信はない・・・が、何か事情があるのかもしれない。もし、何か困っていることがあるのなら、助けになりたい。そう思い、エミリカは踏み切る。


「ねぇ・・・お弁当を捨てた犯人って、実は存在しないってことはないかしら?」


 恐る恐る言うが、これは捨てた張本人が宇野一弘と言っているようなものである。宇野はその意を汲み、苦笑する。


「だとして、メリットがないだろう?昨日はみんなから心配されたかったと、動機が言えるが、今日はどうだ?人のいない所で弁当を捨てて、なんのメリットになる?弁当を捨てるにしても、帰ってからできることだ」

「そ、そうよね。ごめんなさい、変に疑って・・・」


 続く言葉の無いエミリカ。さらに深まる妙な空気感に堪えられず、彼女はスマートフォンを触る。

 その間に宇野が部室内をあてもなく見回していると、時計が視界に入り、時刻を確認する。予鈴、10分前であった。

 よい頃合いだと、宇野はこの場を切り上げるため立ち上がる。


「まぁ、そういうことだから・・・ご飯、美味かった。特にこの卵焼き・・・ネギや海苔が入っているんだな。出汁もしっかり効いていて、なんだか、明石焼きみたいな柔らかな味だったよ」

「え、ええ、ありがとう。そう言ってもらえて、料理人、冥利になんとやらだわ」

「そうか・・・礼はいつか必ず、じゃあな」


 宇野はそのまま部屋を出ていく。エミリカはアゴに手を乗せてその様子を見送った・・・未だに彼の様子を訝しみながら。





 宇野の廊下を歩く足音が聞こえなくなったくらいに、部室の扉が開く。入ってきたのは、ナスビと月であった。


「もどったで、ほんで、どないやエミリン?ちゅうくらいしたんか?」


 茶化すように言うナスビ、エミリカはそれを歯牙にかけず、難しい顔をしてナスビと月を見る。難問に突き当たり、助けを求める様な・・・そんな表情で。

 ナスビはポニーテールにくくったブロンドの頭をポリポリとかいた。


「なんや、どないしたんや?なんかあったんか?」

「ううん、直接的なことは何もなかったの・・・ただ・・・そうそう、そういえばアレ、調べてくれた?」

「ただ・・・の先に何を言おうとしたんか気になるけど、ま、調べといたで。しかし二人に気をつかって部室を出たとたんに変なメールがエミリンから着たけど、どういうことなんよ?」


 ナスビは畳まれたパイプ椅子を広げ、そこに座ると長い足を組む。そして、ポニーテールをふりふりと揺らしながらスマートフォンのメール画面を開く。


『ちょっと調べて欲しいことがあるの、それは宇野一弘のクラスの時間割よ』


 着信時間は宇野が部室を出ていく少し前くらいであった。


「うん、ごめんなさいね?ちょっと気になったものだから。それで、今日の授業の時間割に移動教室はあるかしら?」

「ん~と、ちょい待ち、2年4組のクラスの壁に貼ってあったの、写メで撮ったから確認するで・・・ん~、ないな。午前中は全部教室授業や」


「そう・・・月は?」

「・・・報告する」


「なんや?月には何を頼んだんや?」

「うん、月には情報屋にね、調べ事を頼んで欲しかったの。『午前中、焼却炉の中に変なものは入っていなかったか?』ってね」


「それで、どないやったん?ツッキー」

「・・・情報屋によると・・・用務員のおじさんに情報提供を願い出て・・・午前の十一時半・・・つまり昼休みの前の授業・・・三時間目まで、中は雑草の燃えカスくらいしか・・・確認できなかったとのこと・・・」


「そう・・・そうなのね・・・」


 エミリカの顔がさらに重々しくなっていく。その表情にナスビはただごとではないと察する。


「なんや・・・もしかして、弁当箱を捨てた犯人に思い当たる節が出てきたん?というか、エミリンのその顔を見れば、何が言いたいか、ある程度に察しはつくで・・・」

「・・・・・・犯人・・・それは・・・何でも屋・・・本人?」


「いいえ、まだ、確証がないわ・・・けど・・・」


 エミリカが口をつぐみ、うつむく。そこに聞き覚えのある男子の声が部室に響く。


「何か引っかかる部分があるんだね?テイストプルシュアーのエミリカさん」

「グッドマン!?」


 その声の正体は生徒会長であるT=グッドマンであった。彼は切りそろえた前髪を払い、メガネを光らせる。


「盗み聞きをするつもりはなかったのだが、少しドアが開いていたものでね。失礼を承知で聞き耳を立てていたんだ」

「なんや、会長、趣味悪いな~。んで、わざわざ白状するいうことは何でも屋が関連した話で来たんかいな?」


「察しが良くて助かるよナスビ君・・・その通り、彼の事で来たんだ。件の何でも屋弁当箱廃棄事件でね。この件は人伝に私の耳にも届いていたよ」

「へぇ、人の口にフタはできないというものね・・・それで、グッドマンはウチらの話を聞いてどう思ったの?宇野一弘が犯人だとして、その動機は?」


「動機・・・か」


 グッドマンはアゴに手を置き、神妙な面持ちをする。


「あまり、憶測で物事を話したくはないんだけど・・・彼、個人の性格に起因すると思う。何でも屋として、というより、宇野一弘という人物の性格が」

「よく・・・分からないわ・・・それはグッドマンが宇野一弘と古い馴染みだから分かることなのかしら?」


「そうと思ってもらって構わない・・・彼がこういう行動をする時は、何か面倒な心情なのだよ。宇野一弘の暴走と言ってもいい。それを突き止め、彼を止めたいのだよ」

「止めたい・・・そうね、ウチも料理をする身として、心を込めて作られたお弁当を捨てるなんて行為は見逃せないわ!」


「なんや、二人ともえらい何でも屋に御執心やね。そないなもん、一時の気の迷いと違うん?ほっといたらどないなん?すぐ収まるやろ」


「いや、そうもいかないんだよ。彼がこうなると依頼を出しても中途半端な成果で返してくるんだ・・・何より幼なじみだからね。心配にもなる」

「ウチは宇野一弘がどうして料理を粗末にしたのか・・・知りたいわ!」


「さよかいな・・・せやけど、どないするん?何でも屋を見張り込んで現場を抑えるんかいな?」


「その手もあるだろう・・・けど、三度目の現行を発見するのは難しいと思う。彼もかなり警戒するはずだ。それに、確証がなければ彼は上手くはぐらかすだろう・・・可能性の穴を突いて依頼の解決を得意とするなら、その穴を掻い潜るのも得意なのだよ」

「ええ、今さっき、宇野一弘に犯人はあなたではないかと問い詰めたけれども、うまく話をすり抜けられたわ・・・」


「だろう?彼の得意分野だ」

「なんや面倒な男やな、何でも屋って・・・って、会長は何でも屋がまた弁当捨てるんを繰り返すみたいに言うとるけど、さすがにもう捨てるいうんはないんちゃう?」


「いや、分かる・・・彼は・・・ヒロ君はまたやるよ。明日か、近いうちにまた」

「ヒロ君っていうのは、グッドマンが宇野一弘を呼ぶときに使う呼び方なの?」


「ああ、幼稚園児の頃の呼び方でね。いつしか、呼ばなくなった・・・だけど、昔からのヒロ君の性格なら、分かるんだ。だから、止めて欲しい」


 切実に言うT=グッドマン。それをエミリカとナスビは真剣に聞き入る。


「君たちの料理部の助力が必要なんだ。生徒会長としてではなく、田中良男としてお願いしたい」


 グッドマンが頭を下げ、エミリカとナスビは目を合わせる。そして頷く。


「ええ、良いわ!ウチもなんで宇野一弘がこんなことをしたのか気になっていたし、彼が何を思い悩んでこんな酷いことをしたのか知りたいもの」

「せやな、自分も賛成や。それと報酬は部費のアップな?」


「はは、ちゃっかりしてるね、考えておくよ。まぁ、君たち料理部の活躍もあるし、部費の話は通ると思うよ。できれば部員がもう少し増えればいいけどね」


「あら?新しい部員ならもうすぐ入ると思うわよ?」


 すまして言うエミリカに、グッドマンは微笑する。


「さすが、破天荒生徒四天王の一人、エミリカさんだ。期待しているよ」

「ほんで、自分らはどう動けばええんや?なんか方法はあるんかいな?」


「うん、現場を抑えるのが困難なら、彼を自白するまで追い込むしかない。だが、それも難しい。こちらが推理や推論をしようものなら、確実に穴を突いて逃れるだろうね」

「ええ、なんだか分かるわ・・・可能性の問題がどうこう小難しいことを言うものね、宇野一弘って・・・」

「そうなんだよ、困った性格でね・・・だからこそ、こちらも可能性の穴を突く必要がある・・・そのためにはね・・・・・・」


 

 こうして、何でも屋弁当箱廃棄事件の解決のため、エミリカ達は動き出した。


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